弁護助手クローディア・マノワール
来客、もとい、依頼人が帰ったところで、クローディアが話しかけてきた。
「ガス(オーギュストの愛称)、今度の相手は鉄の乙女でしょ」
『鉄の乙女』とはジョセフィーヌ・オルレード公爵令嬢の別名だ。我が国初の女性弁護士で、法律学校時代の俺の同級生でもある。
ジョセフィーヌ嬢も王太子から婚約破棄された経験の持ち主だ。ラガレードのレオノーラ・フラウゼンとも呼ばれている。さすがに処刑はされなかったが。
自身が婚約破棄裁判を経験したせいか、ジョセフィーヌ嬢は弁護士を志した。そして今は、女性の権利保護に力を入れている弁護士として活躍している。多くの若い貴族の女性からは熱烈な人気を集めているが、男性や高齢女性の貴族たちからは反感を買っている。
支持者たちからは凄腕弁護士と思われているが、正直なところ、ジョセフィーヌ嬢の弁護士としての手腕には微妙なところがある。だが筆頭公爵家の威光によるゴリ押しが結構通ってしまうのだ。それでいいのか、我が国の法曹界は?
「お父様に迷惑をかけないようにしてね」
クローディアの父親のマノワール伯爵は俺の伯父だ。父は伯爵の弟で、家督を継げずに衆民落ちした。なので俺は衆民だが、マノワール伯爵家の直近の分家として、ときどき便宜をはかってもらえている。独立してこの事務所を構えるときにも援助をしてもらった。その代わりに弁護士を目指している従妹のクローディアを事務員兼助手として雇い、暇なときには勉強を見ている。
「公爵令嬢にもね」
クローディアは鉄の乙女に憧れている。だが俺にわざと負けろというのか? それは依頼人に対する背信行為だぞ。
「全員が受け入れられるような妥協点を探すさ。ところでヴェルトリ子爵家とサクローナ伯爵家について、なにか知っていないか?」
目の前に気楽に話せる数少ない貴族がいるので、とりあえず訊いてみた。
「ヴェルトリ家についてはよく知らない。でもサクローナ家のミリアナ様は知っている。面識もあるよ」
「へえ、どういう関係?」
「友達の友達」
「……衆民の常識だと、それは赤の他人という意味なんだが」
「正確には、同じ派閥のお茶会仲間だね」
衆民で男の俺には、貴族令嬢の人間関係は理解できない。
「サクローナ嬢の婚約について、なにか話を聞いたことは?」
「何回かあるよ。恋バナは定番の話題だから」
「憶えている範囲でいい。教えてくれないか」
クローディアは眉間に皺を寄せた。
「関係は良好だったみたい。悪口は聞いたことないし、いつも楽しそうに話してた」
「見栄を張って、そう言ってた可能性は?」
「……断言はできないけど、ないと思う」
「ふむ、サクローナ嬢と親しい令嬢から話を聞きたいが……できそうか?」
依頼人が会わせてもらえないというのが気になるが、代理人の俺が直接本人に接触するのはリスクが大きい。
「うーん……私が聞いてガスに伝えるのじゃ、ダメ?」
やはり衆民の男が直接貴族令嬢に会うのは無理か。
「別のやり方がないか考えてみる。貴族年鑑をどこにしまったか、知らないか?」
クローディアは本棚から一冊の本を取り出すと、俺に渡した。
「はい。でもこれ三年前のだよ。買い直しなよ」
「ありがとう。必要ならそうする」
クローディアにはそう答えたが、法律事務所の本棚というのは来客に「この事務所の弁護士はこんなに勉強していますよ」とアピールするためのショーケースのようなもので、貴族年鑑や他の本の大半も実は飾りにすぎない。使用頻度は極端に低いから、最新版が必要なときは図書館で閲覧すればいい。
手渡された貴族年鑑で、ヴェルトリ子爵家とサクローナ伯爵家を引いてみる。どちらも領地を持たない貴族か。
領地を持たない貴族は三種類いる。ひとつは領主貴族の分家で、領地はもらえなかったが余っていた爵位はもらえたパターン。このパターンは本家の領地でなんらかの役職に就いていることが多い。有能な人材を囲い込みたくて爵位を与えるケースがほとんどだから、必然的にそうなる。
もうひとつはなんらかの業績を上げて、王家から新たに爵位を賜ったパターン。このパターンの貴族は前者より少ない。
