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『花より団子』
前世の私が、友人によく言われていた言葉だ。自分でもまさにそのとおりだと思う。
恋に興味がないわけではなかったのだが、恋よりもおいしいご飯の方が、人生において重要度が高かった。
おいしいご飯を食べるのが好きだったせいもあり、料理は割と好きだったし、腕もそこそこだったと自負している。
まぁ結婚はだいぶ遅くなってしまったけれど。
それでも『おいしいね』と言って、食卓を笑顔で囲める夫と出会えたの幸運だったと思う。
⋯⋯なんて、前世を思い出して少し感傷的になってしまったが、今の私が生きているのは間違いなく『恋レシ』の世界。
屋敷内の改革はすぐにできるはず。だからまだおいしいご飯を諦めてはいけない。
ただ貴族令嬢が厨房に立つのはダメだと、父や母には言われそうではある。
まぁそんなことは知ったこっちゃないが。
「屋敷の中はそれでいいわ。でも一年後には、学園に入学するのよね⋯⋯」
私は再び頭を抱えた。
たとえ屋敷の中の改革ができたとしても、今から一年後には、ゲームの舞台となる学園に入学しなければならない。
そこで発生するのがランチ問題だ。
朝と夜は家でおいしいご飯を食べられたとしても、昼がまずかったら、それはトータルして最悪な一日になる。
そんなことはあってはならない。
「学園でもおいしいご飯を食べる方法⋯⋯」
私は考えに考えた。
この問題が発生するのは一年後。だからまだ時間はある、なんて思ったら大間違いだ。
この世界に魔法はない。今から土台作りを始めなければ、いざという時に間に合わなかったなんて事態になりかねない。
幸いローズウッド公爵家には権力もお金もある。
それならば、前世の私ではできないような方法だってできるはずだ。
「⋯⋯うん、これだ。これならいける!」
そしてランチ問題を解決するべく、思いついたある方法。
善は急げ、思い立ったが吉日。
私は部屋から飛び出し、走り出した。
「お嬢様!?」
すれ違う使用人たちが驚いている。
そりゃそうだ。貴族の令嬢は走らないのが常識。
けれど今はそんな常識なんかより、大切なものがある。
え?私が今から何かしちゃうとストーリーが狂うって?
そんなの私の知ったこっちゃない。
ヒロインと攻略対象たちが結ばれないかも?
一刻も早くおいしいご飯を食べる。申し訳ないが、そのために必要な犠牲です。
(だって生きるのに必要なのは、愛よりご飯だもの!)
――バンッ!
「お父様!」
「うおっ! ⋯⋯なんだアンゼリカか。驚かさないでくれ」
「それは失礼しました!」
「あ、ああ。⋯⋯いや、そもそもノックも無しに扉を開けるのは淑女としてだな」
もちろんそれは分かっている。ただ今は急いでいたから忘れてしまっただけ。しかしそう言い訳する時間すらも惜しい。
それに何やらお説教が始まりそうな気配だ。それはいけない。
「お父様!」
ずい、と父の前へと進み出る。
「っ、な、なんだ?」
父はこれまでにない娘の様子に戸惑っている様子。
なんせ今までのアンゼリカとはだいぶ性格が違うからね。
まぁ少しずつ慣れてもらうしかない。
「お願いがあります!」
「お願い? ⋯⋯ああ、王太子殿下との婚約のことか。えっと、アンゼリカ。何度も言うがそれはもう少ししてからでも⋯⋯」
「いいえ! そんなつまらない話ではありません!」
「え⋯⋯? 今、王太子殿下との婚約をつまらないって言った? 殿下にゾッコンの娘が!?」
父が何やらうるさいが、今はそんな腹の膨れない話なんてどうでもいい。
たしかに前世の記憶を思い出す前のアンゼリカは、王太子殿下にゾッコンで、どうにかして彼の婚約者になりたいと父にねだっていた。
結果として学園入学と同時に婚約が結ばれることになるのだが、今の私は別に王太子なんてどうでもいい。
なんてったって私の好みは『おいしい』と言って楽しく幸せそうにご飯を食べる人。
いくら見た目がよくても、無愛想かつ、私を断罪する可能性のある男なんて御免なのである。
「それはもう過去の話です。 なのでキレイさっぱり忘れてください!」
「えぇ⋯⋯?」
「今はそんなつまらないことより、こっちの方が重要です!」
「⋯⋯一体、そのお願いとはなんなんだ?」
まだ戸惑いはうかがえるものの、さすが公爵様だ。
話が早くて助かる。
「はい。お願いというのは――」




