彼と彼女の出会い(1)
「参ったな……」
こんな風になるつもりではなかった。
自分の想像ではこうだ。
木に上り、下りることができなくなり、怯えている子猫。
助けに向かった自分を見て、子猫は大喜びする。
自分にすがりつく子猫を肩にのせ、そのまま木から降りるはずだった。
まさか「シャーッ」と威嚇された挙句、敵認定。
敵から逃げようと必死になった子猫は、驚異の跳躍力で自分を飛び越え、その勢いままに、幹を走るようにしてジャンプした。
それは……本当にあっという間の出来事だった。
一方の自分は。
呆気にとられ、でも木から落ちそうになり、足を滑らせた。
かろうじて両足を枝に巻き付け、両手でしっかり枝を掴んだものの……。
どうにもできない。
腹筋や腕の力がもっとあれば、体勢を変更できたかもしれなかった。
だが、騎士を目指しているとはいえ、自分の体はまだまだ出来上がっていない。むしろこの学校でみっちり鍛える目的で、騎士科を選んだのだ。だから仕方ない……!というのは言い訳だな。
こんな情けない姿をさらしている奴に、騎士を目指すなんて無理だろう――そんな風に思われそうだ。
情けない姿。
自分でも思う。
木の枝に、両手両足でぶら下がるこの姿、それはまさに焚火の上で見かける、丸焼きの子ブタだ。見られたくない。なんとかするんだ。
しばしいろいろ試みた結果。
足はまだいい。
腕だ。
両腕が限界に近い!
その時だった。
「どうしたんだ、君?」
意志の強さを感じさせる男性の声がする。
教師か!
そう思い、声の方を見ると、そこにはシルバーブロンドの輝くような髪、キリッとした眉、瞳は深みのある藤色。唇と頬の血色はいいし、身長はあるが、その体型は自分とたいして変わらない少年がいる。紺のブレザーにチェック柄のズボンという制服姿なので、同級生。上級生はブレザーの色が黒かベージュだからだ。
こいつで自分を助けられるだろうか?
そう思ったが、ひとまず問われたからには答えるしかない。
「木から降りれらなくなっている子猫がいて、助けようとしたんだ。子猫はさっき、自力で木から降りた。今度は自分が……こんな状態になってしまった」
これを聞いた少年は「よし。はしごを手配しよう。もう少し頑張れ」と即答し、動き出す。
そうか。こいつは騎士科ではないな。騎士科の同級生なら脳筋で動く。木に上ってきて手を貸す方向で動くだろう。でも奴は頭脳派だ。普通科の学生だが、頭が回る。瞬時に解決策を打ち立て、それを示した上で、励ましの言葉を与えてくれた。しかもその悠然としたオーラが「こいつなら絶対に助けてくれる」という安心感を与えてくれる。
助かった……!
そう安堵した時だった。
「なんだか石器時代で見かけるアレのようですわね! 棒に吊るされ、丸焼きされている子ブタさんですわ~。おーほっほっ!」
衝撃的だった。
理由は二つ。
まず、ここは男子のみの寄宿学校。若い令嬢の声が、聞こえる場所ではない。それなのになぜ!?と思い、同時に。令嬢にこの恥ずかしい姿を見られた。この事実には、羞恥しかない。
今の自分の姿、それはこの令嬢の指摘通りである。だが世の令嬢は、思ったことをストレートに口には出さない。歯に衣着せぬ物言いをする令嬢とは、出会ったことがなかった。丸焼きされている子ブタさん……と心の中で思っても、ここは口に出さないと思う。それを思いっきり口に出し、笑うなんて。
勇気があるな。
貴族と言うのは、常に忖度をしながら生きている。相手の顔色を伺い、時に心にもないことを平気で口にする。さらに思ったことがあっても、口をつぐむ。しかし一切の忖度なく、ズバリ言い切るなんて。きっと強い令嬢なんだ、心が。
気になった。どんな令嬢であるか。
その一方で、こんな恥ずかしい姿をしている。令嬢の姿を確認したいが、そちらへ目を向けることができない。
「お兄様はああ見えて逃げ足は速いですから、もう間もなく戻ってきますわ。ですが握力は限界ですわよね? 腕を枝に絡めることは、できます?」
思ったことを口にして、この情けない姿をバカにしていると思ったが、そうではないようだ。逃げ足が速いなんて言い方もしているが、これまた彼女の見たままを口にしているだけで、別に悪意はないのだろう。しかもこの令嬢の言う通り。もう手は……限界に近い。そこに気づき、アドバイスまでくれるなんて。
羞恥より、興味が勝り、声の主を見た。