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スミレ色の鑑定眼  作者: 猫じゃらし
第二章 灰の証言
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第21話 灰色の断罪

 クレールが先に来ていた。


 ミラヴェルが応接間に入ったとき、クレールはソファの端に座って膝の上で手を合わせていた。初めて来たときの濃い藍色の装いではなく、今日は少し落ち着いた灰色がかった服だ。手が動いていなかった。何かを待っている人間の静止の仕方だ。ミラヴェルを見て、一度だけ小さく頷いた。


 ミラヴェルは向かいの椅子に腰を下ろした。扇は持ったまま、膝の上に置いた。


 しばらく待った。


 廊下の方で足音がして、扉が開いた。ルシアンが入ってきた。部屋の中を一度見渡してから、ソファのクレールの隣に座った。母と息子が並んだ。ルシアンの方が背が高い。しかし今日のルシアンは、隣のクレールよりも小さく見えた。


 ミラヴェルは机の上に、折りたたんだ紙を置いた。


 広げなかった。ただ置いた。



「これが何かご存知ですか?」


 ルシアンの目が、紙を見た。


 顔が変わった。額に何かが走って、それからすぐに表情を整えようとした。整えようとする動きが、整える前の顔よりも長く続いた。整え終わらなかった。


 クレールがルシアンを見た。何かを読もうとした目だ。


 間があった。


「ご存知ないなら、これは記録院に提出します。アンセルム・ノワレ氏にお願いすれば、適切な書庫に保管していただけるでしょう。ご存知であれば……あなたが今後どう生きるかは、あなた自身がお決めになることです」


 ルシアンは何も言わなかった。


 手が、膝の上で握られていた。拳になっていた。その拳が、微かに震えていた。震えているのを止めようとしているのか、止めることをやめたのかは、わからなかった。ミラヴェルはそれを見ていた。見ながら、何も加えなかった。加える言葉がないのではなく、加えるべき言葉がないと判断していた。


 怒っていなかった。


 それだけは確かだ。この人間が書類を処分したことは事実で、死の前から誰かと繋がって動いていたことも事実で、それによってクレールが三週間「呪い」という言葉の中で過ごすことになったことも事実だ。事実が並んでいる。それでも怒りは湧かなかった。理由は、今この場で考えることではない。


 ルシアンがゆっくりと立ち上がった。


 クレールを見なかった。ミラヴェルも見なかった。扉の方へ歩いた。扉を開けて、振り向かずに出ていった。


 廊下の足音が遠ざかった。


 応接間が静かになった。クレールがまだソファに座っていた。


 ルシアンが出ていった扉の方向を、クレールは見なかった。下を向いたまま、手が膝の上で静止していた。何かを堪えているのか、ただ待っているのか、その区別は今の距離からはつかなかった。


 部屋の中に、折りたたまれた紙と、二人の人間の静止だけがあった。


 ミラヴェルは机の上の紙を手に取った。立ち上がった。クレールの方へ向き直った。


 クレールがミラヴェルを見た。何かを訊こうとした目だった。訊くことが多すぎて、どこから始めればいいかわからない目だった。


「奥様のご主人は、呪いでは死んでいません。ただ……怯えていたことは本当でしょう。それはご主人が正直な方だったということです。どうかそのように、覚えていてあげてください。」


 クレールは何も言わなかった。


 下を向いた。膝の上に置いた手が、一度だけ動いた。それだけだった。


 どのくらいの時間があったかは、正確に測っていなかった。


 やがてクレールが立ち上がった。頭を下げた。深かった。時間をかけた礼だった。それから顔を上げないまま、扉の方へ歩いた。扉が開いて、閉まった。


 足音も消えた。



 一人になった。


 窓から光が入っていた。三月の午前の光で、角度が低い。机の上に白い四角を作っていた。その中に小さな埃が浮いて、ゆっくりと動いていた。


 紙の切れ端を手の中で持ったまま、少しの間、部屋の中にいた。


 呪いではなかった。怯えていたことは本当だった。書斎に鍵をかけたことも本当だった。紙を引き出しの底に貼り付けて隠したことも本当だった。それだけのことが、クレールに届いた。


 残高を改竄した者の名前はまだ手元にない。間接的な殺害の全体像は、今の証拠では完成しない。しかし今できることはした。できなかったことは、今の証拠の範囲の外にあった。


 それで十分かどうかは、今の自分には判断できない。


 判断できないという事実を、確認した。


 手の中の紙の切れ端に、少しだけ目を落とした。


 マルタン男爵がこれを引き出しの底に貼り付けたのは、誰かに届けるためではなかったかもしれない。ただ、消えない場所に置きたかっただけかもしれない。怯えていた。書斎に鍵をかけた。


 それでも、何かを残した。その動機の正確なところは届かない。しかし今日、ここに届いた。届いた事実は、変わらない。


 クレールが頭を下げた礼のことを、まだ考えていた。顔を上げないまま出ていった後ろ姿が、部屋の中にまだある気がした。あの礼が何だったのかは見えなかった。感謝なのか、全部を受け取ったという合図なのか、あるいはその両方でもないのか。しかしその礼が届いた場所は、事実を並べる場所とは別のどこかだった。


 答えの出ない問いを端に置く方法は、少しずつ習慣になりつつある。それが良いことかどうかも、まだわからない。


 立ち上がった。


 次は、アンセルムへ預けに行く。

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