エピローグ
久しぶりにクローディアが事務所にやってきた。弁護助手ではなく貴族令嬢の装いだ。
「二人ともガスに感謝してたよ」
「二人?」
「フィゲロ様とミリアナ様」
「……思い出した。で、結局あの二人はどうなったんだ?」
俺は二人分のお茶を淹れるため、席から立ち上がってキッチンに向かう。声が届くよう、キッチンの扉は開けておく。
「税理士として就職できたら結婚するって」
「まあ、それが無難だな」
会話を続けながらお茶を淹れる。
「でも衆民落ちしてから、やっていけるのかね」
「それってお金の話?」
「それもあるが、人づきあいもある。世話になった相手には直接挨拶に行くか、せめて直筆の礼状ぐらいは出さないと。いつまでも貴族のつもりでいたら後で苦労するぞ」
「二人にも事情があるんだよ。ガスは両家から恨まれているんだから」
「サクローナ伯爵の件は自業自得だし、ヴェルトリ家の恨みを買った覚えはないが」
「自社製品の包丁が犯罪に使われたことが広まったから、工房の印象が悪くなったんだって」
「あの工房の主力商品は軍に納入している銃剣とサーベルで、本物の人殺しのための道具だぞ。何をいまさら」
「多くの人がガスみたいに考えるわけじゃないよ」
「それは知っている。二人が表立って動けないから、クローディアがメッセンジャーとして来たのか」
「うん、そう」
「依頼人の希望通りになったのはよかったが、俺としては引き受けない方がよかったな」
「なぜそう思うの」
「あの依頼は大赤字になったからだ。裁判が和解ではなく中止になったから、成功報酬を請求できなかった」
「必要経費は請求できるでしょう」
「あの裁判には準備にかなりの時間を使った。日当に換算して計算したら、同じ時間を使ってスタンドで新聞を売っていた方が儲かっていたという結果になった。この事務所を維持するのにも金がかかるんだ。あんな効率の悪い依頼ばかり引き受けていたら、とてもやっていけない」
ポットからお茶をカップに注ぐ。
「裁判で得をしたのはあの二人だけで、それ以外は全員が損をしたな」
実は得をした人間はもう一人いる。エルヴィスだ。彼が書いた記事は反響が大きかったらしい。
「そういえばクローディアの方はどうなんだ」
「私?」
「縁談は順調なのか」
「ええ、春には正式に婚約をする予定よ」
「そうか。伯父貴もこれで安心するだろう。幸せになれよ」
二つのカップをトレイに載せる。
「訊かないの?」
「ん、何を?」
「相手が誰かを」
「言われてみれば、まだ聞いていなかったな」
「……ガスは私には関心がないのね」
「そういうわけじゃない」
トレイを持ち上げて扉の方を振り返ったが、クローディアの姿は見えなかった。
「クローディア?」
トレイを持ったまま扉をくぐる。だが事務所の中にクローディアの姿はなかった。
事務所の玄関の扉の蝶番が、微かに音を立てていた。
あとは外伝が一話、残っています。




