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第10話 暗躍する経験値たち!


 ルッタが去った後、ダンジョンは再び静寂に包まれていた。


 通路には蹴散らされて経験値となった盗賊たちが転がっている。彼らは皆、後から様子を見に来たラヴェルナの癇癪かんしゃくによって切り裂かれ血まみれの状態であった。


 そんな死屍累々のダンジョンに、一つの影が現れる。


「……どうやら、随分と見当違いな場所を探させているようだな」


 前触れもなく唐突に出現した影――黒いローブを身にまとった黒髪に褐色肌の少年は、呆れた様子で呟いた。


「まるで話にならない。使えん奴らだ」


 フードからは、不気味なほど赤く輝く二つの眼が覗いている。


「だが――《《復活の刻》》は近い」


 彼のまとったローブの胸元には、幾何学模様の奇妙なバッジが輝いていた。


 黒き胎の教団(ノクティス・ウーム)――単にノクト教団とも呼ばれる彼らは、魔王復活を目論む邪教の徒である。


 裏ギルド――影の足跡(シャドウ・ステップ)を通じてラヴェルナに盗掘の依頼をしたのは、彼らであった。


 教団は、魔王の魂が封じられた黒い結晶――『魔王心核まおうしんかく』が隠されたダンジョンを探し求め、各地の裏ギルドへ高額の報酬を餌に依頼を出しているのである。


「しかし、よくもまあ《《偽の隠し場所》》ばかり幾つも用意したものだな。……よほど我の復活が怖いと見える」


 少年は倒れている盗賊たちを足蹴にしながら、愉快そうにそんなことを呟いた。


「……我が力を取り戻した暁には、まず手始めにヤツの子孫から拷問にかけ、根絶やしにしてやろう。……クククッ、フハハハハハッ!」


 独り言の多い少年は、見物でもするかのように悠々とダンジョンを進んでいく。


「おっと」


 そして、通路の真ん中に倒れている焼け焦げた人間――ラヴェルナの前で立ち止まった。


 少年はその場にしゃがみ込み、焼け跡を観察しながらこう呟く。


「面白そうなのが残っているな。この有様ではすでに死んでいると思ったのだが」


「ぅ、あ……ぁ……」


「……まあ、ちょうどいい。お前のような人間を探していたのだよ」


 言いながら、少年は瀕死のラヴェルナにそっと右手をかざした。


 すると、彼の手のひらから真っ黒な影のようなものが飛び出し、ラヴェルナの体を包み込む。


 やがて黒いもやが消え去り、見事に修復されたラヴェルナの彫刻のような肉体が露わになった。


「さあ、再び目を開けるがいい」


 少年は生まれたままの姿で横たわるラヴェルナにそう呼びかけ、ゆっくりと立ち上がる。


「あ、ぁあ……」


 思いがけない幸運で命を拾った女盗賊が、意識を取り戻して最初に発したのは――


「ああああああああああああああああああああああッ!」


 言葉にならない絶叫だった。


「やめろっ! く、来るなッ! 来るなああああああッ! ああああああっ!」


 じたばたと手を動かし、何かと格闘するラヴェルナ。


 言うまでもなく、彼女が見ているのは悪魔――もといルッタの幻影であった。


「……まったく、そっちまで壊されていたのか。一体、何をされたらそうなる? 人の精神は呆れるほど脆いな」


 少年は冷たく吐き捨てるように言う。心底面倒くさそうな表情をしていた。


「だが、まあいい。完璧に《《直して》》やろう」


 次の瞬間、彼とラヴェルナの体は黒い影で包まれる。


「一度全て壊してからな」


「う、ああっ、うああああああっ! 離せっ! 離せええええええっ!」


 正気を失ったラヴェルナは、絶叫しながら床へ沈み込むようにして消えていくのだった。


 *


「ただいま帰りました!」


 アステルリンクを使用したルッタが辿り着いたのは、アルルー邸の一階にある物置の中であった。


「よいしょっと」


 数年前、クロードが勢いに任せて購入してステラから怒られていた謎の骨董品――超古代文明の転送装置の中から這い出るルッタ。


 物置から出ると、廊下の窓からは日の光が差し込んでいた。


「あ、朝になっています……! 時間をかけすぎました……!」


 いつの間にか夜が明けていたことを知ったルッタは大慌てで階段を上り、二階にある自室へ戻ろうとする。


「早く安静にしないと……!」


 そんなことを口にしながら、自分の部屋のドアノブに手をかけたその時。


「ふわぁ……」


 隣の部屋の扉が開き、そこからナイトキャップを被ったリリアが少しだけ眠そうにしながら出てきた。


「あ! おはようございます、リリア姉さま!」


 いつもの調子で挨拶をするルッタ。しかし、ラヴェルナとの死闘を終えた現在の彼はぼろぼろである。頭からは血も垂れていた。


「おはよう、ルッタちゃん……っていやあああああああっ?!」


 傷だらけのルッタを目の当たりにしたリリアは、案の定悲鳴を上げる。


「た、たいへんっ! 何があったのルッタちゃんっ?! だ、誰か来てぇっ!」


「落ち着いてくださいリリア姉さま、僕は安静にしていただけです!」


「そんなわけないでしょっ! うえええええんっ! ルッタちゃんが死んじゃうううううううっ!」


「あわわ……!」


 ――その後、リリアの泣き声を聞いて駆けつけた両親や使用人たちによって、ルッタが屋敷を抜け出して怪我を負ったことはあっさりとバレてしまうのだった。


「ルッタ! 私がいいと言うまで、絶対に動いてはいけませんっ! 縛りつけてでも安静にさせますからねっ!」


「今回ばかりはママの言う通りだ! その怪我が完治するまで逃げられないぞ! 観念しろ悪ガキめ! はっはっはっ!」


 母から怒られたことで療養期間はさらに一週間伸び、監視のメイドまで付けられることになってしまったのである。


「とほほ……」


 包帯でぐるぐる巻きにされたルッタは、悲し気な目で天井を見ながら反省するのだった。


(こんなことなら、先に治癒魔法を覚えておくべきでした……)


 反省……しなさい!

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