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スミレ色の鑑定眼  作者: 猫じゃらし
第五章 赤の遺産
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第55話 今度、調べましょうか

数日後、アルベール子爵が回復し始めた。


アンセルムから短い書き付けが届いた。「カルヴェ家に関する参照記録、正式に登録完了」とだけ書いてあった。それ以上は書いていなかった。それで十分だった。


記録院の参照記録がある。この事件が収まった形だ。それでいい。


シャルルは表立っては動けなくなった。記録院に記録がある。ベルナールの再検査結果も記録院に残った。「使わない・しかしある」という状態が、今回の解決の形だった。


ヴァラン派とシャルルの繋がりは、まだ切れていない。記録院の文書は今後の動きを抑止するが、過去を無効にはしない。その事実は置いておいた。今日は先に進まなかった。別のことをする日だという判断が、先に出た。


判断が先に出た、という順序を、少し観察した。以前は判断の前に問いがあった。今日は問いより判断が早かった。



ソフィーから、一行の文が届いた。


「父が庭に出られるようになりました」


ミラヴェルはその文を読んだ。読んで、返事を書こうとして、書かなかった。


書く言葉が何度か出てきた。「よかった」でも「お知らせありがとうございます」でも、正しいが何かが足りなかった。何が足りないかを考えかけて、考えないことにした。


机の上に、文が一枚置かれたままになった。


しばらくその文を見ていた。ソフィーの筆跡だ。いつもより丁寧に書かれていた。一行しかないのに、丁寧に書いた。その事実を、ミラヴェルは置いた。


その一行を、ミラヴェルはもう一度読んだ。「父が庭に出られるようになりました」

「庭」という言葉が入っていた。今月、ミラヴェルも庭に何度か出た。同じ月に、ソフィーの父も庭に出られるようになった。それだけのことだが、何かが並んだ。


ミラヴェルはその日、庭に出た。返事は書かなかった。



翌日、ソフィーが来た。


ミラヴェルは庭にいた。


午前のうちに屋敷の仕事を一通り終えていた。カトリーヌへの返答を書いた。アンセルムへの確認事項を送った。ヤニクへの書き付けを今日中に仕上げる。母の件はまだ入り口に立っているだけだ。


入り口に立っている、ということは確かだ。入ろうとすれば入れる。今日はまだそこまでだ。


今月、何度か庭に来た。最初は理由なく来た。今日も理由はなかった。


ソフィーが庭を見つけて、少し驚いた顔をした。「珍しいところにいるわね」と言いかけて、言わなかった。一瞬口が開いて、閉じた。代わりに、隣に立った。


外套は整えられていた。笑っていた。以前来たとき、ソフィーは笑っていなかった。今日は笑っていた。ミラヴェルはそれを見た。


二人で、紫の花を見た。しばらく何も言わなかった。ソフィーが何かを言いかけて、言わなかった。待った。ミラヴェルも待った。


風が庭を通り抜けた。雑草が揺れて、また止まった。この庭の風は今月何度か見た。毎回揺れて、毎回止まった。ソフィーの髪が少し動いた。ソフィーは気にしなかった。そのまま花を見ていた。


しばらくして、ソフィーが言った。


「きれいな花ね。何ていうの?」


「わかりません。母が植えたと思いますが、聞けなかったので」


ソフィーが少しの間、黙った。


庭の雑草が風に揺れた。紫の花の茎も揺れた。二人はそれを見ていた。


ミラヴェルは「聞けなかったので」と言った後の空気を、見た。ただ、何かがそこにあった。ソフィーは何も言わなかった。言わないことを選んだ、ということが伝わった。


「聞けなかった」という言葉が自分の口から出た。母について、ソフィーに向けて、初めて言葉が出た。


それから、ソフィーが言った。


「今度、調べましょうか。一緒に」


ミラヴェルは、答えた。


「……ええ。そうしましょう」


これまでの自分なら「検討します」か「そうしましょう」かを一度考えてから答えていた。今日は考えなかった。答えが先に出た。ソフィーが少し笑った。


「今度、調べましょうか」に「そうしましょう」と答えることは、約束だ。次は何かを調べにいく。二人で。



ソフィーが帰っていった。


廊下を遠ざかる足音が聞こえた。いつもの軽い足音だった。少し速かった。角を曲がって聞こえなくなった。速かった理由はわからなかった。急いでいたのか、別のことを考えていたのか。ミラヴェルは追わなかった。


ミラヴェルは庭に残った。使用人が一人、遠くを通り過ぎた。何も言わなかった。ミラヴェルも何も言わなかった。


夏の終わりの光が庭を照らしていた。影が長い。今月最初に来たときと同じ角度の光だ。花の色が、今日の光の中では、濃い紫だった。


扇は、今日は持っていなかった。


気づいたのは、もうここに立ってからだった。庭に出るとき手に取らなかった。取らないことを意識しなかった。


以前、ソフィーの前でも扇を持っていなかった日があった。あの日は部屋の中だった。今日は庭で、二人で立っていた。同じことが重なったが、状況が違う。一度目と今日のどちらが正確な意味での「扇なし」かは、判断しなかった。ただ、二度起きた。


この花の名前を、今は知らない。

知らないまま、今日は置いておいた。


扇を持っていない手で、ミラヴェルは庭に立っていた。


八月の最初に来たとき、一人だった。今日は二人で立っていた。その違いが、今日の庭にあった。


次に来るとき、ソフィーがいる。一緒にこの花の名前を調べる。その約束が、今日ここに生まれた。


私はその答えを、後から検討しなかった。

検討する必要を、感じなかった。


それが何を意味するのかは、まだわからない。


ただ、今回は「わからない」ということを、記録することも、しないことにした。


ただ、そこに立っていた。

夏の終わりの風が、庭を通り抜けていった。

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