最後のひとつは爵位を金で買ったパターン。先代の国王陛下は財政赤字を解消するため、献金も業績のひとつと叙爵のルールを歪曲して、金と引き換えに衆民の富裕層に爵位をばらまいた。だがこの政策は既存の貴族たちから猛反発を買った。貴族制度を崩壊させかねないからだ。この政策は一年足らずで撤回され、先代国王は生前退位に追い込まれた。
貴族年鑑に載っている両家の来歴によると、ヴェルトリ子爵家の初代は刀匠、サクローナ伯爵家の初代は陶工だったそうだ。どちらも珍しい二番目のパターンだ。両家とも二百年以上の歴史があり、そこそこ由緒がある。現在の両家の状況は、やはり最新版で確認した方がいいだろう。
頭の中でやるべきことが抽出できたので、手帳のページをめくってスケジュールを確認する。いくつかの依頼を並行して処理しているので、結構忙しい。ひとつの依頼に専念して生活ができるほど、衆民相手の弁護士の報酬は高くない。
*
俺は依頼人と一緒に事業を興すという友人を訪ねることにした。その友人はローラルドという名で、依頼人とは学校の同級生だったそうだ。調べてみたらすでに商会を営んでいた。その商会を訪ねようとしたのだが……
「なんでついて来るんだ?」
「見学です。弁護士の仕事の」
「法律学校の受験勉強は?」
「もちろんやってます」
「弁護助手も来年から資格が必要になる。そのことは話したよな?」
「ええ、聞きました」
「法律学校の入試よりはだいぶ易しくなる予定だから、滑り止めで受験しろと言ったよな。そっちの準備は?」
「これが終わったらすぐやります」
俺はため息を飲み込んだ。ときどき勉強を見ているからわかるが、このままだとどちらも落ちる。もう少し危機感を持ってほしい。
「どっちも落ちたら馘首にするぞ。伯父貴の了解はとってあるからな」
クローディアはふくれっ面をした。
「クローディアは何もしゃべるなよ。この前みたいに余計なことを言って証人を怒らせるような真似をしたら、即馘首だからな」
「……わかったわよ」
クローディアはふくれっ面のままだ。
ローラルドの商会は二等地と三等地の中間ぐらいの立地にあった。人の出入りが多く、なかなか活気がある。商会の中に入ってみると、入ってすぐの部屋はショールームになっているらしく、いろいろな商品が展示してある。小売はやっていないみたいだから、取引先向けのものだろう。
クローディアはここに来た目的を忘れて、キョロキョロしている。
「いろんな商品を扱っているのね」
「ほとんどはザーブルク製だな」
「安い日用品が多いね」
「そうだな。利幅が大きそうな高額商品は既存の大手商会に押さえられているだろうから、隙間を狙っているんだろう。一番高そうなのは……この皿かな?」
「お皿?」
「三百年の伝統があるマイゼンの白磁だよ。無地だから貴族向けじゃないが、衆民にはかなり高いぞ」
産業の急速な発展によって、慢性的に労働力が不足するようになった。最初は労働者から搾取していた資本家たちも、すぐに態度を改めて、賃金の引き上げによる労働者の獲得競争を繰り広げるようになった。その結果、労働者階級の衆民の中から中間層とでも呼ぶべき階級が出現した。彼ら中間層により国内の消費が拡大し、経済は更に成長した。今は衆民もささやかな贅沢ができる時代だ。
俺たちに気づいた女性の従業員がやってきた。
「いらっしゃいませ。どのようなご用件でしょうか」
ちょうどいいので質問してみる。
「これはマイゼンの白磁ですか」
「はい、そうです。人気のある商品です」
「いつごろから取り扱いをしているのですか」
「当商会では半年ほど前からです」
「そうですか。実は私、こういう者でして」
俺は名刺を渡す。弁護士の名刺を見た従業員は、警戒の色を顔に浮かべた。
「商会を訴えるとか、そういうことではありません。ローラルド商会長の友人のフィゲロ・ヴェルトリ子爵令息の紹介で来たんです。こちらはクローディア・マノワール伯爵令嬢です」
そうクローディアを紹介したら、従業員の態度が変わった。
「少しお待ち下さい」
従業員は慌てて奥の部屋に入っていった。
クローディアは何やら得意げな顔をしている。
「私を連れてきて、よかったでしょう」
「手近にあるものを利用しただけだ。商会長に居留守を使わせない方法はいくらでもある」
クローディアがふくれっ面をする前に、従業員が戻ってきた。
「こちらへどうぞ」




