弁護士ジョセフィーヌ・オルレード
俺の事務所に使者が来た。普通の弁護士は郵便で連絡をしてくるのだが、わざわざ使用人に書簡を持たせて先方に寄越すというのは、さすがは公爵令嬢と感心すべきなのか、それとも非常識と呆れるべきなのか、衆民の俺には判断がつかない。
俺が書簡を読んでいる間、使者はずっと直立不動の姿勢で待っている。椅子を勧めたのだが、辞退されてしまった。公爵家の使用人とはそういうものなのか、早く返事をしろと俺に圧をかけているのか、やはり判断がつかない。
「拝読しました。オルレード弁護士はサクローナ家の代理人として、フィゲロ・ヴェルトリ氏の代理人である私と話し合いがしたいとのことですね」
「書面の内容については、私は存じていません。返事をいただくようにとだけ言付かっています」
ある程度は話ができる相手を寄越したのかと思ったら、本当にただのメッセンジャーだったのか。俺は手帳を開いてスケジュールを確認する。
「あいにくそちらのご希望にはそえません」
二十歳前後と思われる使者は顔を赤くした。
「……衆民風情が」
「おや、今なにか言いましたか」
「理由を聞きたい」
「その日は別の依頼人の法廷があります」
そう言って、俺は手帳の空白のページに走り書きをする。それを手帳から切り離して使者に差し出す。
「こちらの都合がつく日時です。そちらにもご都合があるでしょうから、候補を三つ挙げておきました」
だが使者は受け取ろうとしない。
「私から手紙でその旨を、オルレード弁護士に伝えてもよろしいのですが」
そう言うと、使者はメモをひったくるように受け取って、主の元へ帰っていった。
使者が建物の外に出たのを窓越しに確認してから、つぶやく。
「あれは駄目だな。最初から高圧的な態度をとるとは」
「公爵家の若い使用人なんてそんなものよ。たぶん下位の貴族の三男坊あたりじゃないかな」
(置物と化していたが)同席していたクローディアのありがたい解説だ。
「世間知らずで雇い主の威光を自分のものと勘違いしている、よくあるパターンね。お屋敷では頭が上がらないから、外に出たときここぞとうっぷんを晴らすの」
「だからってわざわざ敵を作るような真似をするなんて、下策だぞ。敵対して法廷で相手を打ち負かすより、妥協点を探して合意する方が、ずっと早くて安上がりに解決するのに」
「ガスは法廷で戦うのが専門でしょう?」
「判決が出る前に和解するケースだって多い。貴族の世界は俺にはわからんが、法曹界はそれとは違う」
それから三日後、手紙でオルレード弁護士は三つのうちの一つの日時を指定してきた。
指定された日、俺とクローディアはオルレード弁護士の法律事務所を訪ねた。事務所はオルレード公爵家の王都邸の離れにあった。手紙を持参していたので、比較的スムーズに通されたらしい。『らしい』というのはクローディアがそう言ったからで、俺にはちっともスムーズに思えなかった。
俺の事務所全体より広そうな執務室で、オルレード弁護士は待ち構えていた。その脇にはあの使者が従者として立っている。
「お待ちしていました。マノワ弁護士、マノワール助手」
オルレード弁護士は執務用の椅子から立ち上がって、俺たちを迎えてくれた。
「お久しぶりです、オルレード弁護士。最後に会ったのは、一年前の法廷でしたかな?」
「ええ、私にとっても印象深い裁判でした。こちらへどうぞ」
対談用のテーブルに誘導されたので、そちらにクローディアと一緒に着席する。
「お客様にお茶を」
やはり着席したオルレード弁護士が、例の従者に指示を出す。出された方は俺に冷たい一瞥をくれると、無言で執務室を出ていった。
「使用人の躾がなっていなくて、悪かったわ」
クローディアの目が一瞬だけ丸くなった。公爵令嬢が衆民の俺に謝るとは思っていなかったようだ。
