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ひとひらびより  作者: 追川雪乃(追兎電鉄広報部)
お嬢様も、いつもの駅で

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駅のハロウィンは大さわぎ


 夕方が近づくにつれて、追兎天神駅の空気は少しずつ変わっていった。


 昼間はまだ、飾りつけを眺めているだけだった子どもたちも、この時間になると仮装をして集まり始めている。


 小さなかぼちゃ。

 黒猫。

 おばけ。

 魔女の帽子。


 駅前には、いつもより少しだけ不思議で、でも楽しそうな色が増えていた。

 うさぎたちも、すでにそれぞれの衣装に着替えていた。


 天使のうさぎ。

 小悪魔のマリー。

 オオカミむすめのみこ。

 魔法使いのお姫様のアリス。

 黒猫の使い魔になったしおん。


 さっきまでは少し照れたり、言い合ったりもしていたけれど、今はもう本番だ。


「始まりそうだね」


 うさぎが改札の向こうを見ながら言うと、マリーがにっと笑った。


「もう始まってるって」


 その言葉通りだった。

 小さな子どもが、母親の手を引いて改札のほうを見ている。

 駅の飾りつけに気づいて、わあっと目を輝かせている子もいた。


「じゃあ、行こうか」


 うさぎがそう言うと、みこが元気いっぱいに手を挙げた。


「はいっ!」


 ここまでは準備だった。

 そしてここからは、本番だ。

 駅に出た瞬間、子どもたちの視線が一斉に集まった。


「わぁっ」

「すごーい!」

「おひめさまだ!」

「おおかみだ!」

「黒猫さんもいる!」


 声がいくつも飛ぶ。

 みこはさっそく嬉しそうに胸を張った。


「みこちゃん、オオカミむすめですっ」

「おおかみ?」


 近くにいた小さな男の子が、みこの耳をじっと見上げる。


「はいですっ。こわいですよー」


 みこが両手の肉球手袋を前に出して、がおーっとしてみせる。

 男の子は一瞬だけ固まった。

 けれどすぐに、ぱっと笑う。


「こわくなーい!」

「えっ、オオカミむすめ、こわくなかったですか?」

「かわいい!」

「かわいい……」


 みこはちょっとだけ考えてから、にこっと笑った。


「じゃあ、かわいいオオカミむすめですっ」

「それでいいんだ」


 マリーが横で笑う。

 最初の子どもたちが、おそるおそる近づいてくる。

 黒猫の耳をつけた小さな女の子が、オオカミむすめの前までくると、両手を胸の前でぎゅっと握った。


「トリック・オア・トリート」

「はい、どうぞですっ!」

「ありがとう」

「かわいい黒猫さんですねっ」


 女の子は少し照れたように笑った。

 そのまま帰るかと思ったら、女の子はしおんのほうを見た。


 黒猫の耳。

 黒猫のしっぽ。

 そして、いつも通りのメイドエプロン。


 女の子は、じっとしおんを見上げる。


「……黒猫さん?」

「はい。黒猫の使い魔でございます」


 しおんが静かに答えると、女の子は目を輝かせた。


「ほんもの?」

「本物かどうかは、判断が難しいところですが」

「ほんものだ」

「いえ、ですから」


 女の子は、しおんの手をきゅっと握った。

 しおんは一瞬だけ、動きを止めた。


「……あの」


 女の子は、しおんの手を握ったまま離さない。

 しおんが少しだけ手を動かすと、女の子の目がうるっとした。


「……」


 しおんは、すぐに手を止めた。


「……少々、このままで」

「しおんちゃん?」


 うさぎが気づいて声をかける。


「問題ありません」

「ほんとに?」

「業務としては、すこし想定外ではありますが」


 しおんは真面目な顔で言う。


「泣かせるよりは、こちらのほうが適切かと判断しました」

「しおんちゃん、優しいね」

「業務判断です」

「絶対ちがうよね」


 マリーが笑う。

 その横で、アリスは当然のように胸を張っていた。

 魔法使いのお姫様の姿は、子どもたちの視線を集めている。


「おひめさま!」

「魔法つかえるの?」

「ドレスかわいい!」


 小さな子どもたちに囲まれて、アリスは得意げに杖を持ち直した。


