1話 ノースポール
チャイムが鳴った。
その音が聞こえると、水色髪の少女は立ち上がる。
私、秋風ルカは荷物を肩にかけて階段を下りていく。すれ違う先生方に「さようなら」と挨拶をしながら校門を目指す。少しだけ早歩きになっていたが、気にしない。
好きな漫画の新刊発売日のことを思い出しながら、コンビニに向かおうとした。
ふと、視界の横に赤色が見えた気がした。
「あ、お姉ちゃん!やぁっと見つけた。」
走ってくるのは小学校低学年の小さな女の子だった。
朱色の髪の毛をツインテールにしている彼女の名前はカンナ。お隣さん夫婦の一人娘だ。
カンナの言い方的に、彼女はルカを探していたらしい。
「ごめんね、カンナちゃん。どうしたの?」
背の低いカンナに合わせてルカはしゃがんで声をかけた。
「お姉ちゃん、見て見て!これなぁ~んだ!!」
カンナの小さな手の中には、きれいな白い花があった。
ルカはその花に見覚えがあり、胸を張って答える。
「これは流石にお姉ちゃんでもわかるよ。デイジーでしょ。」
カンナは心底楽しそうに言った。
「ぶっぶー、ざんねん!これは~ノースポールだよ。」
「え、これデイジーじゃないの!?」
「花は似ているけどね、葉っぱが全然違うんだよ」
ルカはそこまで植物が好きなわけではない。だから学校の花壇に植えられている花など、簡単なものしかわからない。
対照的に、カンナは根っからの植物大好きっ子だ。花に関することなら中学二年生のルカでも、100%負けると思っていた。
彼女の家のベランダにはたくさんの花が植えてあり、とても綺麗だったのを覚えている。
カンナはキラキラした顔で言った。
「お姉ちゃん、これ、お姉ちゃんにあげる。」
そういってカンナはノースポールを差し出した。
「貰っちゃっていいの?」
「もちろん。お姉ちゃんだけ特別だよ!」
「ありがとう。」
そう言ってルカは花を受け取った。
ノースポールは少し変わった臭いがした。腐っているような、不快感を感じさせる臭いだ。
ルカが立ち上がったのを見ると、カンナはルカの手を握る。
「お姉ちゃん帰り途中なんでしょ?一緒に帰ろ?」
「うん、いいよ。」
ルカは一緒に帰る相手もいなかったし、何も不都合はないからカンナと一緒に帰ることにした。
それに、暗くないとはいえ、幼い子供を一人にするのは流石に気が引けた。
最悪、漫画は明日買えばいい。
ルカはカンナとお話ししながら帰った。
カンナは子供らしく、将来の夢の話をした。将来の話。ルカは来年が受験生だからか、気軽には考えられなかった。嫌に具体的で、夢のない話になってしまうだろうから、カンナの話を聞くことに専念することにした。
「大きくなったら~」と話すカンナはキラキラしていた。それを見ると少し、複雑な気持ちになった。
ルカの身長は145cm。平均以下の身長。三年後くらいにはカンナに抜かされてしまうのではないか、と考える。
まあでも、カンナが健康なら、それでいいかな。と考えいると、変な音が聞こえた。
お話に夢中になっているカンナは気づかない。周囲に人はいない。
横を見る。トラックだった。
ろくに頭が回らない中、とっさにカンナを突き飛ばす。
「え」
がしゃーん!!と、激しい衝突音が聞こえた。
何秒か遅れて激痛を感じた。
トラックがルカを巻き込んで、建物の壁に突っ込んだのだ。
「お姉ちゃーーん!!!」
カンナの声だ。あんな幼い子に、こんな辛い経験させてしまった。その事実にルカは罪悪感をおぼえた。
手元にはカンナがくれたノースポールがあった。花は散って、血に染まって、ひどいありさまだった。
きっとこの花は、カンナが育てたものなのだろう。せめて、一言謝りたいな、と思った。
周りがざわざわしている。カンナの声も聞こえる。
ルカは怪我をしなかった右手を一生建寧に伸ばし、ノースポールに触れた。
ルカは目を閉じた。
『お姉ちゃんは大きくなったら、何になりたい?』
カンナの言葉が脳内に響く。
具体的な目標なんてない。でも、願っていいのなら……
もしも、次があるのなら、もっと、優しく……
あれ、何でこんなところにトラックなんか突っ込んで来たんだろう?
ガードレール、あった、よ、ね?
……
ーーーー
目の前が赤に染まる。血ではない。
もっと暖かくて、優しいもの。
いま、何かに、触られた気がした。
そうか、暖かいと感じたのは、体温か。
……じゃあ、赤は?




