第83話 僕は道場破りではありません!
レベル上限に到達し、屋敷を旅立ったルッタが転移した先は、大陸の東にある帝国――ユウレンである。
ユウレンは技術力の高い中華風の国であり、大陸北部に存在する魔導大国ノルヴァインと飛空艇の開発競争を行っていたが、星災禍による魔王の復活後は大混乱に陥っているという設定だ。
従って、現在の時間軸では平和そのものと言って良いだろう。
ユウレンの国土には山岳地帯が多く、人里から離れた地には不思議な力を持つ仙人たちが隠れ住んでいる。彼らに師事することで、様々なスキルを習得することができるのだ。
基本的には他の国のストーリー攻略に行き詰まった際に訪れることを推奨されており、探索を行うことでパーティメンバーの大幅な強化が見込めるのである。
今回、レベル100に到達したルッタがこの地を訪れた理由は、とあるアイテムを入手するためだ。
そのアイテムの名前は『霧玄水』と言って、使用することで今まで獲得した経験値と同じ量の経験値を一気に獲得できるという、バランス調整を放棄したとしか思えない代物である。
しかしその代わり入手できる数はかなり制限されており、一人につき一回しか効果を発揮しない。使うタイミングが重要となってくるアイテムなのだ。
そしてこの通称ムゲン水には、とある裏技が存在している。
それは、レベル100で使用すると上限を突破し、無限にレベルアップし続けることができるというものだ。
何故このようなバグが存在しているのかは不明だが、一説によると当初考えられたシステムの名残りらしい。
アルティマ・ファンタジアでは当初、レベル100を越えて強くなり続けることができるシステムだったが、様々な都合でボツとなり、その際にレベル上限を突破できるムゲン水の効果を変更し忘れた――というのが一部のプレイヤーの間で実しやかに囁かれていた噂である。
また、別の説では今後のDLCでユウレンの新規シナリオが追加され、その際にレベル上限が撤廃されるのでバグだったが放置されたというものもある。ユウレン編はメインストーリーと呼べるものが存在しなかった為にこのような噂が流れたのだろう。
少なくとも、ルッタの前世が生きていた間にアップデートでこのバグが消されることはなかった。それだけが唯一の真実である。
自分が死ぬ負けイベントの攻略を目指しているルッタとしては、更に強くなる可能性を秘めているバグアイテムを利用しない手はない。
「到着しました!」
ユウレンの南部――ハクラン山の麓にある祠の前へと転移してきたルッタは、堂々と宣言する。
「確かこの山の頂上にある寂れた道場の中に、一番簡単に手に入るムゲン水があったはずです!」
かくして、彼は元気よく山を駆け上り、頂上付近にひっそりと佇んでいる無人の拳法道場へと向かうのだった。
*
「ありました! ここですね!」
数十分後、恐るべき早さで目的地に到着したルッタは、真元流と書かれた入り口の看板を眺めながら言った。
「なんだか思っていたより寂れていません!」
今は本編で訪れることができる時間よりも前であるため、道場の様子が少し違っているようだ。
「とにかく中に――」
手早く用事を済ませるために扉を開けようとしたその時。
「オマエ、道場破りカ?!」
突如として背後から声がして、背中をポンと叩かれる。
「はい……?」
ルッタが振り返ると、そこには一人の少女が立っていた。
長い黒髪を団子状の二つ結びにし、赤いチャイナドレスを身にまとった可愛らしい少女である。
「道場破りならシャオメイが相手するネ!」
そう言って拳を突き出し、構えをとる少女。
「おや、美しき武闘家シャオメイではありませんか。一体なぜこんなところに?」
その姿を見たルッタは、驚いた様子で問いかけた。
――美しき武闘家シャオメイとは、原作においてユウレンで仲間にすることができるキャラクターの一人である。
とある拳法を修めていて、武術大会に出場しては優勝し、賞金を稼いで気ままに暮らしているという設定だ。
ストーリー上でメインとなるキャラではないため、彼女の生い立ちが深く語られることはない。
しかしキャラデザに関しては通り名に劣らないくらい可愛らしく、見た目でパーティに採用するプレイヤーも多い人気キャラだ。
性能としては素早さと攻撃力が高く、代わりにあり得ないほど打たれ弱いため、上級者向けである。
「う、美しき……武闘家……?」
そんなシャオメイは、今しがたルッタから言われた言葉を頭の中で何度も繰り返していた。
「し、シャオメイが……?」
「違うのですか?」
ルッタの問いかけに対し、シャオメイは目をつぶってブンブンと首を振る。
「そ、そんなこと言われても惑わされないネっ!」
そして、顔を赤くしながら宣言した。
「女が女に言う美しいは嘘ヨっ! お前、自分の方が綺麗と思ってシャオメイのこと見下してるネっ!」
「僕は男です!」
「はぁっ?!」
予想外の反撃を食らい、戦う前からよろめくシャオメイ。
「……男? お前がカ?」
「そうです!」
その瞬間、ただでさえ赤かったシャオメイの顔がさらに真っ赤になる。
「う、美しいだなんてそんなっ……あ、会ったばかりでいきなり言われても……嬉しくないネっ!」
「そんなこと言いましたか?」
「お前っ……男が女にそれ言う意味……分かってるカっ?! 口説いてるってことヨっ!」
「違いますが……」
ルッタの声はもはや彼女には届いていないようだ。
「ふ、えへっ……お前……危ないやつネ……っ! シャオメイ、絶対に惑わされないヨ……っ! ふへへ……!」
そう話すシャオメイの表情は緩み切っていた。完全に惑わされている様子である。
「これは一体何のイベントですか?」
一方、ルッタは勝手に戦意を喪失したシャオメイに困惑していた。
――その時、道場の扉がゆっくりと開く。
「おや、外が騒がしいから出てきてみれば……客人のようじゃな」
そして、中から一人の老人が姿を現すのだった。
(僕はムゲン水が欲しいだけなのに……)
果たして、謎のイベントに遭遇してしまったルッタは無事にお目当てのアイテムを入手することができるのだろうか。




