頼りないロミオ
裁判が延期になったので、俺も依頼人も時間が余った。なのでクローディアと合流して三人で俺の事務所に移動した。
「クローディアさ……まはただの助手かと思っていたのですが、マノワール伯爵家の令嬢だったのですか」
依頼人が意外さと恐縮が半々に混じった様子で言う。裁判を傍聴する予定だったので、クローディアは本来の身分にふさわしい服装をしていた。
「彼女は私の従妹でして、将来は弁護士を目指しているのです」
「そうでしたか」
依頼人の俺を視る視線が、少し探るようなものに変わった気がする。
「私は分家の衆民ですよ」
そう言って自分で淹れたお茶に口をつける。さすがにデイドレス姿の彼女にお茶を淹れてもらう気にはなれなかった。俺も人間を服装で判断しているということか。
「ヴェルトリ様、我々が目指すべきは勝利ではありません。和解です」
依頼人は怪訝な顔をしている。もう少し丁寧に説明すべきか。
「もしこの裁判でサクローナ伯爵家をボコボコにして勝てば、先方からの婚約破棄は回避できるでしょう。しかし、その後でもヴェルトリ様は婚約者様と良好な関係を続けられる自信がおありですか」
依頼人はちょっと考える素振りを見せたが、すぐに結論が出た。
「……難しいと思います」
「ですからあえて白黒をつけず、和解を目指すのです。誤解のせいで遠回りをしたが落ち着くべきところに落ち着いた、両家がそう思えるような結末を目指すのです」
「なるほど」
「私が調べたところ──」
実際に調べたのはクローディアとピエールだが、そこまで話す必要はない。
「──サクローナ伯爵家で、一番和解の障害になりそうな人物が伯爵でした。伯爵を法廷から遠ざけて、婚約者様ご本人を引っ張り出すことが和解への必須条件だったのです」
そこまで話すと、ようやく依頼人は納得した表情になった。
「そもそもヴェルトリ様は、なぜサクローナ伯爵から目の敵にされているか、ご理解できていますか」
依頼人の表情が、納得から一転して困惑になった。
「私が勝手に今の職場を辞めたいと言ったからでは?」
「そうお考えになった根拠はなんでしょう」
「それ以前の関係は悪くなかったので……」
依頼人の言葉は途中で尻すぼみになった。
「私は退職したいと言った後についた、ヴェルトリ様の嘘のせいではないかと考えています」
依頼人は眉間に皺を寄せた。
「ローラルドと一緒に事業をすると言った、アレですか?」
「口裏合わせを頼むために、ローラルド氏の商会を訪ねましたね」
「ええ」
「商会の入口にはショールームがありましたが、どんな商品を扱っているか見ましたか」
「確か日用雑貨……ですよね」
途中から自信のない口調になったな。
「大部分はそうですが、最近の人気商品はマイゼンの白磁の食器だそうです」
「あ……」
依頼人は絶句して天を仰いだ。婚約相手の実家の家業を思い出したようだ。
「優良物件だと思っていた娘の婚約者が、突然商売敵になると宣言したんです。伯爵のあの頑なな態度も当然でしょう」
「……誤解を解かないといけない」
天を仰いだまま(見えているのは事務所の天井のはずだが)、依頼人が漏らすように言う。
「そのとおりですが、勝手にやろうとしないでください。裁判で争っている相手との接触は慎重にしなければなりません。素人考えでやったら大火傷をします」
依頼人は天井を仰ぐのをやめて、俺の方を見た。
「わかりました」
「それにヴェルトリ様には、先にやっていただかなければならないことがあります」
「……それはなんですか」
「退職後の身の振り方です。ご結婚後の生活をどうなさるのか、サクローナ伯爵家を納得させられるような見通しを示さなければなりません」
依頼人はため息をついた。つきたいのは俺の方なのだが。
「やはり、そうですよね」
「今度は思いつきや嘘は通用しません」
「もちろん、わかっています……そう言っても信用されないかもしれませんが」
