悪役令嬢は恩人の誤解を解く
母親が持参してくれた私のためのドレスは、あのいつもの悪役令嬢っぽいものではなかった!
オフホワイトに、パープルのシルクサテンのリボンが胸元、袖、スカートの裾などに飾られた、実にエレガントなデザイン! 目が痛くなるような原色ではなく、落ち着いた色合いとデザインに安堵する。こういうドレスを着たかったのよ、私は!
しかもこのドレスを着て、おろした髪を左側で三つ編みにして束ねると……。
まるで深窓のご令嬢のように見える!
ここにきて衣装が脱・悪役令嬢になれた気がして、なんだか嬉しくなってしまう。推しも無事だというし、気絶する直前は絶望だったが、今はかなり元気になれた。こうして兄の案内で、カルヴィンの病室へ向かった。
その病室へ向かうまでの兄の説明によると、カルヴィンは、ナイフによる怪我は、ほぼないと言う。というのも、例の鉄板に挟まれた銅レリーフにより、ナイフは阻まれたからだ。それでもその鉄板が、胸に強烈に当たるような状態だった。よって多少の打ち身と擦り傷が、胸にはできたという。
さらにはその強烈な衝撃で、受け身を取りつつ、倒れたものの、意識を失う事態になっていた。恐らく、脳震盪を起こしたのだと思う。よって検査のため、この病院に運ばれ、ベッドで休んでいたが……。既に意識も回復しているという。
「しかしあの真面目一辺倒の堅物が、妹が浮き彫りにされた銅レリーフを、胸元に忍ばせているなんて。人は見かけによらないものだ」
兄の言葉に、ここでも私は、推しがこうむった大誤解を否定することになる。本当に、カルヴィンには申し訳ないことをしたと思う。私がうっかりあの時、「カルヴィン様に肌身離さずお持ちいただければ、本望ですわ」なんて言ってしまったから! 真面目な彼は、この言葉に従い、本当に銅レリーフを持ち歩いてくれていたのだ。
こんなことではカルヴィンには、いつまでたっても婚約者ができないのではないか? 親友の妹が浮き彫りにされた銅レリーフを、肌身離さず持ち歩くなんて。どう考えても前世で言うなら、ストーカー案件だ。不気味に思われ、さすがのあの端正な顔立ちと上級指揮官であり伯爵家という身分であっても、敬遠されるだろう。
推しには幸せになって欲しいと思う。
そんな変態認定され、独身街道を突っ走らないで欲しい。
ぜひこの機会に、銅レリーフは自宅に保管してもらうよう、伝えるつもりだ。
ということで、病室に到着した。
「まあ、銅レリーフについては誤解があったようだが……。二人きりで会うので、大丈夫か? 無論、廊下に奴の従者と私がいる。それに個室だから、警備面についても問題ないと思うが、心配なら同席するぞ」
兄の言葉に、カルヴィンは変態ではないことを重ねて伝え、同席の必要はないとした。
この様子だと、父親も誤解している可能性がある。だがそれは母親が解いてくれることを、願うばかりだ。
こうしてノックし、いよいよ室内に足を踏み入れた。
既に意識を回復している……兄からはそう聞いていたが、カルヴィンは私と同じ、白のリネンで統一されたベッドで、目を閉じて横たわっている状態だった。
ナイフは刺さっていないということだったが、白の寝間着の胸元からは、包帯が見えている。
心配になりながらベッドに近づき、「どうしよう」と考えることになった。
眠っているなら、無理に起こすのは悪いと思う。
何せもうすぐ零時になる時間だ。
今日はこのままカルヴィンも私も、この病院で夜を明かすことになる。
ひとまず近くで推しの無事な顔を確認したら、自分の病室へ戻ろうと決心し、ベッドの脇に立った。
改めてその姿を見て、「おおおっ」と心の中で、驚嘆の声をあげてしまう。
きりっとした眉に、閉じられた瞼から伸びる長い睫毛。
そこにふわりとかかるサラサラのブロンドの前髪。
高い鼻と、ゆるく結ばれた唇。シャープな顔のラインと、そこから伸びる男らしい首筋。
うーん、完璧ね。
薄手の白い綿の寝間着だから分かる、しっかりと引き締まった体。
着やせしているが、肩・腕・胸と、しっかり筋肉がついているわね。
しばし観察し、念のため、ちゃんと呼吸しているかの確認で、顔に手をかざすと。
突然、手首を掴まれ、悲鳴をあげそうになった。
カルヴィンが目を開き、その碧い瞳と目が合う。
大丈夫だわ。
強い生命力を感じる。
「……ご無事で何よりです、カルヴィン様! 身を挺して守っていただき、ありがとうございました!」
私の言葉にカルヴィンは、この辺り一帯が明るくなるような笑顔になった。私の手から自身の手を離すと、上体を起こす。そしてベッドのそばの椅子に座るよう、すすめてくれる。
「それを言うなら、エリノア嬢だ。まさにあなたのおかげで、命拾いできたのだから」
ベッドのそばに置かれた椅子に腰をおろし「あの時、咄嗟に銅レリーフの件を、思い出したのですか?」と尋ねると、カルヴィンはこくりと頷く。
「あまりにも唐突の襲撃だった。自分の従者は、聞いての通り、凄腕。だがあの時、馬車の方へ向かっており、エリノア嬢のそばを離れていた。自分で間に合うか、というギリギリ。本来であれば、ナイフを持つ腕を流し、防ぐのが訓練で会得した方法だ。だが時間がとにかくない。咄嗟の判断で、あの鉄板ならナイフも通さないと思ったのものの……。敵はブラック・シャドウ。力はさすがと言わざるを得ない。まさか気絶することになるとは……。最近、浮かれ気味だったので、訓練に励むよ」
お読みいただき、ありがとうございます!
続きは明日、14時までに公開します。
ご無理なく、ご都合のあうタイミングでご覧くださいませ。