4 昼下がりの『GG』
男子の適当料理、そして鈍感系か
目を覚ましたヨウジは、自分にしては少し飲みすぎたと思った。
ふだんはしないことだが、自分の部屋に戻らず店の二階で寝てしまったのだ。。
部屋の中の明るさからすると、もう午後だろう。
ジロウはどうにかして帰ったらしい。
携帯を見たら、二時をまわっていた。三時には仕込みを始めないといけない。
(あれとあれは冷凍庫に残ってるから……あとでジロウを買い物にやって)
頭の中で段取りをつける。
(シャツの替えはあったよな……腹がへってんな)
下に降りていって、パスタがあったので堅めに茹でた。
ほかに小さな鍋でお湯を沸かし、自己流のポーチドエッグを作る。
軽く塩と胡椒をした麺の上にチーズを振り、卵を落とす。
カルボナーラとはいえないかもしれない。
ヨウジは、店で出すつまみ類はジロウに委せていて調理の腕はあまりないのだが、まかないの軽い食事でも少しずつは工夫するようにしている。
(こないだジロウが作ったのはまずかったなぁ)
黄身を割って麺に混ぜ込みながら、思い出す。
(スモークの牛タン炒めたって、味は出ねえよ)
やはり余っていたものでピラフを作ったのだが、いちおう調理師免許を持っているジロウにしては失敗作もいいところだった。
がたんと扉が鳴って、誰かが入ってきた。ジロウだったら裏の通用口から入ってくるはずだ。
「すいません、まだなんですけど」
言ってから顔を上げると、マーサのママだった。
「ちょっと冷たいものでも飲ませてよ」
同じ年輩で水商売をしていて、昼間見ると普通のおばさんという人もいる。
ママはトレーナーとジーンズ姿で、気取らない感じが店で見るよりもずっと彼女を若く見せている。
「ごめんなさい、お食事中だったのね……男の人の料理だね」
皿の上を一瞥して、笑ってそう言った。
氷水でかまわないというので、それを出した。
「おいしい……ヨウジくんのところはいい氷を使ってるよね」
「これ、食べちゃいますね」
ヨウジはパスタの残りをすすり上げる。
気を使って食べずにいると、かえってママが遠慮するからだ。
「うちも同じ氷屋さんにしようかなあ」
マスターが亡くなって一年以上経つ。
それ以前はともかく、マーサのママがふらりと店に来ることはいままでなかった。
(きのうの話を気にして、様子を見に来てくれたのかな……)
食べ終わった皿を流しに置いた。
「うちはずっと遅いけど、ヨウジくんのところはもう仕込みの時間だよね」
「そうなんです」
「どうもごちそうさま」
そう言って、もう肩からバッグを提げ、ドアに手をかけている。
「きのうは楽しかったです、また寄らせてもらいますから」
あわててヨウジが言った。
「よろしくね」
ママは笑顔で振り向いて、右手でVサインを作った。
(Vサインって、いまするやついるかなぁ……やっぱり古いか)
もうすこし何か言われるかと思ったので、やや気が抜けた。
しかし、これでいいのだろう。大人のやり方だ。
(明子さんは、年取っても、いい女やってるよな)
いつか聞いたママの名前だ。それが本名かどうかは知らない。
(けど、お姐さんに同情されてちゃおしまいだ、おれはなんてことないんだから)
わざと強い調子で、ヨウジは考えた。自分でそうとは気づかなかったが。
「あれっ、ヨウジさん、起きてたんですね」
にこにこ笑いながらジロウがやってきた。
「当たり前じゃねえか、いま何時だと思ってんだ」
「いや、おれはあれから寝つけなくて……」
「なんだそれ、在庫確認と酒屋に電話すんのは終わったから、買い物に行ってくれ、リスト書いといたから」
「……男は、仕事ですよねぇ」
店内が客で埋まって注文が飛び交っていれば、考えごとをする時間はない。
仕事だから、そうでなくては困る。
あいにくと店を開けた五時すぎから強い雨が降り始め、客足はさっぱりだった。
ちょうど、アドバイザーの人が来る日だった。
ジロウとは別に、店のメニューや調理のレシピを考えてくれている。
ヨウジは、その人と向かい合って新しいメニューの検討に取り組んでいた。
(あれはもう出ない……これからの季節だと……)
集中していたから、コウが店に入ってきたのは見ていなかった。
この店は、立ち飲みのカウンターと椅子席が半々だ。
コウは、いつもカウンターの端のほうに小さな身体をもたせかけている。
今日はめずらしく椅子席に座った。
ヨウジたちが打ち合わせをしているテーブルのはす向かいだ。
ジロウは、コウの前にいつもの飲み物を置いた。
メニューにはない、レモンハートのソーダ割りだ。
女の子にしてはずいぶんドライなものを飲む。
コウはときどきそれを傾けながら、視界にあるからなんとなくという感じでヨウジの顔を見ている。
(仕事に熱中してるヨウジさんって素敵……)
冷やかしを入れる雰囲気ではないことが、ジロウにもわかった。
(どう見たって、そういうことだよな)
(おれがヨウジさんだったら入れ食いなのにな? でも、そうじゃないからヨウジさんは好かれるわけで……じゃあ駄目じゃん)
(いけね……これじゃまるっきりバカだ、われながら)
ジロウは、グラスを拭きながら、いまほしいと思っているバイクのことに考えを切り換えた。
アドバイザーの人が帰るのを入口まで見送って、カウンターに戻る途中、ヨウジはコウに声をかけた。
さすがに来ていることには気がついていた。
「いらっしゃい……雨の中、どうも」
コウは笑顔をつくることはせず、やや怒ったように言った。
「ヨウジさんさ……あたし、話を聞いてもらってもいいかなぁ」
「ん?」
予期していなかったので、どう答えていいか、ヨウジは迷った。
女性客とテーブルで話し込むのは、店とヨウジの方針に反している。
「いまは暇だけど、仕事中だし……長くかかる話じゃなかったら」
「ほんとにマジメなんだからぁ、もう」
コウはじれったいというように眉をしかめ、少し泣き笑いのような表情をした。
カウンターにいたジロウがそれを見ていて(来たぞ来たぞ)と思った。
「ちゃんと話したいんだったら……そうだな、昼間ここに電話くれればいいかな、二時か三時には来てるから」
ヨウジは、店の名刺を取り出した。
マスターが知り合いのデザイナーに作ってもらったもので、店の名前「GG」が美しいロゴになって印刷されている。
『GGって、おれがジジィってことだな』
ヨウジの頭の中で、マスターの声が響く。
「持ってるよ……」
そう言いながらコウは名刺をとって、しばらく見ていた。
明子さん、コウが自己主張を始めました