「私は理解しますが、先方の信用を得るのは大変かもしれません。なにか具体的なお考えはおありですか」
「いくつか検討はしていますが、現在と同程度の収入を得られる仕事はなかなか……」
「私はそちらは専門外ですのでお力にはなれません。すでに職場を退職したOBに話を聞くとか、これまでの仕事と関連がある、例えば税金関係の資格を取得するとか、その程度の一般論しか申し上げられません」
「確かに一般論ですね」
先ほどのフィフィと同様に言いすぎたか? やはりお貴族様の相手は苦手だ。
「そちらはお任せしますので、先方との交渉は私にお任せください」
「ええ、よろしくお願いします」
依頼人が帰ったところで、クローディアが口を開いた。
「あの人、大丈夫なの?」
「依頼人のことか?」
「なんというか……頼りないのよね」
「普通の人間は裁判の素人で、裁判には怖いものというイメージを持っているだろう。だから俺のような専門家がいるんだ」
クローディアの眉が軽いハの字になる。納得できないらしい。
「専門家から見れば、素人が頼りないのは当たり前だ」
「そうじゃなくて、女性から見て、異性としての頼もしさを感じないのよ」
確かに同性の俺から見ても頼もしいタイプじゃない。だが弁護士は品評会の審査員じゃない。
「弁護士の仕事は依頼人の権利と利益を守ることだ。サクローナ伯爵は依頼人に値札をつけたが、俺たちもそうしていいわけじゃない」
ハの字の隙間に皺が寄る。
「俺たちは仲人じゃない。『今のお相手はあきらめて、別のお相手を探してください』そんなこと言えるはずがないし、言うべきじゃない」
「お父様から縁談を薦められたわ」
俺は一瞬、絶句した。
「……そうか」
「それだけ?」
「ちょっと混乱している。唐突だったからな」
「ガスがお父様にそうしろと言ったんじゃないの」
「伯父貴がそう言ったのか」
「いいえ。それより気にならないの」
「何が?」
「縁談の、あ・い・て」
「分家の俺が本家の問題に口出しできるわけないだろう」
このとき俺はひとつの可能性に思い至った。
「ひょっとして、この裁判の関係者か?」
「違うわよ。全然関係ない人」
「そうか……弁護士としては、ひと安心だ」
「弁護士としては、ね」
「従兄としては気になるが、俺にできることは何もない」
「ええ、確かにそうね。でもガスにも影響はあるわよ」
「というと?」
「もう弁護士も助手も目指さなくていい。お父様にそう言われたわ」
*
翌日、俺はピエールの興信所を訪ねた。
「へえ、あのお嬢様が結婚か」
「まだそこまで話は進んでいない。婚約するかどうか、本人同士で詰めている最中らしい」
「貴族の結婚て、親が決めるものじゃないの」
「今は悪役令嬢防止法があるから、本人を無視して決められないんだ。そういうわけで、クローディアは調査に協力できなくなった。単独でもできそうか?」
「正直に言うと、厳しいね」
俺は出されたお茶を口にする。貴人向けじゃない、いつものやつだ。
「では調査依頼は終了にする。今までご苦労さん」
「どういたしまして。最後の報告書はいつまでに要る?」
「次の公判の日程は決まっていないが、早い方がいい。追加料金が発生しない範囲でなるべく早く」
「うん。こちらも他所から新しい依頼を引っ張ってこないといけないから、なるべく早く済ませるよ」
ピエールは俺の前に新聞を出した。エルヴィスが勤めている新聞社の大衆紙だ。
「朝刊に裁判の記事が載っていたよ。『鉄の乙女の大失策』ってね」
俺は茶碗を置いて、新聞を手に取り広げる。読んでみると、嘘は書いていないが、かなり衝撃的な記事になっていた。
「次の公判は荒れそうだな」
「健闘を祈るよ。もし新しい依頼があれば、遠慮なくどうぞ」
「相手がオルレード公爵家でも?」
「さすがにそれは無理だね……本気で調べたいのか」
「いいや、言ってみただけだ」
俺は再び茶碗を手に取り、中身を飲み干す。




