3045/05/01 交渉テーブル
「お話をどうぞ、言いたいこと、要求があったのでしょ? あなた、……そういえば、自己紹介がまだでしたね。私の名前はハクロ。この町で徴税官を務めております。あなたのお名前はなんというのですか?」
「多田です。多田和人です。」
「タダ、タダカズト? タダカズトさん、どうぞ、お話をしてください」
「……」
あの女性から始まった、混乱とまでは言えないまでも、高ぶりかけた興奮。まるで火にかけられた水が沸騰し、フタを持ち上げ吹きこぼれる寸前のタイミングで、ハクロの差し込んだ一喝は場を完全に抑え込むものであった。
未だざわつく声は聞こえるがそれは全て外野、観客のモノとなり、多くの人がいるはずのこの場に純然たるプレーヤーはハクロと自分以外いない状況が作られた。
ずいぶんと距離を挟んでいるのに、向こうはまっすぐに私だけを見ながら語り掛けてくる。その演出された雰囲気というか、作り出された流れに、私自身知らず知らずのうちに乗っかていた。気づけば、ハクロの用意した交渉の席に座り、話を始める形になっていた。
三度、大勢の人の注目が私に集中した。
「お、お話といいますか、私は別に子供たちを連れ去ったわけではなくて、」
「嘘だ!」 「嘘を吐くな!」 「本当の事を」
「黙りなさい! 聞こえない! どうぞ続けて」
私が話し始めると一斉にブーイングにも似た非難の声が上がる。それはすぐにハクロの一喝で抑え込まれるが、一度浴びせられたその声は耳の奥に残った。
「……こ、子供たちが病院、い、いや、遺跡に来て、帰れないというから、バスでここまで一緒に、」
「遺跡? 森の? あそこから来たのですか?」
「、え、ええ、そう、その森の」
「森から……、バスとは何ですか? あの空を飛ぶあれの事ですか? あれほど大きなもので、いったいいくらのマナを支払ったのですか?」
「マナ? 料金は90万だったと、」
「90万?」 「嘘だろ?」 「ああ、どうしたら」
「落ち着きなさい。静かに!」
耳の奥に貼りついた非難の声に言葉がうまくまとまらない。何か言おうとしても、頭の中を真っ黒の何かが暴れまわって、それを邪魔する。それでも、何とか言葉にすると、またすぐにハクロから質問される。考えがまとまらず、なんと答えればいいのかさらに詰まって、ほとんど考えないで言葉を返す。
料金を口にすると今度は先ほどまでの声と違った意味の響きが含まれた声が上がる。今度のそれはハクロの声にほとんど従わず、ざわざわとした響きが重なり合って大きなものとなっていった。
「……あなたが全て立て替えたのですか?」
「え、ええと、はい。あ、明細ありますよ。」
「明細? なんですか?」
「アガートラム! さっきの明細、もう一度見せて、明細を!」
それ以上、ハクロは声を荒げることはなく、大きくため息を吐きながら、こちらをまっすぐに見据えて質問を再開した。その質問に答えるに当たり、私は周囲の声の大きさにほとんどパニックの状態であった。
嘘ではない証明をしなくては、と頭が回転し、一つ浮かんだ答えを口にした。ハクロがそれを訝しんだ様子を無視して、頭上に浮かぶアガートラムへ声を掛ける。それに、アガートラムはすぐさま応え、先ほどと同様に四方に動き、バス料金の明細を再度空中に映し出した。
「……それはどう見ればいいのですか?」
映し出された明細をハクロは困惑したように見つめる。私は改めて、明細の詳細を確認する。
大人一人500、シード一人50000×18と書かれたそれの合計金額は90万5百となっている。単純に私の百倍の金額が一人当たり請求されていると知り、愕然としたが、それを正直に口にした。
「一人5万で、18人なので90万です。それは立て替えました」
「え? 一人が5万? 90万ではなくて?」
「……はい?」
初めて、ハクロという男が驚いたような顔でこちらを見た。




