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「お嬢様。お手紙が届いております」
「ありがとう。悪いけどそこに置いておいてもらえるかしら」
私は手を動かしたまま、執事に机の端にあるトレーに手紙を置くように指示をする。
「かしこまりました」
執事は言われたとおり手紙をおくと、一礼して静かに部屋を出ていった。
「ふぅ⋯⋯」
私はキリのいいところで手を止め、顔を上げた。
学食の運営を始めてからは毎日が忙しい。なぜなら学食の所有者はローズウッド公爵家だが、実際の責任者は私だから。
学食で腕を振るうのは当然のこと。
仕入れに売上計算に給料の支払いなど。学食に関する業務はすべて私が担っていた。
そして新メニューの開発やなんやらも、公爵家の料理長と日夜励んでいる。
⋯⋯とまぁ、前世のブラック企業のような状況ではあるものの、好きでやっていることなので苦ではない。
でもさすがに最近の私は自分でも働きすぎだとは思うので、そろそろ学食の厨房に立つ回数を減らさなければと考えているところではある。ただ、
「そうすると、ユリウス先生に会えなくなるのよねぇ⋯⋯」
冷たくなった紅茶を一口飲み、ほぅ、と息を吐いた。
推しであるユリウス先生のおいしそうにご飯を食べる顔。あれが見られなくなるのは嫌だ。
しかし私は学園の生徒ではないので、学食に行かないとユリウス先生に会えない。
「一日が三〇時間くらいあればいいのに⋯⋯」
そんな不可能な望みを口にしてしまうほどには忙しい。
だからいい加減踏ん切りをつけなければならないのだが、なかなかその一歩が踏み出せずにいた。
「⋯⋯とりあえず手紙でも見てみますか」
目の前の問題はひとまず保留にして、先ほど執事が持ってきた手紙に手を伸ばす。
学食の運営が公爵家に変わった途端、私宛の手紙が激増した。
そのほとんどがお茶会や夜会の招待状、縁談の申し込みばかりではあるが。
それだけみなおいしいご飯が気になって仕方ないのだろう。
なんせ今のところ、私が考案した料理を食べられるのはローズウッド公爵家か学食だけ。
でもその辺りの手紙は、すべてお父様とお母様の方で処理をしてくれているので、私の手元に届くことはない。
だからこうしてここに来るのは、真に私に宛てた手紙だけなのである。
「えーっと、これは誰から⋯⋯って、え! ユ、ユリウス先生!?」
届けられた一通の手紙。その差出人を確認すると、そこにはユリウス先生の名前が。
私は急いでペーパーナイフを取り出すと、慎重に封を開けた。
そして震える手で手紙を読んでみると、なんとそこに記されていたのはお茶へのお誘いだった。
「ふぇ⋯⋯。ほ、本当だったんだ⋯⋯」
たしかに以前学食で会ったときに、今度お茶に誘うと言われはした。
けれどそれはあくまで社交辞令であり、まさか本当に誘われるとは思ってもいなかったのだ。
「えっと⋯⋯『あなたに会える日を楽しみにしております』⋯⋯って、私も楽しみすぎるんですけど!」
それにしても字まで美しいなんて、ユリウス先生はどれだけハイスペックなのか。
『恋レシ』ではただのお助けキャラだったが、メインヒーローだっていけるのではと思ってしまうのは、彼が私の推しだからだろうか。
まぁ実際メインヒーローになるには、容姿と能力の他に家柄が重要になってくるんだけど。
「こうしちゃいられないわ。すぐに返事を書かないと」
さっそく返事を書こうと、机の上を軽く片付け、引き出しからお気に入りの便箋を取り出した。
「まずは名前を書かないとね。うーん『ユリウス先生』じゃ、さすがにダメよね⋯⋯って」
しかしここで私は恐ろしい事実に気がついてしまった。
「私、ユリウス先生の名前知らないじゃん⋯⋯」
『恋レシ』の世界観を壊したくないなんていうだいぶ今さらな理由で、推しを調べなかったことがここで仇となってしまった。
親しい仲であれば『ユリウス様』と書いても問題ないだろう。
けれど私とユリウス先生の関係は、学食の責任者と学園の教師というところがせいぜいだ。
だからこの場合、家名までしっかりと書くのがマナーなのだけど⋯⋯
「⋯⋯そうだ。もらった手紙に名前が書いてあるはずよね!」
私はすぐさま確認をしようと、手紙を手に取った。
「危ない、危ない。さすがに名前くらいは調べておくべきだったな。えっと名前は『ユリウス・フォン・バートライト』⋯⋯へ?」
聞き覚えのある名前に、私の思考は停止した。
『バートライト』
攻略対象の一人である王太子と同じ名前。
それに今の私が住んでいる国の名もまた同じ。
その二つの事実から導き出される答えは、ただ一つ。
私は思わず頭を抱えた。
「⋯⋯な、なんでこんな大物が、お助けキャラなんてやってるのよーー!」




