『神代の黄昏——カザン要塞戦より五年』
『THE NEW ORDER』
発行所:ラプチャー・リテラリー社
寄稿者:アリスン・キャベンディッシュ
『神代の黄昏——カザン要塞戦より五年』
二十年戦争は終結した。帝国の華々しき勝利によって飾られたと。諸君は、そう知っているはずだ。
されども、どうだ、社会は未だ、混迷の最中にある。私は問いたい——我々の戦争は、本当に終わったのだろうか。
戦争末期、我がユーフォリア帝国は「霧の都」ラプチャーの遥か西方、アルカザンの地にて、北方の雄、帝冠キレイナ国と、一つの要塞をめぐり衝突した。帝国の臣民であれば誰しも、この戦闘の名はすでに耳に馴染んでいるであろう。
カザン戦争。これは史上初の、大国同士がライフル銃と後装式大砲、そして、新兵器たる「機関銃」を用いて戦った戦争である。
機関銃。あるいは、新聞各紙が好んで呼ぶところの『機械仕掛けの竜』。
――かつて、鈍重で故障がちな、非正規戦、陣地防御向けの脇役と思われていたからくりが、近代の荒波の中で竜となり、古代より連綿と続いた剣と英雄の物語を、歩兵の神話を、一つの時代を、終わらせたのだ。今や鎧を纏った英傑も、猛き駿馬も、雨のように注ぐ小指ほどの弾丸を前に、地に伏すよりほかにないのである。
幾万の屍が陣地に、要塞に、積み重なった。だが、両軍ともに、犠牲を撤退の理由とすることなどできなかった。なぜならば。
——諸君、よくお聞き願いたい。
彼らの背後には、鉄道が、新聞が、帳簿が、国債が、市場があったからである。死者は統計として計上され、新たな兵士が徴兵令によって列車に乗せられた。軍服を女たちがミシンで縫い、工場が大砲を生産し、補給は時刻表に従って到着したのだ。
戦争は、もはや叙事詩ではない。生産力と輸送力の関数である。これが、カザン要塞が我々に授けた教示の第一である。
第二に、こうだ。
かつて、神罰が、退廃に耽る幾万人の住まう都市を焼き払ったという伝承を、教養深き諸君は聞いたことがあるだろう。火と硫黄が天より降り、血肉も、家も、神殿さえも、煤の奥へと沈んだと。けれども、どうだろう、新たな時代への熱狂を知る我々にとって、神罰などもはや生温いのではないか。今世紀、我々は機械をもって、神の業を超えた。
――窓の外を見てみよ。霧の都の煙突が、嬉々として煤を天へ上らせているではないか。
我々は、神の火よりも熱い火を起こし、罰の硫黄を燃料として扱っているのである。
神は我々を見放したのだろうか。
——いや、然らず。神は、他ならぬ我々が殺したのである。
さて、ここまで読み進めた諸君のなかには、疑念を抱く方もおられよう。事実として戦争は終わったではないかと。教会からの離反も叫ばれて久しい。そしてそれは、しばしば進歩の文脈でも語られた。ならばいまさら何の話か、と。
だからこそ、私は問う。迷信の帳が下りた後に、一体何が残ったというのか。
戦争経済のツケは、いま、帝国の蔵に、人びとの生活に、押し寄せている。戦時に発行された国債が財政を貪り、戦時に拡大した軍需産業は平時の市場を持たず、戦時に動員された兵士たちは故郷で職を失った。宴のあとに、家計簿を見て、溜息をついた経験のある方も少なくないはずだ。
華々しい凱旋は今も語られている。これは、まさしく、後遺症をひた隠しにするしぐさである。戦後、五年経った今、街角にはなにがあるか。通りに座り込む失業者、工場から帰る女たち、路地裏の占い師、そして声を張る民族主義者の姿だ。諸君のなかにも、その姿に怪訝の念を覚え、目を合わせぬよう、立ち去ったものも少なくないだろう。
軍部は中央において権勢を誇る。彼らは戦勝の立役者であると同時に、建国の英雄である皇帝とも連帯が深い。ならば、その地位を決して譲ろうとはしないだろう。奇妙なことに、産業の時代にあって軽視されていた教会権力もまた、影響力を取り戻しつつある。戦場に、教会戦車を、聖女を送り、戦争という名の事業への支持を表明した功が、帝国の神話の中に居場所を作ったのだ。
神を殺したのは他ならぬ我々であったが、世が荒めば人は神に祈る。結局のところ、矛盾に満ちた人々が縋る先は、教会であり、そしてときに、まじない師でもあった。
帝国の出生を振り返れば、もとは諸国民の春の中の、一州であった。だが、この一州には英雄がいた、効率的な軍事制度があった、積極的な技術革新があった。そして、周辺国の併合を繰り返しながらユーフォリア帝国を形作ったのだ。民族主義が血の病であることは、出自からして明白だった。
そして皮肉なことに、二十年の動乱こそが、それを棚上げしていたのだ。さらなる版図拡大への渇望、国際的な地位の確立、外敵との闘争。これらの下で、我々はユーフォリアの臣民として統合され、学校で同じ言語を学び、新聞で同じ記事を読み、列車で我々の国土を旅したのだ。
これこそが、建国から三十年あまりで、列強と名乗るにふさわしい帝国を作り上げた所以であり、同時に、国家を、戦争を遂行するための機関とする呪いでもあった。
然らば、これは、必然だ。終戦から五年を迎えた今、己が血の出自を問い、己が祖先の名を取り戻そうとしている。帝国を形作った機構そのものが、帝国を内側より引き裂きつつあるのだ。
――
いま、一つの世紀の幕引きを目前として、国際情勢は、緊張を高めている。
そして、帝国もまた、成立三十年の節目を迎え、帝国府は威信の発揮に情熱を注いでいる。着々と進められてきた、軍の更新と再編は、ここに来て最盛を迎えたと言っても過言ではないだろう。――行進や訓練の様子が、何度、新聞の一面を飾ったことだろうか。諸君ならばよく知っているはずだ。
我々は、諸問題の一切を輸出し続ける過程で、神さえも下し、そして、一つの時代を終わらせたのである。しかし、戦後五年という歳月の妙は、熱狂を冷ますには短く、混乱の猶予としては長すぎたということだ。もはや安息の地など訪れまい。望まずとも、新たな時代の夜が明ける。
――ならば、歩むべきは一つ。
我々が、我々であるために、自らを定義するために、前進し続けなければならないのだ。




