第12話 初めての理解者!?
ルッタが屋敷を抜け出し、初めての冒険を終えてから半年後。
「ああっ、とっても忙しいわっ! 何からすればいいのかしらっ?!」
「ステラ、少し落ち着きなさい。まだ時間に余裕はあるから」
「そ、そうね……!」
アルルー家は慌ただしく出かける準備をしていた。
本日から七日間、リゼリノ王国の建国記念祭が王都にて行われるのである。
それに伴い王宮では祝いの式典が開かれ、そこに王国全土の貴族たちが集まることになっているのだ。
ルッタとリリアも子供たちの社交の場に参加できる年齢を迎えているため、今回は一家全員で王都へ行くことになっているのである。
「でも、本当にあの子達を連れて行っても大丈夫かしら……? 心配だわ……」
純白のドレスに身を包み、聖女として相応しい装いをしたステラは、不安げな表情でクロードに問いかけた。
「だからと言って、ルッタとリリアをずっとこの屋敷に閉じ込めておくわけにはいかないだろう? ――おまけに精霊石のこともある」
対して、王国に仕える騎士の正装をしたクロードは、腰に手を当てながら答える。
ルッタが希少とされる精霊石をどこかから見つけてきて、それをリリアにプレゼントしたことは、屋敷の者たちの間でちょっとした騒ぎになっていた。
基本的に、精霊と契約するのは早ければ早いほどお互いの魔力的な繋がりが深まるので良いとされている。
そのため、式典の際に行われる魔法の適性診断にリリアを参加させ、本当に契約できるのかを確かめる必要があった。
適性のない精霊と無理に契約しようと試みた場合、肉体や精神に大きなダメージを負ってしまう可能性があるため、親としてはしっかりと見極めてから安全な環境で行わせたいのである。
「リリアだって早く契約したがっているのに、いつまでも待たせるのはかわいそうだろう?」
「それはそうだけれど……何だか妙な胸騒ぎがするの……」
「なに、心配はいらないさ。王宮の警備は万全だからね! いくらルッタでも、脱走なんて絶対にできないよ!」
「そ、そう……」
ステラは、それ以上は何も言わなかった。
(神様……どうか、私の思い過ごしであってください……)
両手を合わせて家族全員の無事を祈るより他に、できることはないと悟ったからである。
「――ああ、それともリリアのことかい? あの子だって、好きな男の子でもできれば今ほどルッタにべったりとくっ付くこともなくなるはずさ!」
「……そうかしら? あの子、七歳になるのにまだ将来はルッタと結婚するって言って聞かないのよ……?」
「そこは普通お父さんだろ!」
クロードが叫ぶと、一瞬だけ部屋全体が静寂に包まれた。
「――あなた?」
そして、ステラはにっこりと微笑みながら夫に呼びかける。
「じょ、冗談さステラ! きっとリリアは大丈夫だよ! たぶん!」
クロードはいつになく慌てながら言った。アルルー家の前途は多難である。
*
同刻、ルッタは監視役を務めるメイドに捕らえられ、式典にふさわしい格好に着替えさせられていた。
メイドの名前はエルナといって、丸眼鏡をかけた茶髪の女性である。
「――もう少しだけじっとしていてくださいね、ルッタ様」
エルナは、ルッタの着る白い式服の胸元にあるリボンを整えながら言った。その真面目な仕事ぶりが、監視役として抜擢された一番の理由である。
(うーん……やっぱり、エルナのことは原作で見かけた記憶がありませんね。名前も聞き覚えがありませんし……モブキャラ扱いだったのでしょうか?)
しかし、ルッタの記憶する限りではゲーム本編に登場しない謎に満ちたキャラであった。
「はい、終わりました。ちゃんと言うことを聞けてお利口ですね」
リボンを整え終えたエルナは、そう言って優しく微笑む。
「人生二週目なので、このくらいはイージーモードです!」
「……でしたら、普段からお屋敷でじっとしていてください。何度も言っていますが、色々と理屈をつけて脱走するのは禁止です。いつも消えるように突然いなくなるので、探すのが大変なんですよ?」
「あう……」
この屋敷の使用人は全員、ルッタの奇怪な言動に慣れていた。あしらうのもお手の物である。
(うーん……エルナの監視はなかなか攻略できませんね。まさにハードモード……手強いキャラです……!)
