第72話 グランが餌食に……!
気づくと、グランは大浴場の湯船にたった一人で浸かっていた。
「うあ……?」
辺りには濃い湯気が立ち込めていて、あまり遠くまで見渡せない。この場所がどこだか全く思い出せなかった。
「おや、先に入っていたのですね!」
何が起きたのか分からずぼんやりしていると、腰にタオルを巻いたルッタが正面から歩いてくる。
そして、そのまま湯船の中へ入ってきた。
「ふぅ……なかなか良い湯です!」
ルッタは笑顔でそう言いながら、グランのすぐそばまで近づいてきて腰を下ろす。
白い肌に、ほっそりとした体つき。近くで見れば見るほど少女のようで、グランの頭は混乱する。
「お、お前さ……本当に……おとこ――」
「はい? 何でしょうか?」
「……何でもないっ!」
急に気恥ずかしくなったグランは、真っ赤になった顔を反対側へ逸らした。
「あ、グランだ!」
「…………っ!」
すると今度は、ベルがやって来て湯船の中へ入る。
そして、グランの隣まで近づいてきた。
「気持ちいいね!」
短めの髪型のせいか、彼女には少年のような雰囲気がある。しかし、よく見ると胸の辺りは微かに膨らんでいた。
「あ……っ!」
グランの頭はさらに混乱する。
「ねえ、ボクのこと……あんまりじろじろ見ないでよ!」
「わ、悪いっ!」
すると頬を赤くしたベルから怒られてしまい、彼は慌てて顔を背けた。
「グラン・デラ・ヴァレット!」
その時、イーリス王女の威厳のある声が響く。
グランの正面に、いつの間にか王女が立ちはだかっていたのだ。
「……野蛮だわ」
おまけに、その隣にはリリアの姿もあった。もちろん彼女らも生まれたままの姿である。
「わああああっ?!」
全て丸見えの王女と令嬢を前に、悲鳴を上げるグラン。
「会ったばかりの女の子を丸裸にするだけでは飽き足らず、ルッタにまでいやらしい目を向けるだなんて……許せませんわ!」
「あなた……ヘンタイだったのね。薄々勘付いてはいたけれど……」
イーリスとリリアは、彼のことを鋭い目で睨みつける。
「違うっ! 俺はそんなこと――」
「言い訳は無用ですわっ! 二人とも、早く逃げてくださいましっ!」
イーリスがそう言うと、ベルとルッタは立ち上がり、グランの側を離れた。
「グランはそういうキャラだったのですね! ……しかし、グランと僕が婚約するルートは存在しません!」
「ぼ、ボクも……女の子だけど……女の子の方が……好きかな……」
二人は王女に抱き寄せられながら、赤い顔でそう宣言する。
「こ、これ以上ややこしくするな……っ!」
「つまり……女の子みたいだけど男の子で男の子同士は乗り気ではないルッタちゃんと、男の子みたいだけど女の子でむしろ女の子の方が好きなベルと、ルッタちゃんのことが好きな王女と私……というわけよ。理解できたかしら?」
「ぜんぜん分からんっ!」
今まで経験したことのないような感情が押し寄せ、思わず叫ぶグラン。もはや彼の理解の範疇を越えていた。
「それではご機嫌よう! ……あと、ヘンタイならいっそ堂々となさい!」
「ヘンタイのあなたにルッタちゃんは渡さないわ……!」
「いつか、きっと良い人が現れると思います!」
「グランのばか……えっち、へんたい……覗き魔……」
四人は口々にグランのことを罵倒(?)し、背を向けて去っていく。
「待ってくれみんなっ! 俺はヘンタイじゃないっ! 誤解なんだっ! みんなーーーーっ!」
*
「はっ!」
目覚めると、グランは部屋の隅で眠っていた。どうやら朝になっていたらしく、窓から日の光が差し込んでいる。
相変わらず、外からはアンデッドのうめき声が聞こえてきていた。
「今のは……夢か……」
どうやら、彼は酷くうなされていたらしい。先ほど激しい精神的ショックを受けたばかりなので無理もない。
「どんな夢だよ……」
少しだけ痛む頭を押さえながら呟くグラン。
「…………すー、すー」
彼の隣には、ベルが心地良さそうな顔をして寝ている。
他の三人は、グランに代わってアンデッドたちの見張りをしてくれているようだ。
「…………」
グランはゆっくりと起き上がり、ベルの顔を覗き込む。
「すやすや寝やがって……お前のせいで大変なことになったんだからな……っ!」
そして、小さな声で不満を漏らした。
――あの後、グランは悲鳴を聞いて駆けつけてきた皆に現場を目撃され、危うく変態の濡れ衣を着せられそうになったのである。
ベルが「グランに連れ込まれて……乱暴に脱がされた……大胆だと思った……」と事情を説明してくれたおかげで疑惑はさらに深まり、リリアからは軽蔑の眼差しを向けられた。
その後、必死の説明によってどうにか誤解は解け、グランはどうにか変態と呼ばれることを免れたのである。
「まったく……」
彼は深くため息をつく。
「ごめんね、グラン」
すると、いつの間にか目を覚ましていたベルが返事をした。
「お前、起きて――」
次の瞬間、彼女はグランの頬に軽い口づけをする。
「へっ?!」
「お詫びの……しるし」
その時、彼の思考は停止した。
「ボク、行くあてないから……ここを出てもグランと一緒がいいな」
ベルは魔王もどきとは関係なく、元から魔性を秘めていたのである。
「た、大変ですわっ! アンデッドが一階の扉をぶち破ってしまいましたのっ!」
刹那、イーリス王女が駆け込んできて大慌てで叫ぶ。
「えーーーーっ?!」
果たして、ありとあらゆる災難に見舞われたグランの運命やいかに。