「もちろんですわ」

「ほんと?」

「お菓子を出す魔法なら、今から使えますわ」


 アリスはかごからお菓子をひとつ取り出して、そっと差し出す。


「はい。お菓子の魔法ですわ」

「わぁ!」

「すごい!」

「もう出てたよね?」


 マリーが小さくつっこむ。


「細かいことを言ってはいけませんわ」


 アリスは堂々と言った。


「魔法とは、受け取る方が嬉しければ成立するものです」

「なんか言い切った」

「さすがアリスちゃんですっ」


 みこは素直に感心している。

 しおんは何か言いたそうにしたが、手を握られたままなので、少しだけ視線を下げた。


「アリス様。その説明は、少々……」

「しおん、今は黒猫さんのお仕事中でしょう?」

「……はい」


 しおんは小さく息をついた。


「現在、手が離せません」


 その言い方が妙に真面目で、うさぎは思わず笑いそうになった。

 そこへ、少し年上の女の子たちがやってきた。

 高校生くらいだろうか。

 制服の上に小さな魔女帽子をつけたり、かぼちゃの飾りをバッグにつけたりしている。

 そのうちの一人が、アリスを見つけた瞬間、声を上げた。


「え、かわいい!」

「なにあの子、本物のお姫様じゃん!」

「連れて帰ってもいいよね?」


 アリスがぴしりと背筋を伸ばす。


「おやめください」

「言い方までお嬢様!」

「かわいいー!」

「わたくしは見世物ではありませんわ」

「“わたくし”って言った!」

「本物だ!」


 アリスは少しだけ身を引いた。

 困っているのに、その仕草まで品よく見えてしまう。

 女の子たちは、ますます楽しそうに盛り上がった。


「お姫様、怒ってる?」

「怒ってなどおりませんわ。ただ、節度を求めておりますの」

「節度!」

「かわいい!」

「どうしてそうなるのですかっ」


 アリスが少し頬を赤くする。

 助けに入ろうとしたしおんが、一歩も動けないまま言った。

 しおんの手がまだ小さな黒猫の女の子に握られているからだ。


「アリス様……少々、動けません」

「メイドさんまでいる!」

「黒猫メイドさんだ!」

「完成度高すぎない?」


 今度はしおんにも視線が集まった。

 しおんは表情を変えずに答える。


「私はアリス様のメイドです」

「本物のメイドさん?」

「はい」

「本物だ!」

「かわいい!」

「いえ、かわいいかどうかは職務に関係ありません」

「そこがかわいい!」


 しおんは黙ってしまった。

 手を握っている女の子が、さらにぎゅっとしおんの手を握ってくる。

 しおんは、また少しだけ困った顔になった。


「……うさぎさん」

「はいはい、ちょっとだけ落ち着こうね」


 うさぎが間に入る。


「アリスちゃんも、しおんちゃんも、駅のお仕事中だから。お菓子をもらったら、次の子にも場所を空けてあげてね」

「はーい」

「お姫様、またねー!」

「また、という約束はしておりませんわ」

「最後までかわいい!」


 女の子たちは笑いながら手を振って、駅前の飾りのほうへ移っていった。

 少しだけ頬を膨らませているアリスが、マリーに話しかける。


「どうして、わたくしが困っているのに喜ばれるのですか」

「本物のお嬢様だからじゃない?」

「マリーちゃん、それは納得できませんわ」

「でも人気だったよ」

「まぁ……悪い気はいたしませんけれど」

「ほら、ちょっと嬉しそう」

「嬉しそうではありませんわ」


 アリスがつんと顔を上げる。

 その横で、しおんはまだ手を握られたままだった。


「しおんちゃん、本当に大丈夫?」

「はい」

 心配そうに聞くうさぎに、しおんは答える。

「ただし、移動を伴う業務は難しい状況です」

「それ、大丈夫って言わないかも」

「黒猫さん、いっしょ」


 女の子が小さく言うと、しおんは一瞬だけ黙った。

 それから、ほんの少しだけ目をやわらかくする。


「……はい。少しだけ、一緒です」


 うさぎは、それを聞いてそっと笑った。

 しおんは困っている。

 でも、嫌がってはいない。

 そのことが、ちゃんと伝わってきた。


 一方で、みこは別の場所で大変なことになっていた。

 きつねの耳をつけた小さな女の子が、みこの前に立っている。

 ふわふわのしっぽを揺らしながら、胸を張っていた。


