????/??/?? 説明不足
―大きく息を吸い、ゆっくりと吐いてください。吸って、はい、ゆっくりと吐いて、吸って、……
いつもと変わらない一本調子の声で、深呼吸の指導をアガートラムは始めた。その指導は誰の為かといえば、もちろん私の為である。ゆっくりと丁寧に、大きく息を体に吸い込んで、その倍以上の時間をかけて息を吐き出す。それによって、おそらく体、精神は落ち着きを取り戻して健全状態へと戻るのだろうが、私はその指導に一度も従わなかった。
その場にいた全員の視線、合わせて30以上の目が私の方に向いていた。
先ほど、ぶつかる寸前、一触即発の危機まで陥ったセン達三人とその仲間たち十数人が仲良くこちらを見ている。いや、正確には、私と先ほどから深呼吸のインストラクチャーしているアガートラムに目を向けている。
その眼は、表情はなんと言えばいいのだろうか、明らかに不思議な、困惑したものであった。
―多田様、何か分からない点ございましたか?
アガートラムは深呼吸を一切しない私に不満をもったという訳ではないだろうが、指導を中断して、そう訊ねてきた。
「い、いや、もう、いいから、大丈夫。少し離れて、」
その言葉に、もう何と答えればいいのか、私はほとんどパニックに陥りながらなんとか離れてくれと言葉を伝えた。
その場にいる私以外の人の注目をこれ以上集めたくなかった。アガートラムが私の傍を離れれば、その圧力の半分ぐらいはそちらに向いてくれるのではないかという淡い期待のもと、それを言葉にした。
―了解しました。遅くなりましたが、こちらを羽織ってください。
「えっ?」
アガートラムはこちらの要望に素直に従い、また、急に別の話題を切り出した。
それは何だと聞く前に、背中の方で微かに何かが動く気配じみたものを感じた。森の中の清涼な風と明らかに違う暖かな空気が首筋をなで、先ほどまでずっと香っていた甘い花のような匂いがした。おそらく、後ろの自動ドアが開いたのだろう。
そちらを振り向いて確認する前に、何かが音もなくこちらに忍び寄り、いきなり、頭の上からパサリと覆いかぶさってきた。
「わあ!」
―多田様の寸法に合わせたもの上着となります。動きずらくはありませんか?
アガートラムのワンテンポ遅れた説明が、私の悲鳴の後にされた。