大人しく言うことを聞くことで彼女を懐柔し、どうにか自由に屋敷の外へ出してもらおうという彼の計画は、なかなか上手くいっていない様子であった。
「外に出ていいのは、今日のように出かける時だけですからね」
「でもこの服、動きづらいです……これではレベル上げに支障が出てしまいます……」
普段よりも窮屈な格好をさせられ、やや不満に思うルッタ。
「以前から気になっていたのですが、レベル上げとは、つまりどういうことなのですか? 少し前に屋敷の地下室に集めたワームを潰していたと聞きましたが……私には、それをする意味がまったく分かりません」
エルナはルッタに被せる帽子を選びながら、そんなことを口にする。
「屋敷を抜け出そうとするのも、そのレベル上げとやらのためなのですよね? ルッタ様がそこまで熱中なさっている遊びがどのようなものなのか、私に教えていただけませんか?」
それは、以前リリアが地獄を見ることになった悪魔の問いかけであった。
「わかりました!」
聞くタイミングを間違えていたら、彼女もワームの巣窟へ連れて行かれることになっていただろう。
「レベル上げというのはですね、魔物を倒して経験値を稼ぐことで強くなることをいいます!」
「修行のようなもの……ということでしょうか?」
「おお……! まさにそれです!」
初めて意味合いを理解してくれる人間が現れたことで、感動のあまり目を潤ませるルッタ。
「それでは――経験値、というのは……どういった意味なのですか? 魔物を倒すことによって得られる経験……というような感じはしますが」
「だいたい合っています! 魔物を倒すと経験の値が溜まっていって、やがてレベルアップ――成長するのです! そうして『ひみつきち』でレベル上げを続けた僕はこの前、ついにレベル二十四になりました! ワームに浸かるより、もっと効率的なやり方に移行したのです!」
「そうですか……」
エルナは彼女なりに考えてルッタの話を理解し、続けた。
「……なるほど。訓練による能力の向上を分かりやすく数値化しているわけですね……」
「そこまで理解できたのはエルナさんが初めてですよっ! これはすごいことですっ! ゲームのキャラなのに!」
「は、はあ……」
自分の考えを述べただけで予想以上に喜ばれ、困惑の表情を浮かべるエルナ。
彼女は手に取ったシルクハットをルッタに被せながら、こう言った。
「……つまるところ、修行ごっこということですね。ルッタ様くらいの歳の男の子であれば、そういった遊びに興じるのも普通のことでしょう。発想はかなり独創的ですが……」
「いえ、遊びではありません! 僕は本気でレベル上げをしています!」
ルッタは必死に抗議した後、自身の頭を触る。
「ところで、この帽子をかぶる必要はありますか?」
「これが貴族としての身嗜みです。この格好の方が可愛らし――ではなく、カッコいいですよルッタ様。きっと女の子にもモテモテです」
「守備力は上がりますか?!」
「…………上がります」
何となく言葉の意味合いを感じ取り、適当な返事をするエルナ。
「そういうことなら装備しておきます!」
「……私も段々とルッタ様の扱いに慣れてきましたね」
彼女は聡明なメイドであった。
「では、最後にこれを」
エルナはそう言って、ルッタに子供用のステッキを持たせる。
「我ながら完璧です」
そして、満足げにそう呟いた。
「なるほど! いざという時はこれを武器にするのですね! 攻撃力もアップです!」
「いいえ、違います」
「実は剣が仕込んであったりしますか!?」
「しません」
即座に否定した後、少し考えてから続ける。
「……やはり杖はやめておきましょう。危ないので没収です」
「そ、そんな……っ!」
かくして、式典に参加するための準備は整ったのであった。
「では、行ってらっしゃいませ……ルッタ様」
「はい! 行ってきます!」
――そしてルッタは、王宮にて国家を揺るがす《《原作に存在しない》》大事件に巻き込まれることとなるのである。




