探偵ピエール
俺が次に向かったのは興信所だった。
弁護士の自分が足を棒にしても調べられることには限界があるし、複数の依頼を同時にこなしているから時間も足りない。リソースが足りなければ、外注するしかない。
一ヵ所に依存しすぎるのはリスクがあるし、興信所によって得手不得手があるので、発注先は複数を使い分けている。今回訪ねたのは、貴族関係が得意なところだ。料金は高いが、利用回数は少ないので、継続して発注している。
アポ無しだったが、幸い興信所には人がいた。名前はピエール、この興信所で唯一の調査員だ。
「急なうえに短納期だったので、あまり調べられなかった」
ピエールはそういって書類を俺に渡した。それでも十数ページの分量がある。
ピエールは年齢不詳、経歴不明、出自未確認の、なんとも掴み所がない優男だ。うさん臭さに目をつむれれば、頼りになる。
さっそく表紙をめくる。前半はヴェルトリ子爵家、後半はサクローナ伯爵家の調査結果だ。図書館に行って最新版の貴族年鑑も閲覧したが、十分な情報は得られなかったのだ。
「そちらのお嬢さんは彼女かい?」
そう言われて気づいた。クローディアが顔をくっつけるようにして、横から書類をのぞき込もうとしていることに。
「従妹だよ。一応、助手をしている。こんなのでも伯爵令嬢だ」
「こんなのとはなによ!」
ピエールがクスクスと笑う。
「仲がいいね。でも従妹じゃ結婚できないか。貴人にこんなお茶を出すのは失礼だな。レディ、淹れ直させていただきます」
ピエールはクローディアの茶碗だけを下げると、それを持って奥に行った。
俺は書類を読み進める。
ヴェルトリ子爵家は初代が興した刀剣工房を、今でも経営している。かつては王室騎士団にも剣を納入しており、王室御用達として繁盛していたようだ。
だが銃火器が普及したことによって、時代は変わった。剣と騎兵は戦場の主役の座を降り、鉄砲と歩兵と砲兵にとって替わられた。ほとんどの騎士団は解散となり、軍に納入する銃剣用の短剣と将校用のサーベルが現在の工房の主力製品になっている。これらは売れる数こそ多いが、単価が安くてほとんど利益が出ていない。
包丁なども造ってみたようだが、価格が高くてごく一部の高級料理店ぐらいにしか売れていない。工房の経営は苦しいらしい──
「ちょっと、ページをめくるの早すぎるわよ」
「だったら後でゆっくり読めよ。次の仕事を発注するために、ここで読み終わらなきゃいけないんだ」
クローディアはブツブツ言いながらも、俺から離れた。
そこへピエールが戻って来る。
「レディ、お待たせしました」
ピエールが置いた新しい茶碗を、クローディアは手に取った。ようやく伯爵令嬢らしい美しい所作を発揮して、お茶を嗜む。
その傍らで、俺は書類を読み進める。
サクローナ伯爵家も初代が興した陶器工房を、今でも経営している。こちらはヴェルトリ家よりは余裕があるようだが、やはりジリ貧気味だ。
外国から入ってくる陶磁器に市場を徐々に食われている。こちらも王室御用達で、そのブランドで貴族向けの市場では鉄壁を誇っていたが、マイゼンの白磁が輸入されたのをきっかけに穴が開き始めている。
ああ、なるほど。依頼人がマイゼンを輸入しているローラルドと手を組んで事業をするなんて嘘をついたから、サクローナ伯爵から敵認定されたのか。そりゃローラルドと手を切ると約束できなきゃ、娘との結婚なんて認められるわけがない。
しかしこいつは困ったな。実は嘘をついてました、と白状しても問題は解決しない。いずれは白状しなきゃいけないが、無職でどうやって娘を養うんだ? とツッコまれたら、そこで詰むぞ。
こういう場合は、両家にとって利益がある政略結婚に転換できれば解決するんだが、刀剣工房と陶器工房の協業なんて、どうやったらできるんだ? 俺には想像がつかない。
やはり退職を思いとどまるのが最善策だな。だが依頼人は即答であり得ないと答えた。それができない理由はなんだ?
俺は追加の仕事を発注することにした。
「追加の調査を頼みたい」
「内容は?」
ピエールはすかさず手帳とペンを手に取った。
「サクローナ伯爵家三女のミリアナ嬢の最近の動向だ。家族との関係がどうなっているかも知りたい」
「伯爵令嬢のプライバシー? そいつは難易度が高すぎる!」
ピエールが普段の態度からは想像できない声をあげた。ならもう一枚手札を使うか。
「クローディア、ピエールを手伝ってくれ」
そう言ったら、二人は目を白黒させた。
「クローディアはミリアナ嬢と一緒にお茶会をする仲だ」
「だったら俺じゃなくて、お嬢さんに頼めばいいだろう」
「こいつは不器用で、探偵の真似事なんかできない。だから助手として使ってくれ」
「ちょっと、勝手に決めないでよ!」
さて、どうやってクローディアをその気にさせるか?
「二人の間の障害になっているのはサクローナ伯爵だ。これはまだ予想だが、ミリアナ嬢本人は婚約の継続を望んでいる可能性がある」
そう言ったが、クローディアの反応が薄い。嘘をついたことが明らかになって、依頼人の印象が悪くなったせいか?
「俺は依頼人の方を調べてみる。頭がいいはずなのに、嘘のつき方が下手すぎる。悪意を持って計画したというより、やむを得ない事情に追い詰められて、とっさに嘘をついたように見えるんだ」
そう言ったが、クローディアは半信半疑のようだった。
それでもなんとか二人を説き伏せて、協力してミリアナ嬢の調査をさせることに成功した。