「他人の目がないときは、法律学校の時のように接してもいいかな?」
「ええ、ガスならその方が話が早くなるわね。でもマノワール嬢は他人でないという認識でいいのかしら?」
「従妹で助手という認識で頼む」
「そのままじゃない」
「特別じゃないってことだ」
「従兄妹同士では、特別になりようがないわね」
従者がトレイを持って戻ってきた。トレイの上には二組のカップが載せてある。ローラルドのショールームにあったようなシンプルなデザインの白磁のカップだ。客用ではなく従業員用だろう。従者はそれを俺とクローディアの前に置く。ティーポットを短時間経由しただけの、淡い色の紅茶が注がれている。
「アルノエ、こちらのご婦人はクローディア・マノワール伯爵令嬢よ。オーギュスト・マノワ弁護士はその従兄で、マノワール伯爵家の相続権を持っているわ。あなたはノンブラン男爵家の相続権を持っていたかしら」
俺本人も忘れていたが、確かに伯爵家の相続権を持っている。伯父が俺の養子縁組の解消の手続きをしようとしたとき、書類の提出先の貴族籍課から確認があった。後継者がクローディアだけで大丈夫かと言われたのだ。爵位継承は嫡出子のクローディアに優先権があるから、養子縁組の解消までは必要ないだろうというのが役所の見解だった。そこで伯父は、養子縁組は解消するが相続権は残すということで、役所の了解をとった。(あっては欲しくないが)クローディアになにかあったとき、俺が速やかに後継者に戻れるようにという配慮を示したのだ(親族が亡くなったとき、一番もめるのは相続だ)。伯父がなぜそうしたのかは今でも解らない。俺を後継者からどうしても外したかったのか、それとも父に息子を返したかったのか。
従者の顔色が変わった。やはり俺たちのことを、ろくに調べていなかったようだ。クローディアは俺の事務所にいるときは弁護助手らしい服装をしているから(今もそうだが)、貴族の令嬢と気づかれないことが多い。
「こんなものを伯爵家のご令嬢に出したら、私はマノワール伯爵家でどんな噂をされるのかしら」
主の顔に泥を塗るというのは、貴族の使用人が一番やってはいけないことだ。さすがに俺でもそれは解る。
「淹れ直させていただきます」
アルノエ・ノンブラン男爵令息らしい従者はカップをトレイに戻した。慌てていたらしくカチャカチャと音を立てたが、なんとか中身をこぼさずに再び執務室を出ていった。
「若い使用人にはよくあることです。お気に病む必要はありませんわ。オルレード様」
「お心遣いに感謝します、マノワール嬢。貴女のことをクローディア様とお呼びしても?」
「ええ、もちろん」
「では私のことはジョセフィーヌとお呼びください」
「まあ、光栄ですわ。ジョセフィーヌ様」
やはり衆民の俺は、貴族の会話についていけない。
「フィフィ(ジョセフィーヌの愛称)、本題に……うげっ!」
脇腹に激痛が走る。見下ろすとクローディアの肘が食い込んでいた。
「なんでいきなり飛び越えるのよ!」
「いや、学生時代はそう呼んでいたから……」
「もう学生じゃないでしょう。何年前の話よ」
「さっきそれで了解をとっただろう。俺だってガスと呼ばれたんだぞ」
「男と女では、愛称呼びに至るまでの距離が違うのよ」
「よく解らん理屈だ」
クローディアは自分の推しに、俺が馴れ馴れしくするのが許せないのだろうか。
「たいへん仲がよろしいのね。従兄妹でなければ良き夫婦になれて、伯爵家も安泰でしたでしょうに」
この惨状のどこをどう解釈したら、そうなるのか。これも貴族の皮肉というやつか? クローディアは扇子を取り出して、顔の半分以上を隠してしまった。
「本題に入りたいのですが、よろしいでしょうか。オルレード弁護士」
「ええ。私のことはフィフィと呼んでもよろしくてよ。ガス」




