3045/05/01 緊急事態と緊急対応
体は一瞬、押し付けられるような感覚を覚えた。上昇をしているという言葉の通り、バスは上に向かって進んでいるのだろう。今までの動きとは明らかに違ったそれは、今起きていることが緊急事態で危険な状態であるという事の証拠であった。
―車体に向かって石やモノを投げつけられました。大変危険な状況ですので、乗客の皆さまは窓から離れて、頭を下げ、衝撃に備えてください。繰り返します。危険ですので窓から離れて、頭を下げ、衝撃に備えて下さい。繰り返します。……、
(石やモノを投げる? バスにぶつける? 攻撃されている?)
いまいち何が起きたのかよく分かっていなかった私はそれ以上のことは考えずに、先ほどから響く天井からのアナウンスの声に勢いよく従った。
下からは時折、ゴン! ゴン! と音と衝撃が何度か走ったが、しばらくするとそれはほとんどなくなった。それだけでバスはずいぶんと上昇し距離を取ったのだと分かった。
押さえつけられるような感覚もだいぶ薄くなった頃、アナウンスに逆らって、そーっと頭を上げ、窓の外の景色を見た。バスはそれまでの動きより幾分か速度を上げ、早く動いているらしく、窓の外の景色は流れるように消えていった。
それを眺めるに至って、私にも考える余裕が出てきた。
要は、馬しか移動手段がない人の前にいきなり空からこれほど大きな何かが現れたのだから、反射的にそれを追い払おうとするのは仕方がない。そう自分が納得できる理屈を用意して、相手の行動を理解できたつもりになる。そこでようやく、アナウンスの言葉を思い出す。バスの車内、子供たちに怪我をしている子はいないかと心配することに考えが及んだ。
外に向けた目を車内に向ける。私以外にも何人か顔を上げて外を呆然とした様子で眺める子供が何人もいた。センもロックも顔を上げ、外を眺めている。その顔をこちらから見ることが出来ないが、その背中はとても悲しそうに見える。
その中の一人、アールと目が合った。
「怪我はない?」
「……はい」
「他の子も、怪我はないかな?」
「お父さんがいたんです。」
「はい?」
「父も私たちがいるの見えていたのに石を投げてきて、」
(ああ、なんていうんだっけ? こういうの? トラウマ? PTSD?)
ふとそんなどうでもいい言葉が頭を巡った。




