↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
11/15

証人ザール・モンブゾン

 裁判所から通達が来た。公判の日程と原告側の証人のリストが載っているが、以前と比べると新しい名前が増えている。知らない名前なので、依頼人に連絡して確認してもらった。

「ザール・モンブゾン氏は私の直属の上司です」

 事務所に来た依頼人が答え合わせをした。

「ヴェルトリ様はモンブゾン氏に退職の意志を伝えていますか」

「いいえ、職場の誰にも話していません」

「個人的な親交はありますか」

「ありません。あくまで職場でのつきあいだけです」

 俺はちょっと考えるふりをする。

「そうしますと、相手はモンブゾン氏にヴェルトリ様の普段の職場での様子を証言させる気ですね」

「様子……つまり勤務態度ですか」

「あるいは業務上の実績ですね」

 依頼人が嫌そうな顔をする。

「モンブゾン氏は折り合いの悪い相手ですか」

「以前はそうではなかったのですが……」

 妙に歯切れが悪いな。いつから仲が悪くなった? その原因はなんだ? さすがにこれ以上は暗中模索というわけにはいかない。

「もしよろしければ、退職したい理由を話していただけませんか」


 依頼人から話を聞いた後、俺は警察署に向かった。警察署の受付で面会を申し込む。一般人だったら無理だろうが、弁護士の肩書はこういうときにも役に立つ。

 現れた中年男性は、俺と俺の名刺を見比べた。

「あなたがヴァレミ・タンプ警部補ですか」

 そう言いながら手を差し出すと、相手は俺の手を握り返してきた。

「ええ。そちらはオーギュスト・マノワ弁護士ですね。私になんの用です」

「私はフィゲロ・ヴェルトリ氏の依頼で動いていまして」

 タンプ警部補は怪訝な顔をした。

「ああ、憶えている。二ヵ月足らず前の事件ですからな。ですがアレは被疑者死亡で捜査は打ち切りになり、裁判も行われていません。今さら弁護士先生が動く理由はないと思いますが」

「私が担当しているのは事件ではありません。ヴェルトリ氏個人の裁判です。その裁判でタンプ警部補に証言をお願いしたいんです」

 警部補の怪訝の色が深くなった。

「それは別の裁判で事件の証言をしてくれ、ということですか」

「はい」

「なんの裁判ですか」

「ヴェルトリ氏は婚約をしているのですが、婚約相手の家といささかトラブルになっていまして」

 警部補は一瞬、上を向いた。何かを考えるか思い出すときの癖だろうか。

「ヴェルトリ氏は子爵令息でしたな。いわゆる悪役令嬢裁判ですか」

「俗な言い方をすればそうなります」

「その裁判と事件にどんな関係が?」

 俺は事情を説明して、なんとか証言を引き受けてもらった。


     *


 やり直しの公判では、原告のミリアナ・サクローナ嬢が出廷した。診断書の偽造による法廷侮辱罪で伯爵が出禁をくらったのだから、さすがに本人が出てくるしかない。そうは思ってはいたが、実際に原告の姿を見てホッとした。

 傍聴席を見ると、前回は十数人だったのに、今回は数十人の傍聴人がいる。あの新聞記事の影響だろうか、若い女性が多い。その中にエルヴィスはいたがクローディアの姿は見えなかった。今ではクローディアはめったに事務所に来ない。縁談が順調なのだろう。

 クローディアの戦線離脱は痛かった。情報収集の面では完全に勝てなくなったからだ。裁判が長引けば長引くほど不利になる。不本意だが一か八かの短期決戦で挑むしかない。できれば今日の公判で決着をつけられればよいのだが。

 そんなことを考えていたら、カンという木槌の音が頭の中と外に響いた。

「これより開廷します。原告代理人、冒頭弁論を」

 裁判長の宣言により、オルレード弁護士が席から立ち上がって弁論を始める。

 弁論の内容は予想通りだった。サクローナ家としては被告が優良物件の文官だから婚約を認めた。なのに文官を辞めるのは契約違反だ。こちらとしては婚約を破棄して慰謝料を請求する。要約するとそうなる。

