証人ヴァレミ・タンプ
「被告代理人に質問します。さきほど被告が暴漢に襲われたと述べましたが、それは事実ですか」
裁判長が訊いてきた。おそらく裁判長にとって新事実なのだろう。
「はい、事実です。その事件については証人を申請しています」
裁判長は再び書類を確認した。
「わかりました。では原告側による証人尋問を続けます。原告代理人、誰の証言を求めますか」
オルレード弁護士が呼んだのはローラルドだった。もっとも原告側が申請していた証人はローラルドしか残っていなかったので、他の選択肢はなかったのだが。
ローラルドは依頼人から口裏合わせを頼まれたことを証言した。
「なぜ被告の頼みを聞き入れたのですか。証人にとってメリットがあるように思えませんが」
「疎遠だったとはいえ知らない相手ではありませんし、貴族ですので断りにくかったのです」
「これで質問を終わります」
事実確認の質疑応答だけで終わったか。それ以上の印象操作は要らないと判断したのか、それとも難しいとあきらめたのか。
「被告代理人、反対尋問を」
俺は起立して、質問を始める。
「証人は商いをしているそうですが、具体的にはどのような商売をされているのですか」
「輸入した商品を国内の商人に卸しています」
「どのような商品を扱っているのですか」
「ザーブルグ共和国製の日用雑貨などです」
「原告の実家のことはご存知ですか」
「サクローナ伯爵家といいますと、王室御用達の陶器工房ですか」
「そうですね。さきほど証人は日用雑貨などを扱っていると言いましたが、それ以外に陶器と競合するような商品は扱っていないのですか」
「陶器と競合ですか。それですとマイゼンの白磁の食器類も扱っています」
「白磁の食器ですか。最近よく見かけますね。売れているのですか」
「ええ、おかげさまで人気商品になっています」
「白磁を扱うようになったのは、いつ頃からですか」
「半年ほど前です」
「証人は被告から口裏合わせを一ヵ月半ほど前に頼まれたそうですが、それ以前に被告と会ったのはいつですか」
「一年くらい前だと思います」
「そのときはどのような状況でしたか」
「歓楽街で偶然会って、一杯飲んだんです」
「酒の席でどんな話をしましたか」
「よく憶えていませんが、互いの近況報告くらいはしたと思います。ヴェルトリ氏が徴税官吏になったと知ったのはそのときですから。あとはとりとめのない世間話だったと思います」
「それは白磁を扱うようになる前の話ですね」
「そうです」
「以上で質問を終わります」
証言台のローラルドは一瞬拍子抜けしたかのような表情を浮かべた。俺がもっと厳しい質問をすると思っていたのだろうか。
「ご苦労さまでした。証人は退廷してください」
表情を引っ込めて、ローラルドは退廷する。
「原告側が申請した証人は全員証言しました。原告側の証人尋問は終了でよいですね」
オルレード弁護士は「はい」とだけ答えた。
「では被告代理人、冒頭弁論を」
「弁論は後回しにして、証人尋問を先に行いたいと思います」
俺がそう申し出たところ、裁判長は微かに表情を動かし、再び眼鏡をいじった。
普通は弁護士はこんな申し出はしない。まず弁論で結論を述べ証言で根拠を示す方が、証言を積み上げて結論を導くより裁判官を納得させやすいからだ。それに後者だと、相手の反対尋問で証言を突き崩されると、結論を示すことさえできなくなる。
「原告代理人、異議はありますか」
「ありません」
こちらがわざわざ困難な手段を選んだのだから、オルレード弁護士は反対しなかった。
「では被告代理人は、誰の証言を求めますか」
「ヴァレミ・タンプ氏の証言です」
また裁判長は書類を確認した。
「ヴァレミ・タンプ氏を入廷させてください」
タンプ氏が入廷したとき、傍聴席から軽いざわめきが起きた。タンプ氏は職務規定に従い、警察官の制服を着用していたのだ。裁判で事件について証言を行うのは、警察官としての公務とみなされる。
「証人は氏名と職業を述べてください」
「ヴァレミ・タンプ、リオン警察署に勤務する警察官、階級は警部補です」
「証人は宣誓を」
規則に従って警部補は宣誓をした。
「では被告代理人、証人尋問を始めてください」
俺が起立するのと同時に、証人は胸ポケットから折りたたんだ書類を取り出し、机の上に広げた。捜査についてまとめた資料だろう。
「証人は被告が暴漢に襲われた事件を捜査したそうですね」
「はい。私が捜査の指揮をとりました」
「犯人は判明しているのですか」
「現行犯で捕らえましたが、拘置所内で自殺しました」
