十話A:至る門
私と聴衆との対話は、いまや活動の一環となっていた。
スイの諳んじる聖句から始まり、やがて、聴衆が集まることに変わりはない。だが、そのうちの誰かが、問いを発すれば、それに答えるのが、私の役割となっていた。そこから討論が始まり、また新たな問いがどこかから飛ぶ。そして私はまた答える。
スイが読んでいた言葉は、やがて背景へと退き、私の口と聴衆との応酬が前景に踊り出る。
そうなれば、スイは諳んじることを止め、私の傍らで聞いていることが多くなっていたが、それでも、私が必要としたときに、必要とした節を確実に届けた。
帽子のなかの硬貨も、少しずつ増え、当初と比べれば、確実に多くなっていた。しかしそれでも、生活を一段階上へ押し上げるほどには、到底及ばなかった。私たちの装いの新調、スイのドレスの繕い、それから湿気の匂いを紛らわすための香を買った。気づけば硬貨は生活物資をなんとか賄う程度にしか残らず、蓄えなどできるはずもなかった。
――
その日もまた、私たちは門の下、通りの隅に立っていた。
言葉を一周分、諳んじ終えたスイは、一旦、息を整えるべく、私の傍らで黙っていた。一方の私は、いまや常連となった三、四人の聴衆と論を繰り広げていた。話題は変わらず――飽きもせず、神と、世相についてのものだった。聴衆は、私から皮肉を引き出し、聖と俗が、同じ言葉で批判される様を好んでいたように思う。
彼らは神の存在を半ば疑い、その関心はもっぱら、権力を手にし、階級を上げることに注がれていた。
だが、世界がどう変わろうとも、時代がどう変わろうとも、神への疑いを大っぴらに叫ぶことはできまい。信仰とは世代を跨ぐ様式であった。子供の頃、親から教わった神の物語と、今の自分が生きる、現実のはざまで迷える人に、私の語る“殺された神への葬送”は、さぞ痛快であったろう。
そのとき、聴衆の輪の外側に、一人の婦人が立っていることに気づいた。
濃紺の外套を着て、首元には銀の十字を掛けている。その女が、商業区の門の前を、偶然に通りかかった者とは到底思えなかった。女の佇まいは明らかに、私を見るためだけのものであった。
私たちの対話が一段落して、常連たちが目を見合わせながら次の問いを思案している背中に、女は慎ましく声をかける。
「失礼いたします」
その声は深く、厳かであった。それでいてどこか、スイのものと似た響きを持った声調だった。
「あなたが、ここで毎日、聖句を語っておいでの方ですね」
そう言って、女は静かに一歩、踏み出す。――聴衆が左右に割れ、道を作る。その問いに、私は一拍置き、それから「ああ」と、短く答えた。
「少しお話をしてもよろしいでしょうか」
女はそう言って、前へと進み出た。
人々は、その女が現れたことに、何やら驚いている様子であった。私を囲んでいたはずの聴衆も、自分たちが邪魔をしていると感じたか、もしくは厄介事に巻き込まれるまいと思ってか、口々に挨拶めいたものを残しては、皆そそくさとその場を離れていった。
結局、その場に残った者は、私とスイと、その女だけとなっていた。
――女が私の真正面までやってきたとき、私はその顔を、体を、まじまじと見てやった。
女は、その貫禄からは想像できないほどに、若かったのである。せいぜい、私より一つか、二つ程度、年長といったところだろうか。襟元から溢れる明るいブロンドは、いつだって薄暗いこの街の、微かな光さえも拾って艶めく。
外套の裾から覗く、ローブや前掛けから察するに、修道女であろう。だが、その“整った顔立ち”が、宣教婦人のような薄気味悪い笑みを作ることはなかった。それどころか、その整い方は彫刻的な美に近く、街で時折見かける、華やかな婦人たちのものとは違う、底しれぬ憂いを帯びているように見えた。
「何者か」と、私は問うた。
「ある教会の者です」
「ある、というのは」
「さる、教会でございます」
まったくもって慇懃な物言いで、奇妙にはぐらかす。けれどもその表情は、自分が誰であるかと名乗らないことを、丁重に詫びるかのようだった。私はそれ以上は問わず、話を進めた。
「用件は」
「用件と、申されますか」
女は少し考える。それから、言葉を慎重に選ぶように、一言一言を区切りながら話してゆく。
「率直に申し上げます。あなたがこの門の下で語っておられること。それは、教会にとって、あまり好ましいものではございません」
「だろうな」と私は言った。
無理もない。秩序の下で、その言葉は至極真っ当であった。この地区の教会がどこにあるかなど、私には知る由もないが、見つかれば少なくとも、自分たちの権威を疑う厄介者として、追い払われることは、自明の理である。
「ご理解いただけましたら、お話が穏やかに収まります」
だが――
それが、どうしたことか。私が大人しく引き下がってやる理由などどこにもなかった。
「教会の権威が、あなたをここへと送ったのか」
