第27話 覚書の修正申請
第三書庫へ向かう道順は、もう迷わない。
記録院の入口から右に曲がり、中庭を抜け、石段を一つ降りた先にある扉だ。マルタン男爵の件で最初にここへ来たとき、アンセルムに案内してもらった。今は案内を待たずに歩ける。それだけのことだが、今朝は確認できた。
扉を開けると、アンセルムがいた。羊皮紙の束を棚へ戻しているところだった。振り向いて、こちらを見た。一拍も置かずに「こちらへ」と言って、書庫の奥へ先に歩いた。座るよう促さなかった。前回は促した。来た理由がわかっているから、促す必要がないと判断したようだった。
「フォンテーヌ侯爵家とランベール子爵家の間で、最近何か文書上の動きがあったか調べてほしいのです。三週間以内のもので」
「三週間以内で。かしこまりました」とアンセルムが確認した。
それだけで、書庫の奥へ入っていった。
春の光が、書庫の天窓から一筋落ちていた。冬の間は記録院の窓から光がほとんど入らなかった。今は入る。棚の端まで届いた羊皮紙の表面が、その光を受けてわずかに白く光っている。冬に来たときと同じ棚、同じ羊皮紙の配置だと思うが、光の入り方が変わると書庫の印象が変わる。
棚の間に、アンセルムの足音が静かに遠ざかっていく。
第三書庫に来るのは今回で三度目になる。一度目はマルタン男爵の書類を調べに来た。二度目はその結果を届けに来た。三度目の今日は、別の件で別の問いを持ってきた。同じ棚が並んでいるのに、来るたびに持ってくるものが違う。記録院はいつも同じ場所にあるが、来る側が変わっている。
アンセルムが調べている間、何も考えないことにした。
情報がない段階で考えることは、推測だ。推測を先に立てると、証拠を見るときにその推測に合わせて読もうとする力が働く。それは精度を下げる。だから待つ。ただ待つ。
お茶を持っていなかった。
ここ数回の記録院訪問では、待つ時間にお茶があった。今日は持ってこなかった。急いで来たからだと気づいたのは、書庫の椅子に座ってからだ。昨日の白廊での観察が積み上がっていて、早く文書の裏付けを取りたかった。その気持ちが持ち物の確認を省いた。珍しいことだ。
手を膝の上に置いた。扇は持っていた。鑑定眼を使う対象がいない部屋では、扇を開かない。ただ持っている。
天窓からの光の中に、羊皮紙の粉が浮いていた。書庫の空気に、乾いた紙の匂いがある。冬に来たときの匂いと同じかもしれないが、温度が違う。春の書庫は冬の書庫より少し温かく、乾いた紙の匂いの質感がわずかに違う。それ以上のことは、今は考えないことにした。
考えないことを選ぶことは、考えることと同じくらい意識を使う。どこかで気づいたことだが、いつ気づいたかは覚えていない。
椅子の木の硬さが背中を押している。記録院の椅子は飾りがない。座ることを最低限支える形だ。長時間座っていれば疲れる。それが目的なのか偶然なのかはわからないが、記録院に長居しすぎないための設計だとすれば理にかなっている。
足音が戻ってきた。
アンセルムが書庫の奥から歩いてくる。手に何枚かの紙を持っている。歩速が行くときより少し速い。
椅子から立ち上がった。
「……ミラヴェル様。三週間前、四月の七日から十日の間に、フォンテーヌ家とランベール家の間で婚約に関する覚書の修正申請が提出されております。内容は……条件の変更、とのみ記録されております。詳細は、両家の封印がございまして」
封印がある。詳細は読めない。「条件の変更」という記録だけが残っている。
「ありがとうございます」と答えようとした瞬間、アンセルムが続けた。
「失礼、一点気になっていることがございます。この申請の日付、マルグリット様が社交の場を欠席されるようになった時期と、ほぼ一致しておりますね」
前回まで、アンセルムは情報を提示してから「失礼、少し確認してしまいました」と一歩引いて発言していた。今回は引かなかった。自分が気づいたことを、こちらが聞く前に言った。
関係が、一歩動いている。
「ありがとうございます。そこに気づいていただいたことが、重要です」と答えた。アンセルムが紙を手渡す。申請の写しだ。日付が記されている。四月八日。
アンセルムが「もう一点、確認してよいものか迷っていることがございます」と言った。「署名欄に、通常では見られない形が……」と言いかけて、「お調べする時間をいただけますか?」と言い直した。書庫に戻っていく。
何かが、まだある。待つことにした。
条件の変更。
マルグリットが姿を消した時期と一致している。
マルグリットを消したのは、条件変更と関係がある。彼女は何かを知っている。あるいは何かをしてしまった。それが婚約の条件を変えた。そしてその何かを隠すために、彼女は「存在しない」ことにされている。
写しを手に持ったまま、少しの間、天窓を見た。光の角度が来たときより変わっている。時間が経っている。
封印されている詳細を知るには、別の方法が必要だ。文書から取れないなら、人から聞く以外にない。条件変更の前後に何が起きたかを知っている人間が一人いる。マルグリット本人だ。
彼女は閉じ込められている。しかし生きている。話せる状態にある。問題は、どうやって会うかだ。
フォンテーヌ家の屋敷に入る方法を考える。正面から入ることは難しい。侯爵夫人がいる。夫人が何かを察したら、会わせないだろう。では別の角度から。ソフィーの家がフォンテーヌ家と隣接している。ソフィーの母を経由して、お見舞いという名目で入れるかもしれない。
カルヴェ子爵夫人、ソフィーの母がどういう人物かは、ソフィーの話を聞いている限りではわかる。善意に満ちた人だという印象がある。娘の友人のお見舞いを断る理由がない。
アンセルムが戻ってきた。
「お待たせしました。署名欄を詳しく確認しましたところ……フォンテーヌ侯爵御本人のお名前のそばに、もう一つの署名が添えられておりました。内容の封印とは別に、こちらは封印がなく。ランベール家の代理人として、ジュール・ド・ランベール様の名前が記されております」
婚約者本人が署名している。
「ありがとうございます。参考になりました」と言って、写しを返した。
記録院を出ながら、明日の計画を組み立てた。まずソフィーに連絡する。カルヴェ子爵夫人に話を通せるかを確認する。それが取れれば、フォンテーヌ家への訪問を組める。
扇を持ったままの手に、春の外気が当たった。記録院の外の空気は、書庫よりも温かい。
今日わかったことを数える。婚約に関する覚書の修正申請が、マルグリットの欠席と同じ時期に提出された。内容の詳細は封印されているが、ジュール本人が署名している。ジュールが当事者として関わっている。白廊で見た、あの厚みのない「心配」と合わさると、問いの輪郭を作り始める。
輪郭はある。しかしまだ中身がない。中身を持っているのはマルグリットだ。
翌朝、ソフィーが青い顔で来た。