「わたしの方がホンモノよ!」

「えっ、なにがですか?」

「けもの!きつねのほうがホンモノなの!」

「みこちゃんもホンモノのオオカミむすめですっ」

「ちがうもん。きつねのほうが強いもん」

「オオカミさんも強いですっ」

「きつねのほうがすばしっこいもん」

「オオカミさんも走れますっ」

「きつねはしっぽがふわふわだもん」


 みこは自分のしっぽを振り返った。

 ワイルド寄りに整えられた、オオカミむすめのしっぽ。


「みこちゃんのしっぽも、ふわふわですっ」

「きつねのほうがふわふわ!」

「オオカミさんもふわふわですっ!」


 ふたりとも真剣だった。

 その様子を見た周りの子どもたちが、面白がって集まってくる。


「きつねがんばれー!」

「おおかみがんばれー!」

「どっちが強いの?」

「どっちもかわいい!」

「かわいいじゃなくて、ホンモノですっ」


 みこがむっとすると、きつねの子も、同じようにむっとした。


「わたしもホンモノ!」

「みこちゃんもホンモノですっ」


 うさぎはお菓子のかごを持ったまま、少し遠くからその様子を見ていた。


「えっと……これ、止めたほうがいいのかな」

「止めなくていいんじゃない?」


 マリーが隣に来る。


「本人たち、楽しそうだし」

「楽しそうかな」

「たぶん」


 きつねの子は、みこの前でぴょんと跳ねた。


「きつねジャンプ!」

「オオカミジャンプですっ!」


 みこもぴょんと跳ねる。


「きつねポーズ!」

「オオカミポーズですっ!」


 みこも肉球手袋を前に出す。


「きつねの勝ち!」

「まだ決まってないですっ!」


 うさぎは思わず笑った。


「みこちゃん、本気だ」

「みーちゃんは、こういうところ真面目だからね」


 マリーが言う。

 そのマリーの小悪魔姿にも、子どもたちは寄ってきていた。


「悪魔なの?」

「そうだよー。こわいぞー」


 マリーは両手を上げて、少し低い声を出してみせる。


「がおー」

「それ、オオカミじゃない?」

「うっ」


 近くの子どもにすぐ指摘され、マリーは固まった。


「じゃあ……えっと、悪魔だぞー」

「こわくなーい」

「かわいい」

「悪魔さん、お菓子ちょうだい」

「なんでアタシだけ全然怖がられないのよ」


 マリーが口を尖らせると、さらに子どもたちは楽しそうに笑った。


「もうちょっと怖がってくれてもいいじゃん」

「こわくないもん」

「じゃあ、お菓子あげないよ?」

「トリック・オア・トリート!」

「はいどうぞ!」

「早い」


 うさぎが笑う。


「マリーちゃん、全然悪魔になりきれてない」

「うさちゃんに言われたくない」

「なんで?」

「天使が忙しそうに走り回ってるから」


 その言葉通り、うさぎはさっきからあちこちを動き回っていた。

 お菓子を補充して。

 子どもたちの列をゆるく整えて。

 アリスの周りに集まりすぎた人たちをさりげなく散らして。

 みこときつねの子の勝負が広がりすぎないように見て。

 しおんが動けない分まで、少しずつフォローする。


「ハロウィンって、こんなに忙しいんだ……」


 うさぎがぽつりとつぶやく。

 それを聞いたマリーが、にっと笑った。


「でも、うさちゃん、ちょっと楽しそう」

「えっ」

「天使なのに、駅員さんしてる」

「それはいつも通りだよ」

「そうだよね、羽があるのに……」

「羽は関係ないでしょ」

「あるよ。天使駅員さん」

「その呼び方やめて」


 マリーがうさぎに構っている間にも、子どもたちは次々にやってくる。


 おばけの子。

 魔女の子。

 かぼちゃの子。

 小さなドラキュラ。

 なぜか恐竜の着ぐるみの子までいる。


「恐竜はハロウィンなの?」


 マリーが聞くと、恐竜の子は元気よく答えた。


「つよいから!」

「なるほど」

「納得するんだ」


 うさぎが言うと、マリーは真顔で頷いた。


「強いのは大事」

「悪魔より?」

「今それ言わないで」


 その頃、みこときつねの子の勝負は、なぜかお菓子配り勝負になっていた。


「みこちゃん、次の子にお菓子を渡しますっ」

「わたしも渡す!」

「じゃあ、きつねさんも一緒に渡すですっ」

