3045/05/01 バスですから
先に言わせてもらうが、私は無責任に外に出ろと勧めたわけではない。今の緊張状態の上に成り立つ関係はほんのわずかな幻でしかないと理解したうえで、私は一番安全に事が進む道を選択したつもりであった。
このまま、誰も動かないでいるという事はおそらく出来ない。きっと誰かがいつか動き出す、その時それがどういったことになるのか分からない。こちらとあちら、数の上でどうしようもないほどの差がある以上、機先を制して、動くしか事態を収める方法はない。
「お願い。誰か先に降りて、危なくないと伝えてほしい。またバス、いや、これが動き出したら、今度はどこに降りるかわからないんだ。もっと離れた場所、遠くの、知らない所に停まったらみんな困るよね?」
舌先三寸、窮地に陥ると普段以上の力が発揮されるのか、必死になって動き出した私の脳みそはもっともらしい言い訳を並べられた。子供たちは互いに顔を合わせて、ざわざわと先ほどまで静かだった車内に音が戻る。
「お、おう、じゃあ、俺が先に行く」
「分かったわ」
「そうですね、誰かが先に出ないと」
そんな中で、私の言葉に応えてくれたのはやはりセン達三人であった。
まだ騒がしい車内で、一番にそれを決断した三人は答えると同時にベルトを外して立ち上がった。車内の目は全て彼らに向けられ、彼らはそれを全て承知して、背負い込んだまま席を離れた。そのまま、三人はまっすぐに動き、迷わずに出口に向かった。
「気を付けて、」
そんな三人が私の前を通るとき、私の口は勝手に動いた。三人は足を止め、こちらを正面に向いてくれた。そんな姿に先ほどまでの言い訳を考えていた部分と違う場所が動き出した。
心配と期待、罪悪と感謝、矛盾した気持ちのまま言葉は口からあふれた。
「気を付けて、……本当にありがとう。まだバスにみんな乗っているから、変なことはしないでと伝えてもらって、」
―警察署前、警察署前、お降りのお客様は手荷物忘れずに、お降りください。
天井からのアナウンスは早くしろと急かすように私の声を途中で遮った。
「」
私の言葉はアナウンスと奇妙に重なり、意味のない響きとなった。私を酔わせた雰囲気は一瞬で消え去り、全くしまらない形で、三人と顔を合わせる。それがどういう訳か、三人のツボにハマった。完全なる偶然の産物なのだが緊張はほどけ、三人は笑顔で出口に向かったが、再び、足を止めることになった。
―利用料金不足です。料金分チャージ、もしくは、現金での支払いをお願いします。
天井からのアナウンスはそう言うと、出入口の壁にあったバーが下がり、出口を塞いだ。
「タダサン? これ?」
センがそのバーを指さして顔だけこちらに向ける。後ろに続く、二人もほとんど呆れ顔でこちらを向いた。
「全員分、俺が払うから、いいから早く下ろせ!」
もう誰に向けて、怒っているのか呆れているのか、自分でもわからないまま天井に向かって叫んだ。




