第7話 詳細不明
返書が来た日、窓の外で雪が降っていた。
朝から降り続けて、昼過ぎには中層の屋根が白くなった。霜市場は早仕舞いだろうと思いながら封を開いた。思いながらというのが正確ではない。手が封を開く動作をしながら、目が窓の外を確認していたという方が近い。どちらの観察にも優劣はない。
几帳面な文字だった。
行間が均等で訂正がない。羊皮紙の端まで余白の幅が一定だ。文字を書く前に全体の配置を計算してから書き始める人間の書き方をする。アンセルム・ノワレの返書は予測した通りの形をしていた。
内容を確認した。
グロワール子爵家の財政は十五年前から緩やかに悪化した。記録の上では売却・整理・縮小の痕跡が数年おきにある。規模の大きな取引が消えていき、小さな収支だけが残っていく過程だ。財政の傾きが一定の速度で進んでいるということは急激な転落ではなかった。外圧ではなく内側からじわじわと崩れていった家だ。
十年前に詳細不明の大きな支出の記録がある。
その一行で手が止まった。
支出の目的を示す欄が空白になっている。記録院の書式では空白の支出記録は申告漏れか意図的な非開示か、どちらかだ。非開示の場合は理由の記載が必要になる。しかしこの記録には理由もない。
手帳を取り出した。
「詳細不明」と書いた。
その四文字を見た。詳細が不明なのではなく詳細を残さなかった可能性がある。記録院の目から隠したかったものがあった。あるいは記録院の目が届く前に処理が完了した。どちらかを決める根拠は今はない。
返書の後半に目を移した。収支の推移、資産の変動、確認できた取引の相手先。全て正確で過不足がない。次に依頼するときの基準が一つ確定した。
末尾に一行だけ添えられていた。
「以前リリアーヌ様が子爵家の財政記録についてご関心をお持ちになられた際、同様の方法で照合を行いましたことを、念のためお伝えいたします」
その一行をもう一度見た。
文字の形を確認した。几帳面な筆跡で他の行と同じ間隔で書かれている。特別な力の入り方はない。アンセルムにとってこれはただの付記だ。「念のため」という書き添えがそれを示している。
返書を卓の上に置いた。
手帳はまだ開いていた。「詳細不明」という四文字の下に何も書いていない行が続いている。ペンを取らなかった。
窓の外で雪が降り続けていた。
音がない。白が積もる速度で中層の屋根の形が変わっていく。屋根の形が変わっても、屋根の下にあるものは変わらない。そのことに今まで気づいていなかった。
手帳を閉じた。
ヤニクが来たのは夕方だった。
屋敷の勝手口から声をかけてくる。使用人に知らせてもらって中庭で落ち合った。空が白く曇り、雪がまだ細かく舞っている。ヤニクの肩に積もりかけていた。本人は気にしていない様子だ。
「五年前、霜市場の宝石商の弟子が青い石の複製の依頼を受けたという話を聞きました」
「誰からの依頼かわかりますか?」
「貴族らしき人物、とだけ。名前は出なかったそうです。依頼があったのは確かだが、職人の師匠は当時すでに亡くなっていた。弟子が一人で請け負った仕事で、誰にも言わなかったと」
「弟子は今も市場においでですか?」
「引退して郊外に出たと聞きました。ただ話を聞いた人間は信用できます。複数の筋から確認が取れています」
「わかりました」
ヤニクが一度こちらを見た。何か言いかけてやめた。雪が肩から落ちた。その様子を見て、寒い中ここまで来たという事実がようやく意識に入ってきた。
「寒い中、ありがとう」
「仕事です」
足音もなく勝手口の方へ戻っていった。中庭に一人残ると雪の冷たさがはっきり伝わってきた。それまで寒さを感じていなかった。
部屋に戻って手帳を開いた。
今日届いた情報を並べた。
十年前に詳細不明の大きな支出がある。五年前に青い石の複製の依頼があった。依頼人は貴族らしき人物で名前は残っていない。
十年前に本物を売った。五年前に複製を作らせた。
この順番が問題だと馬車の中で考えた。十年前に本物を手放したなら、なぜすぐに複製を作らなかったのか? 五年後に複製が必要になった理由が十年前にはなかった。
なぜその順番なのか?
「貴族らしき人物」という情報は未解決のままだ。名前がない。弟子も引退した。これ以上辿る糸が今のところない。
次にすべきことは決まった。
あとは石を見るだけだ。
机の引き出しから紙を一枚出した。ソフィーへの書き付けだ。「グロワール家のご長男に、鑑定のご相談をしたい旨、橋渡しをお願いできますか」という内容にした。
ソフィーならこの依頼の意味を読む。余計な説明は要らない。




