彼の恋心(1)
「おい、カルヴィン、もうばてたか?」
「いえ、教官……、ま、まだ、いけ……ます!」」
「粘るな、カルヴィン。なら後、十回続けろ」
もう五十回やっているのに!
あと、十回だと……。
教官を睨んでやりたいが、その余裕はない。
「カルヴィン以外は全滅か?」
「いえ、先生、コール令息が、まだ頑張っています!」
「おう、ロードリッヒ。お前、普通科なのに粘るな。じゃあ、カルヴィンと同じ。後、十回頑張れ!」
ロードリッヒ・コール。
エリノア嬢の兄であり、自分の親友だ。
ロードリッヒは普通科で、自分は騎士科。
だが寄宿舎の部屋が、奇跡的に同室だった。
池に落ちた自分を救うのに奮闘したのは、エリノア嬢だけではない。このロードリッヒも尽力してくれた。
エリノア嬢は、兄であるロードリッヒに見送られ、王都へ戻ってしまった。
だがロードリッヒは、あの日から自分の学友であり、同室者だ。
すっかり打ち解け、仲良くなった。
普通科と騎士科。
基本的に授業は別々だが……。
基礎体力という授業がある。
これは運動の基礎となる体力作りを行う授業で、普通科と騎士科で、合同で行われた。そして今、鬼の腕立て伏せトレーニングの最中だった。
普通科二十名、騎士科二十名、合計四十名で、一斉に腕立て伏せを行う。最高記録を出した者が所属する科は、この後の片づけを免除される。
ロードリッヒは普通科で、自分と体型はたいして変わらない。だが自分は日々、騎士になるべく訓練を積み始めている。それなのにまさか自分と競えるぐらい、腕立て伏せができるとは!
驚きだった。
「よーし。二人ともまだいけそうだな。じゃあと十回!」
ロードリッヒ!
まだいけるのか!?
お前、化け物だ!
◇
学校に入学して二ヵ月。
あっという間に時間が経った。
この二ヵ月で、自分は体重が六キロ減り、そして腕立て伏せは、八十回までできるようになっている。これは大きな進歩だ。
剣術倶楽部の活動を終え、寄宿舎の部屋に戻ると、ロードリッヒが真剣な顔で机に向かっている。
ロードリッヒは、自分より体重が落ちた気がする……というか、背が伸びたんだ。しかも髪も伸び、それは伸ばすつもりのようだ。おかっぱに近い髪型になっている。頬はまだふっくらしているが、このまま体重が落ちたら、美少女になりそうだな。
腕立て伏せは七十回のロードリッヒとは、筋力の差が出てきていた。つまり自分の方が、筋肉がついてきている。それでも普通科の生徒にしては、ロードリッヒの運動能力は、突出していると思う。
「宿題か、ロードリッヒ?」
自分が尋ねると、ロードリッヒは羽根ペンを動かす手を止め、こちらへと顔を向ける。
「いや、もっと面倒なものだよ、カルヴィン」
「宿題以外で、面倒なものなんてあるのか?」
「両親への手紙だ」
両親への手紙。
面倒といえば、面倒だ。とはいえ、元気にしている、飯はちゃんと食べている、勉強も励んでいる――そんなことを書けばいいから、楽だと思うが……。
ロードリッヒのそばに近づき、書き途中の手紙を見てびっくりする。
「なんだ、この折れ線グラフは?」
「ああ、これか。これは経営学の成績……つまりは小テストの試験結果の推移だ。こうすれば、ずっと九十~百点を推移していることが分かるだろう」
両親への手紙、だよな?
これではなんだか……レポートのようだ。
あ!
そこで自分は思いついてしまう。
「なあ、ロードリッヒ。その手紙に、自分の書いたカードも同封してもらえるか?」
「カード? なんのカードだ? ホリデーシーズンのカードを贈るには、まだ早いと思うが」
「その、妹さんに……エリノア嬢に、御礼のカードを贈りたい」
ロードリッヒは「え」と一瞬、声を出し、まじまじと自分を見た。
気恥ずかしさで視線を逸らし、窓の外を見る。
茜色の空が広がっているのが見えた。間もなく日没だ。
「あれから二ヵ月近く立っている。御礼をするなら、もっと早くでは?」
「そ、それはそうだったと思う。でも授業がスタートしたら、もうベッドと教室の往復みたいなものだった。ハード過ぎて、宿題を少しやったら、もう爆睡だ。最近になって、ようやく授業にも倶楽部活動にも慣れ、起きていられるようになった」
苦しい言い訳。だがロードリッヒは、友に優しかった。
「騎士科の授業はハードだからな。ようやく体力が追いついたのだろう」
「そう、そうだよ。だから今さらだけど……」
するとロードリッヒは「分かったよ、カルヴィン」と快諾してくれる。そしてこう尋ねた。
「それで、令嬢に贈ることができるような、素敵なカードの持ち合わせがあるのか?」