傍聴席が大きくざわつく。さすがに裁判長が木槌に手を伸ばした。
「静粛に」
木槌が鳴るとすぐに静かになったので、質問を続ける。
「事件当日の事件の推移を教えてもらえますか」
「□月△日、退勤して帰宅途中の被害者は路上で刃物を持った暴漢に襲われました。偶然近くを警邏していた警察官二名がこれに気づき、被害者に危害が加えられる前に暴漢を取り押さえることに成功しました」
「暴漢の身元は判明しましたか」
「判明しています。氏名はイジドナ・シャルバック、男性、元商人です」
証人は机上の書類で確認しながら答える。
「動機はなんですか」
「怨恨です。滞納していた税金を被害者に取り立てられ、なけなしの財産を差し押さえられたことを逆恨みしての犯行です」
再び法廷が騒がしくなるが、裁判長が木槌に手を伸ばすほどではなかった。
「逆恨みをするのは解らなくもないですが、それだけで刃傷沙汰に及ぶのは極めて短絡的で、不自然に思えるのですが」
「取り調べで被疑者は、妻と娘の敵討ちだと供述していました」
「さきほどの動機の説明と矛盾しますね。その二人は被告によってなんらかの害を加えられたのですか」
「いいえ。将来を悲観した妻が娘を殺害した後、自殺したのです。いわゆる無理心中です」
一時は下がった騒がしさが、再び大きくなった。
「無理心中をするほど、経済的に追い詰められていたのですか」
「商人だった被疑者は、高値で売れると見込んで仕入れた商品がほとんど売れず、資金繰りに苦労していたようです。そこに財産差し押さえを食らい、それが致命傷となって破産しました」
「それなら確かに逆恨みしたくなるでしょうが、殺人未遂の動機としてはまだ弱い気がするのですが」
「破産の一因となった売れない商品というのが、被害者の実家であるヴェルトリ刀剣工房が作った包丁だったのです。妻が無理心中に使った凶器も、被疑者が被害者を襲ったときの凶器も、その包丁でした」
騒がしさの音量が大きく上がったので、裁判長が木槌を叩いた。
「静粛に!」
騒音が下がるのを待ってから、質問を続ける。
「それなら被告を襲った理由も解らなくはありません。もちろんそれで正当化されるわけではありませんが。犯人は拘置所で自殺したそうですが、妻子を追っての後追い自殺でしょうか」
「警察ではそう見ていますが、正確なところは判りません」
「どうやって自殺したのですか。当然凶器は取り上げたのでしょう」
「死因は縊死、つまり首吊りです。ズボンを吊っていたベルトを使いました」
「すると病死や他殺の可能性はないのですね」
「自殺で間違いないと警察では見ています」
「被告はこれらの事実を知っているのですか」
「事情聴取の際、被害者には説明しています。被害者には知る権利がありますので」
「自身の身の安全に関わることですからそうですね。『事情聴取の際』ということは、被告にも事情聴取を行ったのですか」
「はい。捜査上必要な手続きですから」
「事情聴取は被告が勤務していない日や時刻を選んで行ったのですか」
「いいえ。そういう特別な配慮をするケースもありますが、今回はそうではありません」
「では通常の勤務時間中に行ったわけですか」
「はい。捜査への理解を得るため、被害者が勤務している職場には警察から事情を説明をしました」
「それはおかしいですね。さきほど被告の上司が証言台で、事件のことは知らなかったと証言したのですが」
内心ではムッとしたはずだが、証人は表情を変えず淡々と証言を続けた。
「警察は正式な手続きに従って捜査を行っており、記録もとっています。被害者の職場で情報の伝達や共有がどうやって行われているかは、本官が関知しているところではありません」
オルレード弁護士の纏う雰囲気が悪くなる。自分が呼んだ証人の評価がまた下がったからな。
「もっともです。以上で質問を終わります」
そう言って俺が着席したところで、裁判長が促した。
「原告代理人、反対尋問を始めてください」
「……結構です。質問はありません」
この事件が婚約の問題とどう関わってくるのか見えない状況では、反対尋問が難しいという事情は解るが……少し投げやりになっていないか?
「ご苦労さまでした。証人は退廷してください」
裁判長は証人が退廷する間を利用して、書類を確認していた。
「被告側が申請した証人は全員証言しました。被告側の証人尋問は終了でよいですね」
ここで一気に畳みかけたいが、認められるか?
「異例ですが追加の証人を呼びたいと思います。被告側は被告人フィゲロ・ヴェルトリ氏に証言を求めたいと思います」