私は頭の中で、聴衆との語らいを浮かべる、帽子の中の硬貨を算用する。それが失われてからの空虚を、生活を、思う。
けれども女は、私の悲観とは裏腹に、
「いいえ」と、穏やかに答えて見せた。
「私は自らの意志で、ここに参りました。誰から命じられたわけではございません」
「それは、全く、ご奇特なことだ」
思わぬ返答に乱された私の心は、女の澄まし顔を乱し返してやりたくて、少しばかりの嫌味を込める――続く言葉として、神の思し召しを期待するかのように。
「お言葉ですが」女は澄ました顔で続けた。
「あなたの語っておいでの、いえ、そちらの少女に語らせている言葉は、聖書のものではないと、私には分かります」
「私もある程度、聖書を学んだ身ですから」
女はそう言うと、初めて、わずかに微笑んだ。その僅かな笑みは、決して、これから小綺麗な講釈を並べるためのものではなかった。むしろ無慈悲な運命を、ただ受け入れよとだけ申す、圧力にすら見えた。
「あなたが語っておいでのものは、聖書を装った別のものです。それを、この地区の門の下で、日々、行き交う人々に聞かせている。これを、教会の側から看過することは、できません」
「故に、強制が及ぶのも時間の問題かと存じます。ですから、今日の段階で、私が一人で参りまして、お願いをしておきたいのです。どうぞ、お止めになってはいただけませんか」
私は女の、青く深い、どこまでも深く沈む瞳を見た。
脅し文句ではないだろう、力の布告でもないだろう。女は偽りなく“願い”と思って、ここに来ていたに違いない。でなければ、こんなに回りくどくは言うまい。これは修道女としての慈悲であったのだろうか。
その、澄ました顔を見て、それを簡単に言ってのける姿を見て、
――私のなかで、何かが疼く。
それは、たぶん、私が頭の中で反駁させてきた、もうひとつの瞬間であった。教会から差し向けられた誰かが、私のところに来て、止めろと言う瞬間。そのときに私がどう立ち向かうか、私は何度も想像していた。私は冷笑的に拒絶することも、穏やかに聖書ではないと説明することも、激情的に反論し観衆の前で殉教を演じてみせることも、全て、地下室で練習してきた。
だが、どうだ、女を前にして、私は再び、不意に湧き出た感覚に、舌を動かされていたのである。
「止めない。と言ったら」
女は少し考えて、言う。
「困ります」
「困る、というと」
「私が、困ります」
私は女の言葉に、虚を突かれた。
「それは、なぜですか」
そして、思わず、女の慇懃をなぞってしまったのである。
女は答えなかった。
私の顔を見て、それから、視線を少しだけ外して、商業区の通りに目を移した。それから、私の隣のスイを見て、明らかに何かを言いかけたが、結局、続く言葉はなかった。
私はその沈黙を、利用した。
「申し上げてもよろしいですか」と言い、それから、再び、私自身の口調を取り戻し、話を続ける。
「私がここで語っているものは、あなたの指摘に違わず、聖書ではない。他ならぬ私自身の言葉だ」
「貧しい私たちは、湿った地下に隠れ住み、鼠のように暮らしてきた。そのような日々を送る者にとって、街角で受け取った聖書の、小冊子に書かれていた言葉が、いかに無遠慮で、無慈悲なものであるか、私はその場の怒りと、悲しみのままに書き殴った。偽りと言われればそうだろう。だが私の、いや、私と、隣の少女の現実に、偽りなどなかったんだ」
女は私を見た。スイも私を見上げた。私自身さえ、自分の口にした、引っ込みのつかない正直さに、目を見開いていたことだろう。
「我々は、神を、ただ、忘れてしまったんだ。もはや神を思うことすら、ままならなくなった。かつて、聖書は生活の困難を慰める薬であったが、現代の激痛に苛まれれば、それにはもう効き目などない。この時代の人々は、より強い、鎮痛剤を求めている」
私がスイを見ると、彼女は聖句を読んだ。
「滅びに至る門は広く、命に至る門は狭い――」
私はその言葉に続ける。
「私たちには、いつだって、広い門が開かれている」
義務を果たして自由を得る。頭上の門を、意味ありげに見上げてみせる。
「だが、どうだ、その先に何が待ち受けるか、誰も教えてなどくれない。門を潜った者は皆口を閉ざし、行先も告げずに、手を招いている。なぜならば、死した者はただ、黙ることしかできないからだ」
「私はその門へ、少女の手を引き連れていくことはできない」
私は小さく、息を吐き、息継ぎもしないままに、残った声を絞り出すように言う。
「神に仕えるあなたが偽りと言えば、きっと、そうなのだろう。
――だが、この声は。狭い門を潜ろうと身を屈める者の、苦しむ、うめきである。故に私の言葉とは説教でも教示でもない」
「ただの、正直さ、である」
私の声は、門の下で、これまで聴衆たちに語ってきたどの声よりも、低かった。だが腹の奥底に灯る炎は、より熱く。遥か深いところで、弾けていた。




