第50話 同じ形式の書類
朝の記録院は人が少ない。午前の早い時間に来ることは、これまでもあった。しかし今日はいつもより早かった。門を通るとき、門番が少し驚いた顔をした。顔を見ると驚いていた、というだけで、何かを言ったわけではない。
記録院の中は、外より涼しかった。
夏の盛りには蝋燭の煙の方が目立つが、八月の終わりには石の冷たさの方が先に来る。廊下を歩くと、足元から温度が変わる境目がある。外側の石と内側の石では、熱の溜まり方が違う。毎年この時期に感じる変化だ。
アンセルムは書庫の前の机に座っていた。眼鏡を外したままにしていた。
普段は必ず掛けている。今日は外したまま、机の上の紙を見ていた。ミラヴェルが近づいても、すぐには気づかなかった。気づいてから眼鏡を掛けようとして、止めた。
「ミラヴェル様。おいでになると思っていました」
「カルヴェ家に関連する最近の文書動向を調べてほしいのです。特に、シャルル・ド・カルヴェが署名しようとしていた書類があれば」
アンセルムが頷いた。眼鏡をかけずに立ち上がり、書庫へ入った。
待つ間。
ミラヴェルは椅子に座らなかった。立ったまま、書庫の扉を見ていた。
「リリアーヌ様に、一度助けていただいたことがある」というアルベールの言葉を、まだ開いていない。昨日も一昨日も、開かないことにした。今日も、アンセルムが戻るまでは開かない。
そう決めたのはいつかを問おうとして、止めた。
記録院の蝋燭が燃えていた。音を立てていた。石の冷たさの中で、蝋燭の音だけが動いていた。
アンセルムが書庫に入ってから、どれくらい経ったかを考えかけて、止めた。扇を手に持っていることに気づいた。いつ取り出したかは、わからなかった。
書庫の中で紙をめくる音がした。アンセルムが何かを探している音だ。初めて書庫に入った春の日、石の壁はまだ湿っていた。今日は乾いている。春から今日まで、何度もこの記録院に来た。来るたびに壁の乾き方が変わっていた。今日の乾き方は、今年の夏の終わりの乾き方だ。
アンセルムが戻った。
書庫の扉が開く前に、足音が変わった。いつもの足音より少し重かった。重い、という言い方が正確かどうか、遅かった、かもしれない。どちらにしても、いつもと違った。
顔が少し青かった。眼鏡を掛けていなかった。机の前に座る前に、もう一度書庫の方を振り返った。それから椅子を引いて、座った。椅子の足が石の床で少し音を立てた。小さい音だった。アンセルムはその音を気にしなかった。
「ミラヴェル様……これは、慎重に扱うべき情報です。シャルル・ド・カルヴェが署名しようとしていた書類は、カルヴェ子爵家の領地の一部を、ヴァラン派の資金運用に充てるという覚書です。父君であるアルベール子爵の副署が必要だったが、拒否された。……さらに一つ、申し上げにくいことがあります」
アンセルムが眼鏡を外した。
眼鏡を布で拭いた。それからゆっくりと続けた。
「この覚書の形式が、五年前、リリアーヌ様が調査されていた書類の形式と、酷似しています。私には断言できませんが、同じ人間が設計した書類だと思います」
ミラヴェルの手の中で、扇が一度だけ、音を立てた。
アンセルムが静かになった。
机の上に手を置いたまま、動かなかった。
母が調査していた書類と、同じ形式。
偶然ではない。
同じ仕組みが、今も動いている。
そして今回、その仕組みはソフィーの父に向けられた。
私は、
ミラヴェルはそこで思考を止めた。
扇を手に持っていた。自分の手が、意図しない動きをした。音を立てた後、動いていない。
アンセルムが静かに言った。「……少し、お時間をとりますか?」
ミラヴェルは首を振った。
アンセルムは何も言わずに立った。しばらくして、お茶を一杯持ってきた。
正しい温度だった。
ミラヴェルがそれを一口飲んだ。
なぜ正しい温度がわかったのか、と思ったが、アンセルムは母と長く仕事をしていた。
母も、同じ温度のお茶を飲んでいたのかもしれない。
私はその考えを、すぐに別の場所に仕舞った。
アンセルムが向かいに座った。
何も言わなかった。ミラヴェルもしばらく何も言わなかった。
記録院の中に、蝋燭の音だけがあった。
アンセルムの手が机の上で重なっていた。動いていない。アルベールが掛け布団の上で手を重ねていた、ということを思い出した。二人の手の重なり方が、形として似ていた。似ている理由を考えかけて、止めた。
石の壁が、外の熱を遮っている。八月の終わりの午前、外では夏の光が石畳を照らしているはずだった。この建物の中にはその光が届かない。届くのは音だけだ。遠くで馬の蹄の音がした。それだけだった。
お茶が冷えていく前に、ミラヴェルが言った。時間がどれくらい経ったかを確認しようとして、確認しなかった。窓のない記録院の中では、外の光で時間を測ることができない。蝋燭の残りが判断の基準になる。今日の蝋燭はまだ半分以上残っていた。
「調べ続けてください。この覚書の署名命令の上流を、どこまで追えるか?」
「承りました」とアンセルムが言い、眼鏡を掛けた。
掛け直した眼鏡の位置を、指先で少し直した。それからミラヴェルを見た。
「……リリアーヌ様が調査されていたのが何年前か、正確にはわかりません。私が記録を見つけたのは五年前ですが、調査そのものはもっと前から始まっていたかもしれない。次に来られる前に、もう少し調べておきます」
ミラヴェルは「ありがとうございます」と言った。
アンセルムが頷いた。頷いてから、少し間を置いて言った。「……今日は、よくお出でくださいました」
いつもの挨拶ではない言い方だった。アンセルムはこれまで、来たことに対してこういう言い方をしたことがない。ミラヴェルはその言い方の意味を処理しようとして、やめた。
記録院を出た。
外の光が強かった。石畳の上に影が落ちている。八月の終わりの午前の光だ。内側の冷たさと外側の熱さの間に、境目があった。その境目を踏んで、外に出た。
「同じ形式の書類」という事実を、頭の中に持ったまま歩いた。今日は仕舞わなかった。記録院を出ると外は明るかった。
五年前。母が調査していた書類。その調査がどこまで進んでいたか、アンセルムはまだ調べる、と言っていた。調査の続きを、今ミラヴェルが引き継いでいることになる。継いでいる、というより、まだ渡されてすらいないのかもしれない。どちらなのかは、今夜考えないことにした。
アンセルムが「よく来てくださいました」と言った。その言い方を、今もまだ手元に持っていた。処理しなかった。しないまま、石畳の上を歩いた。
翌日、ヤニクが戻った。灰林の方から来た、と言っていた。外套に、草の匂いが残っていた。




