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ヴィクトル・マノワール伯爵

 俺は伯父で後援者(パトロン)のマノワール伯爵に呼び出された。

「オーギュスト、久しいな」

「伯父上もご健勝でなによりです」

 伯父は父と歳が十二も離れていて、俺から見ると親と祖父の中間の世代の人間だ。

「クローディアがいつも世話になっているな」

「受けたご恩に比べれば、大したことではありません」

「仕事の方はどうだ?」

「万事が順調というわけには参りませんが、決して悪くはないかと」

「困っているのでなければよい」

 伯父と会うときはクローディアが同席することが多いが、今回はいない。おそらく、呼び出された理由はクローディアだろう。


 伯父が俺に支援をしてくれるのには、直近の分家という以外にもうひとつ理由がある。俺が伯父の元養子だからだ。

 伯父伯母夫妻にはなかなか子供ができなかった。そこで後継者として甥の俺に白羽の矢が立ったのだが、ひとつ問題があった。俺は一人っ子なのだ。

 俺は難産で、帝王切開で産まれたのだが、そのとき母は子宮を失った。両親は一粒種の俺を手放すことをさんざん渋ったが、本家の力には逆らえず、幼かった俺は養子に出された。

 ところがその後でクローディアが産まれたことで事情は一変した。伯父たちは実子のクローディアに伯爵家を継がせたくなったのだ。我が国の法律では四親等以内の近親婚は禁じられているから、俺をクローディアと結婚させて婿養子にすることはできない。伯爵家に俺の居場所はなくなり、養子縁組は解消されて、俺は両親のもとへ戻された。両親は俺が戻ってきたことを喜びつつも、まるで不良品を返品するかのような手のひら返しに今でも憤(いきどお)りを感じている。そのため父と伯父の関係は最悪に近く、二人は二十年近く会話をしていない。

 俺自身は、封建時代だったら暗殺されたかもしれない、良い時代に生まれて幸運だったと思うようにしている。周囲にはそんなことはおくびにも出さないが。

 一応、伯父は自分たちがやったことには負い目を感じているらしく、法律学校への進学や独立のときには、金銭面で俺を援助してくれた。

 ちなみにクローディアはこのことを知らない。伯父が事情を知る者全員に箝口令(かんこうれい)を強いたからだ。

 クローディアは産まれたときは未熟児だった。だから周囲はクローディアは長生きできないだろうと思った。だが昨今のめざましい医学の進歩のおかげで、クローディアは無事に成長することができた。それは素晴らしいことなのだが、俺が更なる割を食うはめになった。普通なら俺に集まるはずだった同情を、病弱だったクローディアが独り占めしたのだ。

 病弱だったクローディアが健康になるまで、俺はクローディアの予備(スペア)として、伯爵家に養子として養われていた。だが大人たちは、クローディアには俺は義兄ではなく、実家の都合で預かっている従兄だと教えた。

 兄弟姉妹がおらず、伯爵邸には歳の近い人間は俺しかいない。なので俺はクローディアに懐かれた。未熟児で産まれたのも嘘を教えられたのもクローディアの責任ではない。だから俺はクローディアに邪険な態度をとることはできなかった。だが、いや、それゆえ、クローディアの存在は俺にとってストレスだった。万が一にも俺がクローディアに危害を加えないようにと、周囲の大人たちが目を光らせていたことも、それに拍車をかけた。


「手紙は読んだ。このままでは法律学校どころか、助手になるのも難しいそうだな」

「クローディアは他の令嬢のように鉄の乙女(アイアン・レディ)に憧れていますが、それだけです。幼子(おさなご)のように現実が見えていません。今は勉学に励むべきなのに、弁護士ごっこを楽しんでいます」

 ミリアナ嬢の調査をやらせている俺が言えた義理ではないのだが、そこは黙っておく。

「やはり弁護士には向いていないかね?」

「はっきり申しますと、それ以前の問題です。弁護士に限らず、職業婦人に向いていません」

 伯爵家の後継者にも向いていないと思うが、さすがにそれは口に出せない。

「……」

 伯父は黙ってしまった。反論しないところを見ると、今までクローディアに甘すぎたという自覚はあるらしい。

 これを言うべきかは迷ったが、言っておいた方がいいだろう。

「これは差し出がましいことかもしれませんが……」

「聞こう」

「クローディアに婚約者をあてがってはどうでしょうか。有能で魅力的な婚約者ができれば、クローディアの意識も変わるかもしれません」

「婚約者か」

 伯父は考える表情になった。

「クローディアはマノワール伯爵家の次期当主です。選択肢はかなり広いはずです」

 俺はクローディアと結婚できない。だからこれは、伯爵家の後継問題に関わるつもりはないという意思表示でもある。婚約者を選ぶのは伯父だし、伯父が選んだ婚約者とうまくやっていけるかはクローディア次第だ。もし失敗したとしても、俺に責任が及ぶことはない。クローディアの将来に漠然とした不安を感じている伯父から見れば有益な助言だし、俺から見れば責任回避になる。

「ふむ……検討する価値はありそうだな」

 俺に言われる前に、もっと早く検討すべきだったと思う。クローディアが夢中になるような誰かをさっさとくっつけて俺から離してくれれば、俺は長年のストレスから解放されるのだ。

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