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スミレ色の鑑定眼  作者: 猫じゃらし
第二章 灰の証言
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第16話 鍵の在処

「奥様。書斎の鍵は、今どこにありますか」


 声を落として言った。廊下へ向かった父の足音はまだ遠かった。


 クレールが振り向いた。ミラヴェルは立ち上がらずに、椅子のまま向き直った。質問の意図を測るような間があった。クレールの目が細くなった。怪しんでいるのではない。何を言おうとしているかを考えようとしている目だ。


 ミラヴェルは何も加えなかった。説明は後でいい。


「ルシアンが持っています。息子が」


「書斎を最初に開けたのは、ルシアン様ですか?」


「……はい。私より先に」


 ミラヴェルは扇を膝の上で静かに持ち直した。夫が死んで、妻より先に息子が書斎の鍵を開けた。鍵を持っていた。あるいは、見つけることができた。


 どちらにせよ、書斎の中を最初に見た人間がいる。何があったかを最初に知った人間がいる。


「そうですか」


 それだけ言った。


「奥様。後日、鑑定のご相談として、お屋敷に伺わせていただいてもよろしいでしょうか。正式な形で」


 クレールの表情が変わった。「鑑定、というのは?」


「ご主人の書斎を確認したいと思っています。ただし、ご家族のどなたかのご同席が必要になります」


 クレールが少し考えた。何を確認したいのかという問いが表情に出たが、声には出さなかった。信頼から答えを出したわけではない、という顔だった。今のところ他に頼れる場所がない、という判断の顔だ。


「……わかりました」


 クレールが頷いた。


 廊下の足音が近くなっていた。時間がなかった。ミラヴェルは立ち上がって、クレールに向けて短く礼をした。


 クレールが立ち上がった。帰る準備をしながら、一度だけミラヴェルを見た。何かを言いかけて、言わなかった。


 ちょうど扉が開いて、父が入ってきた。父がクレールを見送るために一歩引いた。その間に、ミラヴェルは元の椅子に戻った。


 使用人がクレールを玄関まで案内する声が、廊下を遠ざかっていった。



 父が応接間に入ってきた。


 扉を閉め、立ったまま部屋の中を見渡した。そうするとき、父はいつもまず部屋の壁際から目線を始めて最後に人物に落とす。見えているものを先に確認してから、人間を見る。政治家の習慣だろう。


「何か分かったか?」


「少し調べてみます」


「調べるというのは、どういう意味だ?」


「記録を確認したいことがあります」


「……記録、か」


 父が窓の方に歩いた。座らなかった。庭を一度見た。三月の庭はまだ何も咲いておらず、枯れた茎が土から出ているだけだった。その庭を少し見て、それからミラヴェルの方を向いた。


「ミラヴェル。これは政治的に難しい。お前が首を突っ込む……」


 そこで父が止まった。


 ミラヴェルは椅子から動かなかった。父の横顔を見ていた。「首を突っ込む」の先に続くはずだった言葉が、出てこなかった。出てこないまま、部屋が静かになった。窓の外の枯れ茎が風で小さく揺れた。


 父がゆっくりとミラヴェルの方を向いた。娘の顔を見た。


 何かを測っているのか、何かを諦めているのか? 今日の父の目はどちらか読めなかった。笑っているわけでもない。困っているわけでもない。ただ、何かを言いかけてやめた人間の顔だった。


「……まあ、女の勘というものは侮れないものだな」


 ミラヴェルは何も言わなかった。


「女の勘」という言葉が浮いたまま部屋の中にある気がした。否定するための言葉なら出てくる。しかし今、否定を返すのは違う。肯定も違う。適切な返しが手元にないとき、ミラヴェルは答えない。それが今夜だった。


 父が先に部屋を出た。扉が静かに閉まった。


 ミラヴェルはしばらく、扉の閉まった方を見ていた。父が何を言いかけて止まったのか? 止まった後の間に何があったのか? 今夜の父からはまだ読めなかった。わかることと、まだわからないことがある。わからない方は今夜は置いておく。



 夜、自室の机の前に座った。


 昼間の手帳を開いて、「クレール:後日の訪問・承諾」「鍵:ルシアンが所持」という二行を書き加えた。書き終えて、羽ペンを取り出した。別の紙を引いた。


「アンセルム・ノワレ殿」と書いた。一行書いたところで、止まった。


 一月の依頼は書簡で出した。「グロワール家の宝石に関する文書の確認」という内容で、返答も書簡で来た。その方法は問題なかった。しかし今回は違う。「マルタン男爵が担当していた帳簿の記録を確認したい」という内容を書簡に書くと、その書簡自体が証拠の一つになる。記録として残る。今の段階で何を記録に残すかは選ばなければならない。


 書き方を選んでいる時間があるなら、直接行った方が速い。


 それだけのことだ。


 書きかけた紙を引き出しに入れた。羽ペンを置いた。


 手帳の二行を見た。ルシアンが鍵を持っている。書斎を最初に開けた。書斎の中に何があったかを知っている。その事実は変わらない。記録院で帳簿の範囲を確認した後、この事実と照合する。順番を違えない方がいい。


 明日、記録院へ行く。直接。

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