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「はぁ⋯⋯」
まぁこのやり取りも、もう慣れたものではある。
いや、慣れたくはないよ?
けれど悲しきかな、人は慣れてしまう生き物で。
実はこの状況は昨日今日の話ではなく、入学式の翌日からだったりする。
どうやらみんな、私が作った料理に胃袋を掴まれてしまったらしい。
さすが『恋レシ』の攻略対象というべきか、ただ単にチョロいというべきか。
『恋レシ』ユーザーとしては、普通喜ぶ状況なんだろうけど、できることならば私は遠慮したい。
ただこの状況は攻略対象に限った話ではない。
今やこの学食は、この国で一番熱いスポット。
ここだけでしか食べられない料理や甘味に、みなが夢中になっている。
そしてそれらを作る私となんとか繋がりを持ちたいと、みな必死なのだ。
「よし! 静かになったことだし、急いで最後の仕上げをしないと」
それでもこの状況が続くのはあと少しだけと私は考えている。
なぜなら、まもなく調理法やレシピを公開する予定だからだ。
本来はもっと前に公開する予定だったのだが、想像していたよりも料理に対する反響が大きく、一気に情報を公開したら様々な場所で混乱を招くと判断したのだ。
どんな順番でどんな情報を公開すれば、混乱を防ぐ、ないし最小限に抑えられるか。
検討に検討を重ねていたため、予定していたよりも遅くなってしまったのである。
しかし今後公開した情報が広がり、国全体で食の質が上がれば、自ずと彼らの興味も薄らいでいくことだろう。
「⋯⋯ふぅ。何とか間に合ったわね」
今日は週末なので、AランチとBランチ以外に週末限定のスペシャルランチを用意している。
おそらく即完売間違いなし。
そんなことを考えているうちに、学食の扉が開く時間となった。
「やぁ、ローズウッド嬢。今日のオススメは何かな?」
そして一番乗りでやってきた一人の男性が、私に話しかけてきた。
「ユリウス先生、こんにちは。今日は週末限定のスペシャルランチがオススメですよ」
AランチとBランチに比べお値段は張るが、その味は格別。だから私は迷わずスペシャルランチをおすすめした。
「いいね。じゃあそれをお願いしようかな」
「はい。それではご用意しますので少しお待ちくださいね」
注文を受けてすぐに作業に取り掛かった。
皿を用意し料理を乗せ、美しく盛り付ける。
きっと傍から見ればテキパキと用意をしているように見えるのだろう。しかし心の中では、一人盛り上がっていた。
(はぁ~⋯⋯生ユリウスを目の前で拝めるなんて、最高すぎでしょ)
今目の前で、ワクワクしながら料理が出てくるのを待っている彼⋯⋯。そう、彼が私の推しだ。
名をユリウス先生と言って、『恋レシ』のお助けキャラである。
『恋レシ』でその日の行動を選ぶ際、行き先に厨房を選択すると会うことができるのが、お助けキャラであるユリウス先生。
料理の試作や練習に付き合ってくれたり、困った時にヒントを教えてくれたりする、頼もしい存在である。そんな彼は一緒に作った料理が上手にできると『おいしい』と言って笑ってくれるのだが、その顔がまぁ私のドストライクで。一撃で心を撃ち抜かれてしまったのである。
ああ、なんて幸せそうな顔をするのかと。
その笑顔にやられた私は、もしかしたら隠しルートでユリウスルートもあるのではと、必死に探してはみたが、知識が増えるだけで、結局隠しルートを見つけることはできなかった。
あれだけ探して見つからなかったのだ。きっとユリウスルートは存在しなかったのだろう。
しかし今、こうして生ユリウスと会えただけで、胸がいっぱいなのである。
ユリウス先生はいつも食堂が開くと同時にやってきては、おいしそうに食事を食べていく。その時間がたまらなく幸せである。
ちなみに食堂が開く時間はまだ授業中であるため、この幸せな時間を、静かに心ゆくまで噛み締めることができるのだ。
「お待たせしました」
「わぁ。今日のもすごくおいしそうですね」
「ええ、おいしいですよ。それではごゆっくり」
「どうもありがとう」
料理を持って席に向かうユリウス先生の背中を見つめる。
推しは後ろ姿までかっこいい。
しかしふと、頭に一つの疑問が浮かんだ。
(⋯⋯ユリウス先生って何の先生なんだろう?)
実を言うと、私はユリウス先生のことを『恋レシ』のお助けキャラで、笑顔が素敵であることくらいしか知らない。
私は貴族の頂点である公爵家の令嬢だ。
ユリウス先生が何者なのか調べようと思えばいつでも調べられる。
けれどそれをしないのは『恋レシ』の世界観を大切にしたいから。
⋯⋯え? シナリオをガン無視した奴が何を言ってるのかって?
それはそれ、これはこれ、だ。
食事事情の改革は私にとって死活問題だったのだから、仕方ない。
ヒロインだって、きっとすぐにでもおいしいご飯が食べられた方が幸せだと思う。だから問題なし!
⋯⋯っと話が逸れたが、ユリウス先生の素性は不明。
でもそれでいい。この穏やかで優しい時間が続くのであれば、ユリウス先生が何者かなんて些末事。
あんなにおいしそうに幸せそうに、私が作ったご飯を食べている。それだけで十分じゃないか。
おいしい料理を作り、推しを幸せにする。
それが今の私の生きる原動力だ。
「ごちそう様でした。すごくおいしかったよ」
「お口に合ってよかったです」
今日の幸せタイムももう終わり。
名残惜しいがこのあとは、授業終わりの生徒たちがなだれ込んでくる時間だ。
だからここでもう一度気合いを入れ直して――
「ねぇローズウッド嬢」
「どうかされましたか?」
「もしよければさ、今度私とお茶でもどうかな?」
「えっ?」
今、私は何を言われたの?
ユリウス先生にお茶に誘われて――
「無理にとは言わないけどさ、」
ユリウス先生が一歩近づく。そして、
「もっと君のことを知りたいんだ」
そっと、耳元で囁いた。
「〜〜っ!」
⋯⋯な、何これ! 心臓バクバク、頭がクラクラするんですが!?
う、運営さん! お助けキャラって、こんなに色気がすごくていいんですか!?
「ダメかな?」
「ぐふっ⋯⋯! ダ、ダメじゃ、ないです⋯⋯」
ダメかダメじゃないかと問われれば、ダメじゃないに決まっている。
だけど動揺しすぎたせいか、変な声が出てしまった。恥ずかしい。
「よかった! それじゃあ今度招待状を送るね」
「え⋯⋯あっ、はい」
「このあとの仕事も頑張れそうだ。それじゃあローズウッド嬢、またね」
「あ、はい。また⋯⋯」
手を振り、笑顔で颯爽と去っていくユリウス先生。
(今、何が起きたの⋯⋯?)
これは現実なのか、それとも己の願望が見せた幻なのか。分からない。
ただその姿が見えなくるまで、私は呆然と立ち尽くすことしかできなかった。




