六話:聖句
そのころ、私は、街を、霧の中を、あてもなくさまよっていた。
――
破滅という名の思いきりは、妙に気分がいいものであった。
地下室には、石段を降りた先の広間の他に、その奥にいくつかの小部屋があった。何度も通ったが、ついぞ気づかなかったこの小部屋を含めれば、屋根裏部屋よりも格段に広かった。――快適とは言えないが。
当初の私は、むしろ新たな環境に心を踊らせていたものだ。
――最初の夜を迎えるまでの束の間であったが。
一つか二つの夜を跨ぎ、床の冷たさに私はたまらず、やや大げさなベッドと、マットレスと、毛布を買った。絨毯も買った。スイの衣装掛けと、床に直で敷いたマットレスに転がる彼女を気の毒に思い、ベッドも買ってやった。それから、小ぶりなスツールを買った。かつてオブサーバーが座っていた椅子は、彼女には少し大きいような気がしたからである。――卓の上にある、上質なペンとインクは、なにかを始めたかった私の、筋の通らない浪費であった。
日に日に減ってゆく、布袋の中で混ぜた貯蓄と餞別を数えながら、私は煙草を吸う。シャンデリアの紙煙草も、いまでは調達の宛がない。私は一本吸い、もう一本を吸う。積み重なる空箱を数えながら、地下室の冷たい空気のなかで、煙の温かさだけを頼りにしていた。
スイは広間の隅に置かれたスツールに座り、私の、提出先を失ったノートを黙って読んでいた。
――彼女はただ黙っていたのである。
彼女が私を責めたことなどなかったが、逼迫する状況の中で、自罰的な言葉で自らを慰める、その手が滑り、しばしばその沈黙を、責めと取り違えた。
だからだ。私は用もないのに地下室を出て、街を歩いていたのである。情報収集という慣れた日々を演じることが、唯一の気晴らしとなっていた。スイを連れて出ることもあれば、彼女を地下に置いていくこともあった。
その日は、連れて出た。
私たちは商業区の門、何度も嘲笑った、標語の前を通り、大通りに出る。鉄道の走る煉瓦の高架沿いを進みながら、高架下の浮浪者のテント、小銭を稼ぐ道化、露店に混じる星占いを眺めて、それから、歴史ある百貨店の横を通り過ぎた。
やがて、古い大聖堂の前に出たのである。私はその大きさに、思わず見上げるが、変わらずこの街に、いや、私たちに付き纏う霧は、今日も頭の上を曖昧にしていたのである。
それから、私の関心は通りの向いに建つ天文台の方に向いた。名はなんといったか、新聞か雑誌で見かけた気がするが、それを覚えるほど、興味があったわけではない。ただ、対立として語られがちな科学者と聖職者が、通りを挟んで向かい合っていることが、愉快で仕方なかったのである。
――ふと、声を掛けられる。
大聖堂の正面、階段の下に、女が数人立っていた。彼女たちは黒に近い濃紺の外套を揃いに着て、首元に小さな銀の十字を掛けている。年齢はさまざまで、いわゆる婦人伝道会というやつか。女たちは通りすがりの人々に、小さな冊子を差し出していた。
「神の言葉を、お持ちください」
そう言って、その中の一人が、進む私の前に立ち塞がった。私は彼女の顔をろくに見なかったが、私の右手は伸びてきた手を払うこともできず、小冊子を受け取った――これも良き市民としての所作である。冊子は手のひらに収まる程度の、小さく、薄い本で、ざらついた灰色の表紙には、粗末な印刷で題が書かれていた。概ね教会が街頭配布用に大量に作ったものだろう。
私はそれを開かず、左手に持ち替え、それから隣を歩くスイに押し付けて、まっすぐ聖堂の前を通り過ぎた。
「いいの」
「いいよ。私には用がない」
婦人は私たちが立ち去るあいだ、終始にこやかな笑みを崩さなかった。彼女たちは何百人もに同じ笑みを向けてきたのであろう。私たちはそのうちの二人だ。――救済されるための労働とは、ご苦労なことである。
私は、スイが冊子をどうしたかなど知る由もないままに、来た道を戻り、地下室に帰った頃には、すでに午後の遅い時刻となっていた。
――
私がランプに火を灯すと、立ち上がる炎と共に、爆ぜる音が微かに聞こえる。静寂は、この地下室の数少ない魅力であった。