「うん!」


 きつねの子は、さっきまで張り合っていたのが嘘みたいに、みこの隣に並んでいる。


「トリック・オア・トリート!」

「はいですっ」

「はい!」


 ふたりで同時にお菓子を差し出す。

 受け取った子どもが笑うと、みこときつねの子は顔を見合わせた。


「今の、上手にできたですっ」

「うん!」

「きつねさん、すごいですっ」

「おおかみさんも、ちょっとだけすごい」

「ちょっとだけですか?」

「ちょっとだけ」


 みこは少し不満そうにしたが、すぐに笑った。


「じゃあ、今日はどっちもホンモノですっ」


 きつねの子は少し考えてから、えへんと胸を張った。


「……きょうだけね!」

「はいですっ」


 どうやら、勝負は平和に終わったらしい。


 その一方で、しおんの手を握っていた黒猫の女の子は、まだ離れる気配がなかった。

 しおんは片手だけで、お菓子のかごを少し持ち直そうとしている。


「しおんちゃん、無理しなくていいよ」


 うさぎが言うと、しおんは静かに首を振った。


「できる範囲で対応いたします」

「黒猫さん、いっしょ」


 女の子がまた言う。

 しおんは少しだけ困った顔をする。


「ずっとは、難しいのですが」


 女の子の目が、またうるっとする。


「……もう少しだけなら」


 しおんはすぐに言い直した。

 それを見ていたアリスが、少しだけ微笑む。


「しおんは、黒猫さんにも優しいのね」

「アリス様、これは……」

「わかっていますわ。業務判断でしょう?」

「……はい」

「便利な言葉ですわね」


 しおんは返事に困ったように、ほんの少しだけ視線をそらした。


 駅前のにぎわいは、まだ収まらない。

 むしろ時間が進むにつれて、仮装した子どもたちは増えているようにも見えた。

 お菓子のかごは少しずつ軽くなっていく。

 けれど、子どもたちの声は減らない。


 笑い声。

 はしゃぐ声。

 誰かを呼ぶ声。

 駅のアナウンスとは違う、でも駅に似合う音が、追兎天神駅に重なっていた。


 少し離れたところで、駅長と駅員がその様子を見ていた。


「今年のハロウィンは、ずいぶんにぎやかですね、駅長」

「マリーちゃんは悪魔、うさぎちゃんは天使、アリスちゃんはお姫様、しおんちゃんは…いつもと同じですね。みこちゃんは……なんでしょうね、アレ」


 駅長は、いつものように穏やかな目で駅前を見ていた。


 走り回るうさぎ。

 子どもたちに囲まれるアリス。

 手を握られたまま動けないしおん。

 きつねの子と一緒にお菓子を渡すみこ。

 小悪魔なのにまったく怖がられていないマリー。


 その全部を見て、駅長は小さく笑った。


「でも、こういうのも悪くない」


 それだけだった。

 けれど、その短い言葉だけで、駅員は少しだけ笑った。


「そうですね」


 追兎天神駅のハロウィンは、まだ終わらない。

 まだ子どもたちはやってくる。

 まだお菓子は配られている。

 まだ駅前の灯りは、にぎやかな声を受け止めている。

 そんな中で、みこがふと顔を上げた。

 オオカミの耳が、小さく揺れる。


「うさ姉さま」

「どうしたの?」


 うさぎが振り向く。

 みこは駅の奥ではなく、少し離れた教会の方角を見ていた。


「つむちゃんは教会でひとり、大丈夫かな?」

「つむちゃん?」

「ちょっと心配なので様子を見に行くです」

「つむちゃん、困っているかも。たぶん教会で待ってるです」


 みこはもう、心を決めている顔だった。

 うさぎは一度、駅前を見た。


 アリスは子どもたちに囲まれながら、なんだかんだで堂々としている。

 マリーは小悪魔らしくない小悪魔として、子どもたちと笑っている。

 しおんは手を握られたまま、それでも黒猫メイドとして落ち着いている。

 駅員もいる。

 駅長もいる。

 ハロウィンはまだ続いているが、みんながいれば大丈夫だろう。


「……うん、みこちゃん、教会に行こう」

「はいですっ!」


 みこは嬉しそうに返事をした。

 駅の灯りは、まだにぎやかに揺れている。

 その灯りを背にして、うさぎとみこは、静かな教会へ向かった。


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