第71話 グランが大ピンチみたいです!
「ここは……?」
目覚めた少年は、きょろきょろと不思議そうに辺りを見回す。
そして、見知らぬ部屋の隅で毛布にくるまって寝ている《《三人》》の姿を見つけた。
「え……ボクだけ仲間外れ……?」
困惑した様子で呟く少年。
「お前、起きたのか」
その時、背後から声がしてびくりと肩が動いた。
慌てて振り返ると、そこに立っていたのは真っ黒な髪をしたつり目の少年――グランである。
彼は腕を組みながら鋭い目で少年のことを睨んでいた。
無警戒に寝てしまった皆の代わりに、今まで起きて少年と外の様子を見張っていたのだ。
無防備なルッタの隣で寝ると何故かドキドキしてしまうからという理由も無くはない。
「あの、ここはどこ……? ボクって誰……?」
少年は状況が分からず、首を傾げながら問いかける。
魔王もどきに器として憑依されていた影響か、記憶喪失に陥っているようだ。
「まさか、あれだけのことをしておいて何も覚えてないのか?」
グランは疑いの目を向けながら問いかける。
「……うん」
それに対し、少年は肩をすくめてゆっくりと頷いた。
「記憶が……何もないんだ……」
するとグランは呆れた様子でため息をつきながら、状況の説明を始める。
「お前は……魔王もどきとやらに操られてたんだよ。ルッタ――向こうで寝てる三人の……右端の奴がそう言ってた」
「魔王……もどき……」
その単語を聞いた瞬間、少年の頭に鈍い痛みが走った。どうやら眠っている記憶に少しだけ触れたらしい。
「おかげで今は大変な状況だぜ。窓の外を見てみろよ」
「……ん」
逆らえなさそうな雰囲気を感じ取った少年は、大人しくグランの言うことに従い窓へ歩み寄る。
そして恐る恐る外を覗くと、そこには建物の周辺を徘徊する無数のアンデッドたちの姿があった。
「ひっ?!」
予想外の光景に、思わず悲鳴を上げて尻もちをつく少年。
「……外がいきなりお前の召喚したアンデッドだらけになって、俺らもこの中に閉じ込められてるってわけだ。少しは自分のしたことの重大さが理解できたか?」
「本当に……ボクがやったの……?」
「ああ、そうだ。操られてたとはいえ、危うく俺も殺されるとこだったんだからな!」
グランは強い口調で言った。
「……ごめん、なさい」
少年は俯き、小さな声で謝る。今にも泣き出してしまいそうに目を潤ませていた。
その姿を見て言い過ぎたと感じたのか、グランは頭を横に振って続ける。
「まあ……何も覚えてない奴に怒っても仕方ないか……」
そうして、辺りを沈黙が支配した。
すると窓の外から微かにアンデッドたちのうめき声が聞こえてきて、居心地が悪い。
「……悪かったよ。こんな状況だから、少しムカついてるみたいだ」
気まずくなったグランは、沈黙を破ってそう口にした。
「ううん……。覚えてない方が悪い……から」
すると少年は弱々しく返事をした。
「お前、名前も思い出せないのか?」
「ベル……なんとかって呼ばれてた気がするけど……それ以外は何も」
「じゃあベルでいいや。ちょっと女っぽい気もするけど……めんどいし」
「え……?」
あまりにも適当な呼び名の決め方であった。
「俺はグランだ。ひとまずここに居る間はよろしくな」
そう言って手を差し出すグラン。
「う、うん……よろしく……グラン」
少年はそわそわしながらも、それに応じて握手をした。
「ベルは腹減ってるか? キノコあるけど食う?」
「きのこ……?」
意味不明な問いかけに困惑しつつも首を振るベル。
「お腹は、空いてない……けど」
「けど?」
「お風呂……入りたい……」
彼は少しだけ恥ずかしそうにしながら言った。
「こんな時に風呂かよ……」
グランはやや呆れた様子で呟く。
「入らないと……変な感じする……」
彼は教団の象徴である魔王の器として、毎日その身を清めるよう躾けられていたのだ。
おそらくは、記憶を失ってもその習慣が残っているのだろう。
「……確か、一階に風呂場があったぞ。魔素結晶はまだ生きてるらしいから、今のとこ水は出る」
「ま、まなくりすたる……?」
「――とにかく、案内してやるよ」
かくして二人は皆を起こさないよう一階へ降り、風呂場へと向かったのだった。
「ここだ」
グランが立ち止まって扉を押し開けると、そこは脱衣所になっていた。台の上に木のカゴがいくつも並んでいる。
「今日は誰も使ってないみたいだな。俺たちしか来てないから当然だけど」
その中へと足を踏み入れたグランは、上着を脱ぎ始める。
「どうした? お前も入るんだろ」
そして、何故か入口に立ったままのベルに向かって言った。
「あの……こういうのって別々の方がいいんじゃない……? 分かんないけど……」
おどおどしながら答えるベル。
「何だよ、ここまで来て急に恥ずかしがるな!」
グランは言いながら彼の腕を掴み、強引に脱衣所の中へと引きずりこんだ。
「ほら脱げ!」
「ら、乱暴だなぁ……」
観念したベルは、そう言ってゆっくりと服を脱ぎ始めるのだった。
「何が起きるか分かんないからな、あまりもたもたするなよ――」
裸になったグランは、言いながら顔を上げてベルの方を見る。
衣服を脱いだ彼の上半身は、妙に華奢で滑らかだった。
「ん……?」
ベルの健康的な小麦色の肌が、グランの心をざわつかせる。彼はこの感覚に覚えがあった。
「そ、そんなに見られると……なんか恥ずかしいな……」
言いながら、ゆっくりと下着も脱ぎ始めるベル。
「あ……あぁっ!」
目の前で生まれたままの姿になった彼を見て、グランは思わず声を上げた。
――ベルには、少年としてあるべきはずのものがなかったのである。
「うあぁっ?!」
あまりのことに驚き、言葉を失って尻もちをつくグラン。
「えっ、なに? どうしたの?」
「お、お前っ! お、おとっ、男じゃ……ないのかよっ!?」
「んー……?」
そう言われたベルは、自分の身体をじっと見つめ、ぺたぺたと触る。
「……そうみたい。だからグランに見られるのが恥ずかしい気がしたんだ」
そして納得した様子で言った後、一歩だけ進み出てこう続ける。
「……思い出したよ。ボク女の子だった。……グランのえっち」
自身の体を手で隠しながら、はにかむベル。
「う、うわーーーーーーーーっ!」
驚愕の事実を知ってしまったグランの悲痛な叫びが、脱衣所に響き渡るのだった。




