第20話 整合性を確認する
「三ヶ月前から、急に使う店が変わっています」
ヤニクがそう言って、手帳の切れ端を机の上に置いた。
店の名前が三つ書いてあった。ミラヴェルは一つずつ確認した。三つとも、霜市場の上層区画にある店だ。絹の小物を扱う店、輸入菓子の店、仕立て屋。下層区画の実用的な商台ではない。
「本人が使っているのを確認しましたか?」
「おれが直接見たのは一か所。あとの二つは店の人間から聞きました。顔の特徴を伝えたら合ってました」
「出所のわかる収入はありますか?」
「ありません。マルタン家の遺産相続はまだ手続き中で、本人に入るはずのものはまだ出ていない。でも使っている」
ミラヴェルは頷いた。手帳を開き、昨日のページの続きに書き加えた。「三ヶ月前から」「上層区画」「出所不明」。ヤニクが机の端を指先でわずかに叩いた。何かを付け加えようとしている間の取り方だ。
「貴族の子息がよく使う店ではないが、成金が見栄を張る時に使う店です」
手帳のペンを止めた。
もう一行書き加えた。「成金が見栄を張る時に使う店」。その一文をそのまま写した。ヤニクの言葉は分析ではなく観察だ。しかし観察の精度が高い。「どの層がどの店を使うか」という知識は、市場の中で動いている人間にしか持てない。
「ありがとうございます」
「昨日より顔色は良くなりましたか?」
ミラヴェルは手帳から目を上げた。「変わりません」
「そうですか」
ヤニクはそれだけ言った。昨日は「風邪じゃないですか」が続いた。今日はなかった。何かを引いた、というより、昨日の返答の内容を受け取った上で、今日は追加しないと決めた引き方だ。その違いは、言葉の数ではなく間の質に出ていた。
路地に消えた。
自室の机に向かったのは昼を過ぎてからだ。
手帳を開いて、これまでに書き込んだものを端から読み直した。ソフィーの来訪から始まって、父の夕食での言葉、フェリクスの報告、クレールの証言、記録院での記録、書斎の引き出し、紙の切れ端の数字、ルシアンの顔が固まった瞬間、ヤニクの今日の報告。全部で八日分になっていた。
読み終えた。手帳を閉じた。
窓の外を一度見た。曇っていた。光が均一で、影のない三月の午後だ。
整合性を確認する。
マルタン男爵は補償基金の残高改竄に気づいた。
誰かがそれを知り、男爵に「黙っていろ」という取引を持ちかけた。
男爵は書斎に鍵をかけ、証拠を隠した……しかし怯えていた。
死の直前、証拠の紙を引き出しに貼り付けた。
保険として。
男爵の死後、書斎の鍵を最初に開けたのは息子のルシアンだ。
書斎を巡回した警備が見た書類は、その後に消えた。
引き出しの底に貼り付けてあったものも剥がした。
その中身を誰かに渡した。
ただし、収入の変化は三ヶ月前から始まっている。
父の死より二ヶ月以上前だ。
ルシアンは死の前から、誰かと繋がっていた。
では男爵の死因は……
持病の心臓発作だ。おそらく本当に。
しかし、怯えと緊張が発作を早めた可能性は排除できない。
誰かが意図的に男爵を追い詰めていたなら……
これは間接的な殺害だ。
手帳を再び開いた。最後のページに「間接的な殺害」と書いた。
ペンが止まった。
次の行に進まなかった。書いた文字を見ていた。どのくらいの時間かは測っていない。測ろうとしなかった。ただ、窓の外の光が少し動いたことに気づいたとき、まだ同じページを見ていた。
間接的、という語を定義する。
刃物でも毒でも魔法でもない。怯えという状態を意図的に作り出し、持病を持つ人間の体に作用させる。行為は直接ではない。しかし過程は意図的だ。意図があれば、そこには主語がある。主語があれば、行為の責任が生じる。その論理は正確だ。正確なはずだ。
ではなぜペンが動かなかったのか?
その問いは今は置く。置いて、続きを書く。
その主語が誰かを、今の手元にある証拠では特定できない。
紙の切れ端の数字は「残高の改竄があった」という事実を示す断片に過ぎない。
改竄した者の名前は、その断片の上には書かれていない。
補償基金の残高改竄が誰の利益になるのかを確認する。基金の残高が帳簿の上で少なく見えれば支払い額を絞る根拠になる。多く見えれば差額を抜き出す隠れ蓑になる。
どちらに改竄されていたかは手元の断片だけでは確定できない。
アンセルムが「三年間、残高の照合を受けていない」と言っていた。
三年間照合されなければ矛盾は表に出ない。その三年間に何が動いていたかを今の段階では追いきれていない。
名前のある場所には、今はまだ手が届かない。輪郭はある。王宮の会計に触れられる立場で、男爵に「黙っていろ」と言える力があり、ルシアンに書類を処分させる経路を持つ人間。
その条件を満たす範囲は王宮の中でそれほど広くない。
しかし証拠の密度が足りない。そのままで動けば相手に準備の時間を与える。それは最悪の手順だ。
書き続けながら、手が速くなっていることに気づいた。
速くなる理由がわかった。止まっている時間が長かったから、その分を取り戻そうとしていた。取り戻す必要はない。時間は戻らない。ペンを一度置いた。
今できることと、今できないことを分けた。
今できること。手元の断片と、ルシアンの反応と、ヤニクの報告の三点で、ルシアンに選択を迫ることができる。クレールに「呪いではなかった」と伝えることができる。断片を記録院に保管することができる。消えない形で残すことができる。
今できないこと。「誰が」という核心は、今の証拠では届かない。届かないまま今できることをする。それが正確な手順だ。
お茶を飲んだ。
使用人が昼前に持ってきたもので、今はもう時間が経っていた。温度が下がって、渋みが出ている。飲んでから、舌の上に残る味が、いつもと違った。苦かった。温度の問題ではなかった。同じお茶が今日は苦く感じた。
苦く感じた、という事実を確認した。
なぜそうなのかは、まだ答えが出ていない。顔色のことも、まだ答えが出ていない。自分自身の内側については、論理の外から答えが来るのを待つしか方法がないことがある。今日はそういう日だということを、ひとまず受け取った。
手帳を閉じた。
翌日、クレールとルシアンを呼ぶ。




