第59話 申し訳ありません
「……知っています。サンクレール男爵は、リリアーヌ様の調査に、協力していた人物です。私と同じように。リリアーヌ様が亡くなった後、彼は死を偽装しました。私が手伝いました。彼が生きていることを、あなたに隠していました。……申し訳ありません」
アンセルムの声は、最初から最後まで同じ速さだった。「私が手伝いました」という一文も、「申し訳ありません」という一文も、等しく、同じ重さで置かれた。速くもなく、遅くもなかった。準備してきた言葉の重さがあった。毎日、持ち続けてきた言葉が、今朝ここで出た。
ミラヴェルは全部聞いた。聞きながら、一語一語の重さを受け取った。それが、今できる唯一のことだった。
「申し訳ありません」が来るまで、待った。
ミラヴェルは、アンセルムが話している途中で、扇を閉じた。
「私と同じように」と聞こえた時点で閉じた。その先を鑑定眼で見る必要がなくなった。見なくていい、という選択が、扇を閉じる前に出ていた。閉じた扇を、手の中で一度だけ握った。どのくらいの力で握ったかは、確認しなかった。扇の骨の硬さが、手のひらに伝わった。骨の数は十二本。いつも同じ数だ。今日もそうだった。それだけのことが、今この瞬間に届いた。
アンセルムは言い終えた後、顔を上げなかった。視線が書庫の床の一点にある。書庫の奥でヤニクが動かなかった。気配が薄くなっていた。
アンセルムが隠していた。私に。
これは、裏切りか。違う。彼はサンクレールを守るために隠した。しかしそれは同時に、私から何かを隠すことでもあった。
私は今、何を感じているのか。怒りか。悲しみか。どちらでもない気がする。何か別の、まだ名前のないもの。
後にしろ。今は聞くべきだ。
書庫の蝋燭が、小さく音を立てた。炎が一度揺れた。アンセルムがその音に少し反応した。顔が一瞬だけ音の方へ向いた。すぐに戻した。ミラヴェルはその動きを見た。見て、扇を持ち直した。閉じたままの扇だ。
アンセルムが顔を上げた。視線がミラヴェルに来た。その目を、ミラヴェルは見た。
「サンクレール男爵は今、どこにいますか?」
アンセルムが少し目を細めた。答えを持っていた。答えを持ったまま五年間待っていた、という重さが、返答の前にわずかに滲んだ。返答が来るまでの間が、普段のアンセルムよりわずかに長かった。
「霜市場の外れです。半年以上、同じ場所にいます。以前は記録院まで来ることができましたが、今は……来られない、と言っています」
「連絡は取れますか」
「はい。定期的に届け物をしていました。経路はまだ生きています」
アンセルムの指先が、膝の上で文書の端に触れていた。広げなかった。アンセルムの手が、小さく震えていた。気づいたが、何も言わなかった。
ミラヴェルは一度だけ、書庫の天井を見た。夜明けの光が廊下の端から差し込み始めている。時間は、ある。
「彼は……リリアーヌの調査を、知っていますか?」
「全部とは言えません。しかし……主要な部分は」
「主要な部分」という言葉を、ミラヴェルはそのまま通過させた。サンクレール本人に聞く方が速い。それだけが、今動くべき理由として十分だった。
「今日、会いに行きます。ヤニクに案内してもらえますか?」
部屋の奥から、ヤニクの声が来た。
「できます」
振り返らなかった。ヤニクがそこにいることは、最初からわかっていた。ヤニクも、聞こえていた。それで話は決まった。
アンセルムが少し驚いた顔をした。今朝、この部屋に入ってから、アンセルムの表情がいくつか変わった。想定していなかった顔、謝罪の顔、答える前の顔、驚いた顔。それだけの変化が一つの朝にあった。
アンセルムが立ち上がりかけて、止まった。何かを言おうとしている。謝罪ではない種類の言葉を。アンセルムが言葉を選ぶとき、少し目が下を向く。今もそうだった。書庫の床の、どこでもない一点を見ている。選んだ言葉が、ゆっくりと出てきた。
「……怖くなかったと、言えば嘘になります。五年間」
その言葉の中に、謝罪とは別の何かがあった。ただ、そういう五年間だったという事実を、ミラヴェルに届けようとした言葉だ。届けたかった理由を、アンセルムは言わなかった。言わなかった分だけ、その重さが言葉に乗っていた。
ミラヴェルは立ち上がった。
何も言わなかった。立ち上がる前に一拍あった。その一拍の間、アンセルムの言葉がまだ部屋の中にあった。言葉は発された後も、しばらく場所に残る。この書庫の、蝋燭の光の中に、今もある。
「行きましょう」
廊下に出ると、夜明けの光が壁を横切っていた。
ヤニクが先を行く。アンセルムは書庫に残った。廊下を歩きながら、アンセルムの声の速さを、もう一度頭の中で確かめた。準備してきた速さだった。五年間、準備してきた。今朝起きたことを全部整理するのは、霜市場から戻った後でいい。今はまず動く。動きながら、整理する。
廊下の石床が、足の裏から冷えてくる。夜明けの光が壁を照らしている。明かりと冷気が同時にある。十月の朝は、毎回そうだ。書庫の扉が、背後で静かに閉まった。
記録院の入り口で、ヤニクが霜市場の方角を確かめた。