 だが途中で裁判長から質問が入った。

「被告はすでに退職したのですか」

「いえ、退職の意思はあると聞いていますが、まだ退職はしていないはずです」

 オルレード弁護士の返事は、いささか歯切れが悪い。

「被告代理人、事実はどうなのですか」

 俺は起立して答える。

「原告側の言うとおりです。退職の意思はありますが、まだしていません」

「では退職せず今の仕事を続ければ、そもそも裁判で争う必要はないのではありませんか」

 裁判長は和解の可能性を探りたいようだ。念のために依頼人の方を見たが、彼は首を小さく横に振った。

「被告は次の仕事の準備をしている最中で、退職の意志は変わりません」

 それを聞いた裁判長は右手で軽く眼鏡の位置を直した。だが直す前とほとんど変わっていない。何かの癖かもしれない。

「では原告代理人、弁論を続けてください」

「弁論は以上です。原告側は証人尋問に移りたいと思います」

 弁論を途中で打ち切ったということは、このタイミングで証言をさせた方が効果的と踏んだということか。

「誰の証言を求めますか」

「ザール・モンブゾン氏に証言をお願いします」

 裁判長は書類を見ている。申請済みの証人の名前を確認しているのだろう。

「認めます。証人を入廷させてください」

 係員に案内されて、中年男性が証言台に立つ。

「証人は氏名と職業を述べてください」

「ザール・モンブゾン、王室財務局に勤務している文官です」

「証人は宣誓を」

 係員が証言台のテーブルに聖書とメモを置く。モンブゾン氏は左手を聖書に置き、右手の肘から先を上に挙げて、メモに書かれた宣誓文を読んだ。

「私は神に誓って真実のみを述べることを約束します」

 宣誓がすむと、係員が聖書とメモを片付けた。

「では原告代理人、証人尋問を始めてください」

 オルレード弁護士は自信満々の様子で質問を始めた。質疑の内容はあらかじめ打ち合わせているのだろう。

「まず証人と被告の関係を教えてください」

「彼、フィゲロ・ヴェルトリ氏は私の部下です」

「同じ職場で働いているのですね」

「はい。王室財務局で徴税官吏として働いています」

 税金取り立て人と聞いて傍聴席が少しざわめくが、裁判長が注意するほどではなかった。

「職場での被告はどのような人物ですか」

「一言でいえば、身勝手ですな」

 なるほど、依頼人が嫌な顔をするわけだ。

「なぜそう思うのですか」

「たびたび上司である私の指示を無視し、勝手な行動をしていました」

「勝手な行動とは、具体的にはどのようなものですか」

「税金の滞納者への取り立てを指示したのに、督促だけですませるというのが最も多いですな。真面目に払っている納税者に対して、申し訳ない限りです」

 その後もう少し質疑応答が続いて、依頼人がいかに無能で無責任かのアピールが続いた。ときどき横目で依頼人の様子を確認したが、こうなることはあらかじめ伝えておいたので、なんとか耐えているようだった。

「ところで被告が退職を考えていたことを、証人はご存知でしたか」

「いいえ、知りませんでした」

「相談などは受けていなかったのですか」

「全く受けていません」

「なぜ証人に相談しなかったのでしょう」

 ここで挙手する。

「異議あり。原告側は事実ではなく憶測を言わせようとしています」

「異議を認めます。原告代理人は質問を変更するように」

 俺の異議が通ったが、オルレード弁護士は余裕を見せた。

「これで原告側の質問を終わります」

 裁判長の指示をノーカン扱いして、オルレード弁護士は着席した。それを見て勘違いしたのか、証人も退席しようとしたが、裁判長に止められる。

「証人は証言台に残ってください」

「証言は終わったのではありませんか」

「被告側による反対尋問が残っています」

「反対尋問? 聞いていませんぞ」

「そうですか。では誰かが説明責任を果たしていなかったのでしょう」

 痛烈な嫌味だ。裁判官は普通はそんな発言はしないのだが、それだけ初日の印象が悪かったのだろう。

「私の不手際だったようです」

 着席したままオルレード弁護士が発言する。そういう態度(ところ)はお貴族様だ。

「では被告代理人、反対尋問を始めてください」

 俺は起立して質問を始める。

「証人は被告と同じ職場で働いているのですね。その期間はどのくらいですか」

「そうですね。四年、いや五年近くになります」

「さきほど証人は被告の勤務態度について証言しましたが、それは五年前から同じでしたか」

「いいえ。最初は真面目に働いていました」

「能力面ではどうでしたか」

「飛び抜けてというほどではありませんが、まあまあ優秀でした」

「では最初は優秀な方だったが、途中で変わったということですか」

「ええ、そうです」

「被告が変わったのはいつ頃ですか」

「……二ヵ月ぐらい前ですな」

 傍聴席が軽くざわめく。今までさんざん悪口を聞かされてきたが、実は五年のうちほとんどの期間は真面目で優秀だったというのだから、印象が大きく変わる。

「被告が変わった原因に心当たりはありますか」

「ありませんな。本人に訊いた方が早いでしょう」

「証人は訊かれたことにのみ答えてください」

 裁判長から注意が飛ぶ。

「本人に訊いた方が早い、確かにそうですね。では証人は被告本人に原因を訊かなかったのですか」

「訊きませんでした」

「なぜ訊かなかったのですか」

「……そこまでする必要はないと思ったのです」

「部下の能力(パフォーマンス)が落ちていることには気づいたが、その原因には関心がなかったということですね」

「……ええ」

 これで、実は証人は無能な上司ではないか、という印象も作れた。

「今からおよそ二ヵ月前の□月△日、被告が暴漢に襲われたことは知っていますか」

 今日ここまでで最大のざわめきが法廷に起きた。

「いいえ」

「被告が変わったのは□月△日より前ですか、それとも後ですか」

「……判りません。記憶が曖昧で」

『記憶が曖昧』というのは便利な逃げ口上だが、これまでの証言の信憑性を疑わせる言葉でもある。

「そうですか。以上で質問を終わります」

 そう言って着席する。

「ご苦労さまでした。証人は退廷してください」

 裁判長に促され、係員に誘導されて、証人は証言台を去った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。