悪役令嬢は誤解を招く
ティーカップに紅茶が注がれると、王妃の合図でティータイムがスタートした。
テーブルに並ぶスイーツは、どれも美味しそうなものばかり。
あのピンク色のマカロンは、フランボワーズ味だ。酸味と甘味が口の中で混じり合い、絶品。クリームがたっぷり乗ったカップケーキは、高級なバニラを使ったもの。その風味といい、外はサック、中はふんわりと、これまた逸品だ。
思わずごくりと生唾を飲んだ瞬間。
「エリック」
ドキッ。
「今は任務中だ」
「イエス、サー!」
カルヴィンの声に姿勢を正し、テーブルに並ぶスイーツから目を逸らす。
そう、いくら見ても、あのスイーツは私の胃袋に収まることはない。
「……そんなに腹を空かせているなら、任務の後に、レストランへ案内してやろう。王室へ毎朝焼き立ての食パンを献上している、ベーカリーに併設されたレストランだ」
思わず、瞳を輝かせ、カルヴィンの顔を見てしまう。
するとカルヴィンは、自身の顔を隠すようにして、ため息をつく。
「自分のことを、そんな目で見上げるな。……誤解されるだろう」
「!?」
思わず周囲にいる兵士や騎士に目をやると「まさかカルヴィン上級指揮官は、そちら側だったのか」「だから婚約者がいらっしゃらないのか」という目で、私ではなく、カルヴィンが見られている気がした。
しかも!
カーミランまで「え」という顔でカルヴィンを見ているのだから。違ーう、違います!と言いたくなるのを堪える。
「カーミラン男爵令嬢、わたくしの話を聞いていますか?」
王妃の声にカーミランがびくっとしたが、それは奇しくも私も同じ。姿勢を正し、二人の護衛任務……話に集中する。
「わたくしはね、以前から、あなたのマナーの間違いが、度々気になっていたのよ。あなた、ゲースと舞踏会で、連続でダンスしたこともあったわよね? 連続でのダンスがダメとは申しません。ただ、わたくし達王族は、招待客との交流を深めるため、曲ごとに別の相手とダンスすることが、推奨されています。それは妃教育でも教えていること。幸い、後日同じようなことをしそうになった時、エリノア公爵令嬢が指摘してくださったから、あなたは恥をかかずに済んだのよ。そのこと、分かっていらっしゃる?」
カーミランの頬がひくひくと引きつり、相手が私であれば、文句をぶつけたに違いない。
でも、今、この指摘をするのは王妃なのだ。
ぐっと怒りを堪えたカーミランは「申し訳ありませんでした」とだけ、答えた。
その言い方はかなりぶっきらぼうで、失礼に思えるが、自分がそういう態度をとっていることさえ、カーミランは自覚していない気がする。その一言を告げた後、エクレアにかぶりついたのだから。
一方の王妃はため息をつき、紅茶を一口飲む。
そして再び口を開いた。
「カーミラン男爵令嬢。妃教育であなたが苦戦していることは、聞いています。ですが王族の一員になるとは、そういうことなのです。好きだ、愛している、だから結婚するだけでは、すまされないのですよ。今のあなたではマナーもそうですが、教養も、乗馬も、語学も。どれも王族の一員に求められるレベルに至っていません。もしこの状態でゲースと婚儀をあげても、あなた自身が恥をかくことにもなるのですよ。嘲笑の対象となり、陰口を叩かれる。舞踏会や晩餐会が、針のむしろになります」
カーミランは口のへの字にし、今にも泣きそうな顔だ。
王妃に対して、言葉を返すこともできない。
「わたくしが直接、あなたの至らない点を都度指摘する。そんなことされたら、お辛いでしょう。ですからわたくしは、エリノア公爵令嬢の助けを借りました。彼女は憎まれ役を買って出てくれたのですよ。そんな彼女のことを……カーミラン男爵令嬢、あなたは恨んだりされていないわよね?」
思い当たる節があるのだろう。
当然恨んでいる。それに私を攫わせ、名誉を汚すという事件を、つい最近起こしているのだから。分かりやすくカーミランの顔色が、変化している。
「ねえ、カーミラン男爵令嬢。あなたとても顔色が悪いわよ。そんな顔をするということは……エリノア公爵令嬢のことを相当恨んでいるようね? でもそれはお角違いよ。エリノア公爵令嬢はゲースとの婚約解消を受け入れてくれたでしょう。それにあなたのマナーの悪さを指摘したのは、わたくしの指示なの。エリノア公爵令嬢を恨むなんて、おやめなさい。恨みたいのであれば、わたくしを恨みなさい」
カーミランは唇をぷるぷると震わせていたが、その震えを押さえるため、ぐっと唇を噛みしめた。
その上で一呼吸置くと、意を決したようで、遂に口を開く。
「お、王妃殿下」
「何かしら、カーミラン男爵令嬢」
「私は……エリノア様が大嫌いです! 元々嫌いでしたが、今はさらに嫌いです。大・大・大、大嫌いですっ!」
なんだか子供のような言い草に、王妃は「えっ」と固まっている。
隣にいるカルヴィンも呆れてしまった。
いや、でも、あの可愛らしさは、本来攻略対象にはウケるのよ。
「もー、カーミランはカワイイな。そんな“大”を三回も連続で連呼するなんて!」と、攻略対象がヒロインを猫撫で声で可愛がるのに……。
あ、そ、そうよね。
ヒロインであるカーミランを可愛がるのは、攻略対象。王妃でもなければ、カルヴィンでもない。二人が呆れるのは……仕方ない。
というかカーミラン、しっかりして!
私を嫌いということはよーく分かったから、もう少し、的を射た答えを頼むわ!
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続きは本日、23時までに『悪役令嬢はツッコミ担当』を公開します。
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