15話 地獄の中で
少女は道に座り込んでいた。
少女の名はユーカ。とある名家のお嬢様だった。
小さい頃は地獄だった。
ユーカには二人の兄がいた。父は優秀な方の兄を溺愛した。一方、もう一人の兄は虐待を受けていた。
ユーカは空気のように扱われた。母は何もできない。
そんな日々が続いた。
年が両手で数えられなくなった頃、解放された。父は捕まり、母は逃げた。兄たちも、気が付いたら消えていた。どこかに引き取られたらしい。
ユーカも引き取られた。引き取ってくれたご夫妻はいい人だった。
とても暖かかった。
地獄は終わっていなかった。
父は家族や親せきに優しい、いい人を装っていたようだ。しかし、自分より下の身分の人を見下していた。
『平等』
この言葉が元凶だ。
最初は種族間の平等を謳ったものだった。一部の種族の差別が消えた。
しかし、完全には消えていなかった。
ゾンビなどが代表例だ。死肉のような体を持つ彼らは、今も差別を受けている。
のちに、平等は種族間だけのものではなくなった。
曰く、あの子の生まれは恵まれてたから、平等じゃない。
曰く、あの子の顔が整ってたから平等じゃない。
曰く、あの子は運命のような恋をできたから平等じゃない。
人々は平等を悪用するようになった。
『平等』は自分より優れた人を侮辱する言葉になった。
自分より下の種族を見下す人、自分より上の人を叩く人。
そんな人ばかり蛆のように沸いた。
これが平等なのか、と目を疑った。
世渡り上手で、世間の考えをすぐに受け入れられる人だけが得をする世界。
ユーカは賢かった。ユーカは名家のお嬢様だった。ユーカは美しかった。
……ユーカは『平等』の敵となった。
目が合ったら石を投げる、すれ違ったら陰口を言う、声を掛けたら暴言を吐かれる。
世界を変えたいと思った。
こんなの『平等』じゃない。
この国で得をしている人は、ユーカのことを反逆者と呼ぶのだろう。
かつて権力者に虐げられていた人達は、ユーカを恐れるのだろう。
それでも、ユーカは苦しかった。たくさんの知識が詰まった頭を持っていても、浮かびもしないくらい。
(『平等』なら、私の苦しみも平等に、皆、苦しめばいいのに。)
そんなことを考えても、苦しいのは自分一人だ。
ユーカは兄のうわさを聞き、家を飛び出した。
ただの衝動で飛び出したから、準備もなかった。
ぐうぅぅ、とお腹が鳴る。
ユーカは座り込んだ姿勢のまま、更に下を向いた。
長い髪が顔にかかる。
髪は薄汚れて、茶色に見えていた。
ユーカの髪は白い髪に黒のメッシュだった。
父はそんなユーカの髪を強引に染めた。
前髪の真ん中部分、左の横髪、右側の後ろ髪一束は常にゴワゴワしていた。
今は色も落ち、普通の髪に戻ったが、何かあるとそこを触ろうとする癖は未だ健在だった。
純白の髪は神様のご加護の証らしい。
神様は純潔で清廉だ。
だから、神様に愛された人は白色の髪を持って生まれてくるとされていた。
だから、この国は白髪が多い。
わざわざ塗料で染める人までいるくらいだ。
その様に、信心深い人は今でも信じている。
ユーカの父もそうだった。
(お腹すいたな。)
「大丈夫ですか?」
声が聞こえた。
きっと、大切な人に何かあったのだろう。
「そこの、えっと、髪が、え、ゴホン、ズタズタのワンピースの方。あれ、この言い方もまずいかな?気を悪くされたらごめんなさい。」
ユーカの服はズタズタだった。一縷の期待を込めて、上を向く。
ユーカより、若い女の子だった。
つやつやの水色の髪に、宝石のような眼で真っ直ぐ見つめてくる少女。
半透明の羽を見るに、妖精だろうと推測で来た。
彼女こそが、ユーカの『希望』だった。
「私はルカです!大丈夫ですか?」
「わたし……。わたくしは、ユーカですわ。」
父が捕まってから、使えなくなった言葉遣い。
それがスラスラと出てきた。
ああ、彼女は、ルカには、人を信じさせる力がある。
ーーーーーー
「へえ、愉快なもんさね。」
青色の髪の女は笑う。
部屋の中、大きなスクリーンを眺めては、楽しげに顔をゆがませる。
「ただの髪色でここまで揉めるとは。本当の神サマは血の色だってのに。」
「そこの不愉快な青色。何か言ったか?」
少女はジト目で問いかける。
女はさらに笑う
「ケケケ、そういえばもう一人いたさね、髪色一つで異常に騒ぐ奴。神がそうなら、その部下が騒ぐのも納得だ。」
少女はメイドに言う。
「そこのあなた、髪染めかバリカンを取ってきなさい。」
「え、」
「ククッ、神様なら冗談くらい知っていると思ったアタシのミスさね。神様なのに、フフッ。」
「ペンキで構わないわ。」
「そんなもの、城にありません!」




