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「昼食をお持ちしました」
執事の声に、もうそんな時間かと机から顔を上げた。
特に食事へのこだわりはないが、食べなければ執務に支障が出る。
だから面倒ではあるものの、食事はできる限り取るようにしていた。
朝夜は家族と共に食事をするが、昼だけはこうして執務の合間に食べるのがほとんどだ。
「こちらが本日の昼食になります」
いつもと何ら変わらない食事が目の前に並ぶ。
「⋯⋯ん?」
しかしその中で一つ、いつもと違うものがあった。
見た目の彩りは変わらないが、何かキラキラしたものがかけられている。
「なんだ?」
ここに出てくるのだから、毒ではないことはたしかだ。
しかし見慣れぬこのキラキラ。これは一体何なのだろうか。
皿を持ち上げ回してみる。どうやらサラダ全体に満遍なくかかっているようだ。
「これは一体⋯⋯ん?」
不意に爽やかな香りを感じた。
「なんだ、この香りは」
窓か扉でも開いているのかと思い部屋見回すが、どちらもしっかりと閉じられている。
では一体どこからこの香りがするのかと探してみると、なんと今自分が手に持っている皿からするではないか。
これだ。このキラキラしたやつだ。
未知なるものからいい香りがする。しかも不思議なことに、なんだかこの香りは腹が減ったように感じる。
――ゴクリ
私はフォークを手にし、恐る恐る目の前の皿へと手を伸ばす。
そして意を決し、口の中に一口⋯⋯
「う、うまい⋯⋯!」
なんだこれは。
爽やかな衝撃が口や鼻、そして頭を駆け抜けていく。
それにいつもは緑の味しかしないサラダがおいしい。
このトロリとした爽やかな味と、野菜の苦味がよく合っている。
もっと食べたい。
初めて抱く感情に戸惑いながらも、気づけ皿の上からサラダが消えていた。
「⋯⋯料理長を呼べ」
「まだお食事が残って⋯⋯」
「いいから呼ぶんだ」
「は、はい!」
給仕のメイドが急ぎ部屋から出ていく。
そして料理長が来るまでの間、私はずっと空になった皿を眺めていた。
一体これは何なのか。料理長に問い詰めなければ。
しかしその後すぐにやってきた料理長から出てきたのは、
『お嬢様から口止めをされている』
その一言だけ。
何度問いただしてもそれ以外言わない。しまいには泣き出してしまう始末。
(アンゼリカか⋯⋯)
料理長を退室させたあと一人になった私は、つい先ほど不思議なことを言い出した娘を思い出した。
娘は高熱で寝込んだあとから、少し様子がおかしい。
もとから食は細かったが、さらに食べなくなり心配していたところに、先ほどの出来事だ。
想い続けていた王太子殿下との婚約などつまらないと吐き捨て、学園の食堂を買い取ってほしいという言う娘。
そしてこの謎のキラキラに娘が関わっているという。
「一体どうなっているんだ⋯⋯」
しかしこのつぶやきに返ってくる答えはない。
ただこの日を境に、食事に様々な変化が現れるようになる。
それはサラダに始まり、スープにパン、そしてメインまで。
日に一品ずつ、衝撃的な料理が出されるようになったのだ。
けれどそれはどうしてだか昼食のみ。
朝と夜はこれまでと変わらぬ食事なのに、昼食のみ変わっていくこの状況。
この変化が現れてから、朝と夜の食事の進みが遅くなり妻に指摘されてしまった。
この時はなんとかうまく乗り切ったが、これ以上この状況が続くのはまずい。
「アンゼリカ。私に何か言うことがあるんじゃないか?」
ここ最近は昼食の度に毎度料理長を呼び出していたが、何度問いただしても返ってくる答えは同じ。
娘が何かを企んでいるのは理解している。
だが父として公爵としてのプライドから、これまで娘に直接問いただすことができなかった。けれどこれ以上は我慢ならない。
だから娘を呼び出して問いただしたのに⋯⋯
「え? お願いを聞いてくれないお父様に、言うことなんて何もありませんけど」
平然と、何食わぬ顔で言う娘。
「は?」
そんな娘の予想外の答えに、間抜けな声を出してしまった私。
「用件はそれだけですか?」
「え? あ、いや⋯⋯」
「じゃあお願いを聞いてくれる気になったらまた呼んでください。あ、でもそう長くは待てないので、そうですねぇ⋯⋯。明日の昼食からは、これまでの食事に戻すようにと料理長に伝えて⋯⋯」
これまでの食事に戻す?
ただでさえ一秒でも早く昼食を食べたいという思いをなんとか我慢しているというのに、それがなくなるだと?
⋯⋯ダメだ。それは耐えられない。
「⋯⋯分かった。お願いを聞こう」
「わぁ! ありがとうございます、お父様!」
結局私は娘の策略にまんまとハマり、学園の食堂を買い取った。
そのためにこれまで使いどきを見計らっていた大切な切り札を使う羽目になってしまったが、後悔はしていない。
そうして食堂を買い取ったと娘に報告した翌日から、公爵家の食事は恐ろしいほどの変化を遂げていくのであった。




