12 アリガトウゴザイマス
ジロウに青い春が!?
その次の週の日曜日、ジロウはサキに指定された駅で降りた。
(ここに住んでるってわけじゃないよな?)
世間で高級とされている住宅街で、とくに遊ぶところはなさそうだ。
昼ご飯を食べようというので、何か奢らされるのかな、それもいいかと思って、そのつもりで来た。
赤煉瓦を模したつくりの駅舎の前で、手持ち無沙汰に待つ。
ジロウは実際には、オートバイの二人乗りをしたことはない。
(メットも買わなきゃいけないし、取り締まりで止められるしなぁ)
けれど、いつかやってみてもいいと思っている。
サキはかわいいという感じではなく、顔つきは精悍といっていい。
からだは細く、無駄な脂肪はいっさいなさそうに見えた。
このあいだの話で(小さい頃、栄養が悪かったせいかな)と思ったが、ひ弱というのではないらしい。
ジロウは、細い中にも筋肉を感じさせるサキのからだが背中にしがみつくのを想像した。
「ジロウさん?」
サキが来ていて、顔を覗き込んでいた。
「おお」
(ぼうっとしているところを見られちゃったか……)
あらためてサキの全身を見た。
化粧っ気のほとんどない顔は、記憶の中にある夜のそれより少し幼い。
「昼間のほうが全然かわいいじゃん」
逆でなくてよかった。
彼女は、ブラウスというより男物のような、ざっくりした襟の高いシャツにジーンズという姿で、デイバッグを背負っている。
(レストランに行くって感じじゃないな……?)
どうするのかと思っていたら「こっちね」と言ってサキが歩き始めたので、ついていく。
いまは咲いていないが、桜並木になっている坂道を登っていく。
「けっこう急だなぁ」
「すぐそこだよ」
登り切って少し行ったところに、何の標識も出ていないけれどけっこう大きい、遊歩道のかたちになっている公園があった。
「東京の真ん中に、こんなところがあったんだ」
「中国人のあたしが知ってて、ジロウが知らないの、おかしいね」
「そんなもんだよ、地元の人間はあらためて歩かないもん」
話しながら、あまり人がいない高台の遊歩道、緑の中を歩く。
ときどき下方が見下ろせる場所に出て、多摩川の土手が見える。
(中国のどこかに似てるのかもしれないな……)
何もない広い場所に出た。
ここでご飯を食べましょうとサキが言った。
デイバッグの中身は、お弁当だったようだ。
ベンチに座って彼女が取り出したのを見ると、タッパーにおかずが詰まったものとランチジャーだった。
(実質本位だなぁ)
「いつも、自分で弁当つくるの?」
「わたし、昼間も働いてるのね」
「それで朝五時まで店にいるのか? 大変だな」
「店は週三日くらいだからね、昼間はずっと働いてるよ、お昼に五百円とか使うのもったいないから自分でつくる」
「なるほど」
職場には何人か同郷の人間がいて、みんな同じ考えだから、中華鍋を持ち込んで給湯室で料理をつくったりもするそうだ。
「たくましいよなぁ、そうやって世界中で働いてるんだからなぁ」
自分に同じことはできないなとジロウは思った。
おかずは豚肉に薄い衣をつけて天ぷらふうに揚げたものと、春雨などを炒めたものだ。
(こんなものばかりタッパーに入れてきたら、油がまわっちゃってないか)と思ってしまった。
「はい」
ランチジャーのカップにご飯をよそって渡してくれた。
サキは、自分ではタッパーの蓋の裏にひらたくご飯を乗せている。
食べてみると、想像したより繊細な味付けだった。
(意外と言ったら失礼だろうな、わりと上品な味だ)
ちゃんと早めに起きてつくり、余分な油は切って冷ましてから詰めたのだろう。
「うん、おいしいよ」
ジロウはヨウジにけなされることも多いが、いちおう調理師免許を持っている。
(これなら店で出せるな……)
つい、職業意識が出た。ビールを飲むお客には、とくに受けるだろう。
昼ご飯を食べてしまうと、遊ぶといっても何も思いつかなかった。
降りていってお茶でも飲もうと言った。
来たときは、はんぶん走るような早さで歩いていた。
こんどは、緩やかな足取りで坂道をくだっていく。
住宅街の反対側に、商店がぽつぽつとあるだけの閑静な通りがあった。
それらしい喫茶店はないかと見回しながら、なんとなく歩く。
「……あれ、何だ」
「イチゴの家?」
突然という感じで目の前にあったのは、あるキャラクターグッズ会社が建てた、苺の形をしたビルだった。
二階か三階まであるようで「イチゴのおうち」というようなこじんまりしたものではなく、異様に大きい。
これはサキも知らなかったらしい。
「入ってみるか?」
中二階のようなところにお茶を飲ませるスペースがあったので、そこで二人ともミルクティーを飲んだ。
「こういうの、好き? なんか買っていくか」
下のフロアがグッズ売場になっている。
サキは目を輝かせてそこを見下ろしている。
(やっぱり、どこの国でも女の子はこういうの好きなのかな……)
(苦労話に手弁当じゃ、いきなり世話女房みたいだもんな)
世話女房という古めかしい単語が浮かんだので、ひとりで苦笑いをした。
(まだ手も握ってないってのに)
そのあと、サキは売場に行って、長い時間をかけて便せんと下じきを選んだ。
それはジロウが買って渡した。
「アリガトウゴザイマス」
ジロウは笑った。サキの日本語はかなりうまいのだが、ときどきツボに入る。
「それじゃていねい過ぎるよ、ありがとでいいんだよ」
「アリガト……」
サキが、口真似のように繰り返した。
それから、静かに笑みをうかべながらジロウを見ていた。
「へんに優しくなっちゃうのって、やばいすよね」
「そうか?」
ヨウジはカウンターの、ジロウはフロアの掃除をしている。
(誰のこと言ってんのかな)とヨウジは思った。
「それだったら、キチクとか呼ばれたほうがいいっすよ」
「鬼畜って」
「こわいですぅ」
着替えをすませたコウが加わる。
「でも、ジロウさんって全然、そんなんじゃないでしょ?」
「知らないだけだって」
ジロウはヨウジがからかうのに答えて言った。
「そういうことにしといてくださいよ」
『GG』に新しいメニューが加わった。
「ジロウが考えてくるの、めずらしいな……うまいよ、これ」
試食しながら、ヨウジが言う。
「でも、海南島って誰も知らないだろう、この名前じゃなきゃいけないのか?」
ジロウがアレンジしたもので、海南風ポークという名前にした。
「いやべつに何でもいいんすけど……とりあえず」
こんど、サキに食べてもらおうと思っている。
(昼と夜のバイトの間じゃ、せわしいよなぁ……)
いつになるかは、わからない。
彼女が『GG』にやって来る日はあるだろうか。
「いちごのお家」
田園調布にあった、サンリオのコンセプトショップ
2011年に解体されたのでこの話はその数年前ですね




