第41話 整合性、再び
翌朝、机の上に全部並べた。
帳簿の切れ端、粉を包んでいた紙、アンセルムが用意した支払い記録の写し、白廊での観察を書き留めた自分の覚書。それから、ヤニクが最初に持ってきた情報。ナタンが「変な仕事を断った」という一語。
これが今ある全部だ。
整合性を確認する。
ムーラン子爵は王宮調達部門を通じて、存在しない物資への支払いを処理している。差額は、偽造金貨の素材製造費と流通コストに充てられている。偽造金貨は霜市場を通じて流通している。王宮発行の金貨と混じって。
ナタンは素材の供給を「断った」。断ることは、消えることを意味した。
この構造の頂点にいるのはムーラン子爵ではない。ムーラン子爵はこの仕組みの「処理者」として機能しているだけだ。本当の設計者は、まだ見えていない。
全体像は見えた。
しかし「誰が設計したか」は、見えていない。
ここまでの情報でムーラン子爵を断罪することはできる。王宮調達部門の不正支払いは記録に残っている。帳簿の書式は一致した。粉は偽造金貨の芯材と一致した。ナタンの失踪がある。一本の線が、全部を貫いている。
それでも、設計者には届かない。
この「届かない」という感覚を、ミラヴェルは一度だけ確認した。第二章でも、第三章でも、核心の一つ手前で止まった。今回も同じ形をしていることが、むしろ情報になる。この仕組みを設計した人間は、ムーラン子爵を前に置くことで、自分が見えないように構造を組んでいる。
覚書の端にそれだけ書いた。それ以上は書かなかった。
整理の途中で、白廊の記憶が戻ってきた。
廊下の先に見えた二人。ムーラン子爵と、その一歩後ろを歩く少女。少女の視線が、父の背中を追っていた。「見張っている」という感覚が鑑定眼から来たものか、目で見た印象から来たものか、あの場所では分離できなかった。どちらでもある、という答えが最も正確かもしれない。
カトリーヌ・ド・ムーラン。十七歳。今季のデビュー組。マルグリット・ド・フォンテーヌと同じ今季だ。
マルグリットは「見てしまった」偶然に、書簡が床に落ちた。カトリーヌは「見ている」意図的に、距離を保って。
この二つは違う。「偶然見た」と「意図して見ている」の差は、目的の有無だ。
カトリーヌが何のために父を見ているのか。今はまだ分からない。
ただし。
カトリーヌは「知っているから見張っている」という可能性がある。
知っているとしたら、何を知っているのか。父の仕組みの全部か、それとも一部か。知った上で沈黙しているのか、知った上で何かをしようとしているのか。どれも今はまだ分からない。
しかし可能性として持っておく必要がある。ナタンは「断った」から消えた。カトリーヌが「知っている」なら、カトリーヌもナタンと同じ立場になる可能性がある。
その場合、次に確認しなければならないことが一つ増える。
覚書にカトリーヌの名前を書いた。ムーラン子爵の名前の下に。それだけだ。
夕方近くヤニクが来た。
裏口を開けたとき、石段の上に立っていた。座っていなかった。一段だけ上がって、扉の前に立っていた。それだけでいつもと違うことが分かった。
「上がってください」と言いかけた。
ヤニクが先に口を開いた。
「昨日から、尾けられています。私服です。二人組。近衛の私服と同じ動き方です。おれはそういうのを見分けられますから」
支払い記録の写しを整理していた手が、止まった。
一瞬だけ。
それからまた動いた。
「いつから?」
「昨日の朝から」
「ナタンの商館に行った翌日から?」
「はい」
四つの言葉が、空白なく並んだ。ヤニクが答えるのに一拍もかからなかった。確認済みのことを渡している速さだ。昨日の朝から気づいていて、確認して、今日ここに持ってきた。
「ナタンの件は?」
「見つかっていません。ただ、知り合いが一人、何か見たかもしれないと言っています。明日、確認します」
「分かりました」
ヤニクが少し間を置いた。
「おれのことは、大丈夫です」
弁解には聞こえなかった。報告の延長として、事実を付け加えた言い方だった。ミラヴェルはその言葉を受け取って、ヤニクを見た。
「明日の報告を待ちます」とだけ言った。
ヤニクが頷いた。石段を下りて、通りに出た。その背中を見送りながら、ミラヴェルは手の中の書類を一度だけ確認した。写しの端が少し折れていた。いつ折れたかは、分からなかった。
ヤニクの足音が遠くなってから、屋敷の中に戻った。
廊下を歩いた。自室を通り過ぎた。
一人になって、フェリクスの部屋のドアをノックした。




