貿易商ローラルド
俺たちは応接室らしい部屋に通された。すぐに男性が部屋に入ってきた。
「お待たせしました。私が商会長のローラルドです。どうぞ、おかけください」
なぜかふと思った。もし封建時代だったら、この男は不敬を理由に伯爵令嬢の護衛騎士に斬り殺されていただろうと。
もちろん今はそんなことは起きない。クローディアに同行しているのは俺だけだし、仮に護衛がいたとしても、そんな蛮行は許されない。今は憲法があって、衆民も法によって保護されている。衆民を貴族が気まぐれで害したら、貴族の方が罰せられる。
もっとも法が保護しているのは衆民だけではない。法による秩序が機能しているおかげで、クローディアも護衛なしで行動できるのだ。
自分は大きな時代の変わり目にいて、数十年後には目の前にいる男のような衆民が国を動かしているのかもしれない。
俺たちは薦められるままソファに腰掛ける。俺たちに声をかけた女性従業員がお茶を淹れてくれた。
「お口に合うかどうかわかりませんが、よろしければどうぞ」
「いただきます」
俺はそう答えて、クローディアは無言で、お茶を口にした。俺の事務所の一番高いお茶よりいいお茶だ。無意味な敗北感に襲われる。
「さきほどは私の舌足らずのせいで、そちらのお嬢さんに誤解を与えたかもしれません」
俺は茶碗を置くと、そう切り出した。
「ローラルド商会長に用があるのは私の方です。クローディアは私の従妹で、弁護助手をしてもらっているのです」
「そうでしたか」
ローラルドそう答えると、女性従業員から受け取ったであろう俺の名刺に一瞬視線を落とした。
「マノワ先生のご用件とはなんでしょう?」
「私はヴェルトリ子爵令息の依頼で動いています。依頼人から聞いたのですが、共同で事業を興す計画があるとか」
「ええ、まあ、そういう話はあります」
「実はそのせいで、依頼人は困ったことになっていまして」
「と言いますと?」
「先方の許可がないので御名前は明かせないのですが、依頼人には婚約者がいます。しかし依頼人が今の職場を退職するのは、婚約時の契約に違反すると問題にしているのです」
「ほう、そんなことが。衆民の私にはよくわかりませんが、貴人の結婚は難しいのですね」
「なんとか先方を説得したいのですが、商会長にもご協力いただけないかと思いまして、お訪ねした次第です」
「協力ですか?」
ローラルドは軽い困惑の表情を浮かべた。
「なに、裁判で証言をしていただくだけです」
「証言ですか」
困惑の表情が深くなる。
「商売は水物です。確実に儲かるなどとは言えませんよ」
「そんなのは常識ですから、先方も裁判官もわかっています。これから行う事業について、質問に答えていただくだけですよ」
「……」
急に無口になったな。
「弁護士としての説明責任で申しますと、偽りの証言をした場合は、偽証罪になります。偽証罪になりますと、十年以下の懲役または五十万ブラン以下の罰金が科されます」
「ちょ、ちょっと待ってくれ! 証言はできない!」
今度は焦りだしたな。やっぱりあのパターンか。
「私としては、貴方の意思に反してまで証人として呼ぶつもりはありません。ただ……」
「ただ?」
「証人尋問は相手側の弁護士もできますし、レアケースですが裁判官もできます。実は証人尋問には、証人本人の同意は必要ないんです。法廷に呼ばれたのに正当な理由なく出廷しなかった場合は、法廷侮辱罪になります。法廷侮辱罪は、五年以下の懲役または十万ブラン以下の罰金です」
「……」
「相手側についた弁護士はかなりのやり手でしてね。裁判が始まったら、貴方が法廷に呼ばれるのはほぼ確実です。どうせ裁判で本当のことをしゃべらなければいけないのなら、今この場で話してくれませんか」
ローラルドはため息をついた。
「……共同で事業をやるなんて話はない。そういう風に口裏を合わせてくれと頼まれたんだ」
「依頼人にですか?」
ローラルドは無言でうなずく。
「頼まれたのはいつですか?」
「一ヵ月くらい前だ。ここを訪ねてきて、そう言ったんだ」
一ヵ月前というと、依頼人の退職を巡ってサクローナ家と揉め始めた時期だな。
「その前に依頼人と会ったのはいつですか?」
「一年くらい前だと思う。歓楽街で偶然会って、一杯飲んだんだ」
「そのときはどんな話をしましたか?」
「よく憶えていない。普通の話だと思う」
「更にその前に会ったのは?」
「わからない。何年も前だと思う」
一年前の再会は、数年ぶりの再会だったわけか。そこでする『普通の話』といえば、互いの近況報告だろう。依頼人はそのときローラルドが貿易商をしていることを知り、それを利用して嘘をついた。そう考えるのが自然か。
「そうでしたか。大変参考になりました。ありがとうございます」
俺はソファーから腰をあげた。ちょっと遅れてクローディアも。
「裁判では本当のことをしゃべってもいいのか?」
「もちろんですよ。私の方はその前提で作戦を立てますので、安心して証言してください」
ローラルドが心配しているのは我が身であって、俺のことじゃない。その程度のことはわかっているが、あえてピントがズレた返事をした。
ローラルドはまだ少し不安そうだったが、俺たちは商会を辞した。
「あの人、嘘をついてたのね」
商会を出たところで、クローディアが話しかけてきた。
「依頼人が嘘をつくなんてよくあることだ。弁護士という肩書きがあっても、初対面の人間は簡単には信用できない。他人に知られたくない秘密を抱えていたら、なおさらだ」
「秘密? 何かしら?」
「そいつはまだわからないが、鉄の乙女より先に知って手を打たないと、確実に負けるな」
そう言いながら、角を曲がる。
「こっちの方角、事務所じゃないわよね」
「俺はまだ行くところがある。それより弁護助手の資格の受験準備は?」
「これが終わったら始める」
やるべきことより、無意味な好奇心を優先させるのか。弁護士どころか職業婦人全般無理だろう。俺が心配することじゃないが、伯父には報告しておいた方がよさそうだ。
「落ちたら自己責任だぞ」




