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11 宿命の女


 四者四様、ジロウが恋!?

 賑やかな時間は過ぎて、みんな帰った。

 ヨウジはひとりになって、自分の部屋に戻る。

 上着だけ取って、ベッドにからだを投げ出した。

 酔いはそれほどではなく、そのまま眠ることはないだろうと思う。


 頭の奥がしんとしている。

 眼を閉じてみた。

 ジロウやコウ、明子さん、店の客、いくつかの笑顔が浮かぶ。

 それから、ユカリと、妹のまお、チビさんたちの顔。

 何も、順序立てて考える気がしない。

 ちょっと疲れた、明日、日曜日は何もしないでいよう……。




 コウも、マンションの部屋に帰っていた。

 いつもは十時上がりなのだが、今日は最後までいた。

 たまにはみんなで『マーサ』に行こうと誘われたからだ。

 楽しかったし、仲間になれたかなと思う。

(でも、年齢は近くても、やっぱりみんな大人だ)

 コウはそう思った。


 ママさんがヨウジになんだか意味ありげなことを言っていたのを思い出す。

(あの人にはつき合ってる人とかいて、ママさんも知ってるんだ)

(そりゃあ、彼女くらいいるだろうなぁ……)

 自分は、ヨウジに近づこうとして『GG』に入ったわけではない。

 しばらくはいまのままで……コウはそう考えた。

 無理をしているつもりはない。


 コウは、店から練習用に借りてきたシェーカーを手にとって見る。

『そんなにチカラ入れてたら腕が抜けちゃうよ』

『シェーカー自体の重みと手首のスナップだけで、こうやって……』

 ヨウジがレッスンをつける姿と、声を思い出す。




 明子は店を仕舞ったあと、やっと家路についた。

 彼女はヨウジがそう思ったよりは若く、四十代に入ったところだ。

 自分ではヨウジたちが考えるほど修羅場をくぐってはいないと思っている。

(……あの、コウっていう子は、ヨウジくんが好きなんだなぁ)

 タクシーの座席にからだをあずけながら、思い返した。

 その程度は、顔を見ればすぐわかることだ。

(ヨウジくんもすぐユカリちゃんと一緒になるってわけにはいかないだろうし)

(いろいろ、面倒な男の子……でも、若いうちはなんだって楽しいから)


 明子は、うちに帰ったらまだ観ていないB級ホラーを観ようと思った。

 長年やっている仕事だから、店の話は自宅まで持ち越さない習慣がある。




 ジロウはというと、酒に弱い彼にしてはめずらしく、まだ盛り場にいた。

 自分でそうは思わなかったが、ヨウジやコウを見守る立場に少し疲れていた。

 朝の五時までやっている店に入って、中国人のホステスと話している。

 その女性と会ったのは半年ぶりで、三回目だ。


「向こうの人って、ふだんフカヒレとか食べるのかな」

 ジロウの質問に対して、彼女は、次のように話した。

 自分の家は、中国では貧乏なほうではないけれど、大家族だった。

 ふだんの食事は大きな鍋で、お湯の底に少しのお米と芋が沈んでいた。

 お正月と誕生日にはそこに卵を落としてくれるのが楽しみだった。

 日本に来て初めて、この間、フカヒレを食べた。

 たいていの中国人はめったに食べない。


 淡々と話すので、よくある苦労話ではないんだなと思った。

「そうか、そうだよな、日本人だって毎日テンプラとかスキヤキ食わないもんね」

 そう軽く答えたつもりだったが、ジロウは自分の目の縁に涙が溜まっているのに気づいた。

『卵を落としてくれるのが楽しみ』というところでグッと来たのだ。

 ジロウは、意外とこの手の話に弱い。


「お客さんはやさしいね、日本人はみんなやさしい」

「そんなことないだろ、ひどいヤツだっているよ」

「そう、いくら出せば一緒に寝るのか、そういう人もいるよ。

 でも気をつけたほうがいい、とくに海南島(ハイナンダオ)の女はマジメだからね。

 好きな人でなければそんなことはしないし、そうなったら連れて帰るよ」

「クニに連れてかれちゃうのか?」

「一生、働いてもらうね、でなければみんなで日本に来る」

 彼女は、にっこり笑ってそう言った。

 冗談じゃないんだろうなぁとジロウは思った。


 明日は昭和通りのバイク屋に行こうと、ジロウは考えている。

 いま乗っているバイクをもう少しチューンナップすることにしたのだ。

「サキちゃんは、バイクの後ろに乗ったりするの大丈夫かな? クルマでなきゃダメかな」

「モーターサイクルのこと? ワタシは平気だよ」

 すんなり返事をされて、ジロウはかえって戸惑った。

 まだ、中国の南の島に行く決心はしていない。


海南島かいなんとう=中国の南端の島

発音はハイナンダオです

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