第28話 ソフィー
朝の光は、まだ低かった。
応接間の窓から差し込む光が、午前の角度で床を横切っている。昼のように真下からではなく、斜めに入る光だ。椅子の脚の影が長く伸びている。ソフィーはそこに座っていた。
来ていたことに、気づかなかった。使用人が「ソフィー様がお見えです」と伝えに来て、初めて知った。今朝は早い来訪だ。来る前に連絡はなかった。
座っていた、というより、座らされていた様子だった。
顔が青かった。唇の色が薄い。手を膝の上に置いているが、指の力がわずかに均一でない。いつものソフィーは手の位置が安定している。今日は違う。眠れなかったか、あるいは来る前から何かを考え続けていたか、そのどちらかだ。
その顔を見た瞬間、何かが止まった。
思考ではない。もっと手前にある何かが、一瞬、止まった。次の瞬間には戻っている。止まった時間がどれほどだったかは測れない。測れないほど短いか、あるいは測ることを選ばなかったかだ。
使用人がお茶の準備を申し出た。それに気づかなかった。気づいたのは、使用人が二度目に声をかけてからだった。「後で結構です」と答えた。後で、というのが何分後になるかは、まだわからなかった。
「ミラヴェル、聞いて。昨日の夜、マルグリットの侍女から連絡があって——マルグリットが、逃げ出そうとしたって。でも見つかって、今度は本当に鍵をかけられたって」
ソフィーが言い終えた。
応接間に朝の光だけが残っている。
「ソフィー。侍女は今どこにいますか?」
言ってから、一拍後に気づいた。
呼び捨てにした。「ソフィー様」でも「ソフィーさん」でもなく、「ソフィー」と言った。
いや、今はそれより先にすることがある。
なぜ呼び捨てにしたのかは後で考える。今は侍女の位置を確認することの方が先だ。
ソフィーが一瞬、目を丸くした。こちらの顔を見た。何かを言いかけた気配があった。それから、言わなかった。「フォンテーヌ家の裏口の近く、今日の昼まではいると言っていた」と答えた。
昼まで。今が朝の早い時間だとすれば、まだ時間がある。フォンテーヌ家に入る方法を考える。マルグリットが逃げようとしたという事実は、状況が動いているという意味だ。次に彼女が動こうとする前に、こちらが動く必要がある。
ソフィーの母を通じてフォンテーヌ家に入ること。この計画は昨日の時点ですでに組んでいた。今朝実行に移す。カルヴェ子爵家とフォンテーヌ侯爵家は塀が隣接している。ソフィーの母がフォンテーヌ侯爵夫人と旧知の間柄であることは、ソフィーから聞いた情報として記録してある。「お見舞いに伺いたい」という申し出は、ソフィーの母が仲介すれば成立する。
侯爵夫人は断れない。ソフィーの母の善意を断る理由がない。
侍女が裏口の近くにいるなら、外から合図を送ることができる。侍女が鍵を開ければ、中に入れる。しかしそれは侍女に負担をかける。ソフィーの母を通じた正面からの訪問なら、侍女が危険を負わない。
「ソフィー。あなたのお母様に、今日お願いができますか?マルグリット様のお見舞いに伺いたいのですが、とだけ言えば十分です」
「お母様なら喜んで動いてくれる」とソフィーが言って、立ち上がった。「今すぐ行ってくる」
「私も参ります」
ソフィーが振り向いた。
すでに立っていた。応接間の入口の方へ向いている。自分が先に立ち上がっていたことに、この瞬間気づいた。いつ立ち上がったかは覚えていない。
ソフィーが何かを言いかけた。言わなかった。一拍間があって、「わかった」とだけ言った。
この「わかった」の速さに、前にも気づいたことがあった。理由を聞く前に動ける速さ。あのときも整理を保留した。今も保留する。
廊下を歩きながら、手順を確認した。
まずカルヴェ子爵家へ行く。ソフィーが母に話す。母がフォンテーヌ侯爵夫人に連絡を取る。フォンテーヌ家の返事を待つ。返事が来たらすぐ動く。返事が来る前に侍女の位置が変わっていた場合の代替案も必要だ。
代替案一:ソフィーの侍女の友人に連絡を取る。ソフィー経由で。しかしこれはソフィーの情報源を消耗させる。今使うべきではない。
代替案二:フォンテーヌ家の庭に隣接するカルヴェ家の塀を使う。実際に見ていないので地形の確認が先になる。
代替案一よりも代替案二の方が合理的だが、ソフィーの母が動いてくれるなら正面からの訪問が最善で、その場合の代替案は不要になる。まず正面の経路を試みる。
フォンテーヌ家に入ってからの動きも、同時に組み立てた。ソフィーの母と侯爵夫人が会話をしている間に、別の場所へ移動できるか。できる。夫人の注意がソフィーの母に向いている間が最も時間を取れる。その間に侍女と連絡を取れれば、マルグリットの部屋への誘導が成立する。侍女が今日その場にいるという条件付きで。
全てが条件付きだ。
次にマルグリット本人に会えた場合の想定。聞くべきことの順番がある。一番目は体の状態。二番目は逃げようとした理由と時機。三番目は書簡の詳細。一番目と二番目を先に聞く理由は、三番目を聞こうとする前にマルグリット自身がどこまで話せる状態にあるかを確認するためだ。無理に聞かせれば、必要な情報が欠けた形で出てくる。
玄関まで来た。
使用人が外套を持ってきている。春の朝の外気は、まだ少し冷たい時間帯だ。
ソフィーが先に外套を受け取っていた。こちらが外套を羽織り終える前に、ソフィーはもうドアの方へ向いている。いつから、ソフィーの方が先に動くようになったのか。
その問いを、今は横に置いた。
外に出た。春の朝の光が、斜めに石畳を照らしている。ヴォワール家の門を出ると、通りに人が動いている。朝の用事を持った人間の足音が、石畳に混じっている。
ソフィーと並んで歩いた。ソフィーが何も言わない。私も言わない。
今朝から、この静けさが何度かあった。お茶が来なかった間。使用人への返答の後。ソフィーが立ち上がった後。先に向いた後。静けさが来るたびに、考える材料が増えている。整理しきれないまま、次の静けさが来る。
カルヴェ子爵家までの道順を、歩きながら確認する。一度来たことがある経路ではないが、ヴォワール家からの位置関係を逆算すると、フォンテーヌ家と隣接しているならこの方向になる。合っている確率は高い。もし違っても、ソフィーが修正してくれる。
ソフィーが途中で道を曲がった。それについていく。
並んで歩いている間、ソフィーがもう一度こちらを見た。何かを言いたそうな間があった。しかし言わなかった。今朝のソフィーは、来た時から言葉を選んでいる。青い顔をしていながら、動揺したまま話し続けるのではなく、必要なことだけを言って待っている。
その変化に、名前をつけなかった。
逆算は正しかった。
カルヴェ子爵家の玄関で、ソフィーの母が笑顔で出迎えた。