それから私は、卓の前に座った。今日の観察を、ノートにでも書き留めようと思い、ペンにインクを浸したとき。
「心の貧しい者は、幸いである。天の国はその人たちのものである」
――奇妙な言葉が聞こえてきたのである。
聞き馴染みのある声。だが、私は、その言葉の出どころに見当がつかなかった。
微かに灯された手元とは違う。暗い、暗い部屋の奥に目を凝らしたとき、隅に置かれたスツールに座り、膝の上に置かれた小冊子を読んでいるスイの姿が目についた。――その情景と、言葉が繋がるまでに、しばしの時間を要したが、不意に昼間に受け取った冊子のことを思い出した。
「悲しむ者は、幸いである。その人たちは慰められる」
戯言である。それでも私がやめさせなかったのは、彼女の声が低く、慎ましく、それでいて澄んでいたからであろう。彼女は文字を一字ずつ、丁寧に、淀みなく読んだ。
冷たい地下室に、彼女の声が波紋のように広がった。石壁に当たり、返ってくる声は幾重にも重なり、深い闇の中に、霧のように沈殿していった。
私は紙煙草に火をつけた。シャンデリア産の芳醇な煙草である。貴重な一箱の、何本目か分からない一本であった。煙を吐きながら、ほんの余興のつもりで、私は彼女の声に耳を傾ける。
「柔和な者は、幸いである。その人たちは地を受け継ぐ」
「義に飢え渇く者は、幸いである。その人たちは満たされる」
――戯言だ。全くの戯言である。私の感想はそれだけだった。
心の貧しい者は天の国へゆく、悲しむ者は慰められる、柔和な者は地を受け継ぐ。義に飢え渇く者は満たされる。
これらの言葉が、いま、どれほど現実から離れていることか。心の貧しい者は、この国で浮浪者となる。悲しむ者は、哀れな道化として三面を飾り、だれかの慰めとなる。柔和な者は、より強き者に征服され、地を追われる。義に飢え渇く者が残した煙草は、もはや尽きかけている。
これが現実であった。これを覆い隠すための言葉が、二千年前から繰り返されてきたに過ぎない。
これは権力者の言葉である。そして、弱い者が権威を得るための言葉である。それを暴こうとする知性は罪である。禁断の果実をもいだのは、他ならぬ好奇心であるから。故に、あなたの苦しみとは、その原罪の招いたものである。
そう、敗者とは、自罰に酔う生き物である。
「憐れみ深い者は、幸いである。その人たちは憐れみを受ける」
スイの声が、ふたたび新しい一節を読みはじめた。――私は彼女の手から小冊子を“無慈悲に”取り上げた。
「フェリクス」
スイは私を見上げたが、何もできず、言わず、そのまま両手を膝に戻した。
私は冊子を卓の上に開き、インクの付いたペンで書き始めた。
「心の清い者は、幸いである。その人たちは神を見る」
私は書いた——「だが、どうだ、神を追放したのは、他ならぬ我々ではないか」。
「平和を実現する者は、幸いである。その人たちは神の子と呼ばれる」。
私は書いた——「だが、どうだ、戦場から帰った人々は、失業者となり、民族主義者となった」。
「義のために迫害される者は、幸いである。天の国はその人たちのものである」。
私は書いた——「だが、どうだ、この国では政治犯として処刑されるのだ」。
聖句の余白に、私の言葉を書き加えていった。
私はずっと、そうしてきた。だが、これほどまでの興奮を覚えたことがあっただろうか。冊子の聖句がいかに綺麗事で、いかに説教臭く、いかにくだらないものか、それを一行ずつ私の手で、私の字で、私の言葉で、切り裂いていった。
私の注釈が、聖句の詭弁を、欺瞞を、埋めていく。粗末な印刷の文字の脇に、私の癖字が並んでいった。
これは冒涜であった。神への冒涜であり、教会への冒涜であり、配っていた婦人たちへの冒涜でもあった。それだけではない、この街への、秩序への、世界への、復讐であった。
――どれくらいそうしていたか、私には分からない。
気がつくと、冊子の頁はほぼ全て、私の書き込みで埋まっていた。インクは注ぐたびに卓に跳ね、おろしたてのペン先は丸くなっていた。私の指先は、暗闇の中でもわかるほどに黒く汚れていた。




