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ひとひらびより  作者: 追川雪乃(追兎電鉄広報部)
お嬢様も、いつもの駅で

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灯りを持って


 ハロウィン当日。


 追兎天神駅の朝は、いつもより少しだけそわそわしていた。


 改札の横には、前の日までに作っておいた小さなかぼちゃの飾り。

 窓口の近くには、リボンのついた白いおばけ。

 ホームへ向かう通路にも、目立ちすぎないくらいに、小さなハロウィンの気配が散りばめられている。


 かぼちゃも、おばけも、黒猫もいる。

 でも、どれも怖くはない。

 少し丸くて、少し可愛くて、ちゃんと追兎天神駅らしい。


「わぁ……」


 みこが改札をくぐった途端、ぱっと顔を明るくした。


「ちゃんとハロウィンですっ!」

「うん。やりすぎないくらいで、ちょうどいいね」


 うさぎが笑う。


「おばけにリボンがついてるの、やっぱり可愛いですわね」


 アリスが窓口の横を見上げて言った。


「怖くないですし、追兎天神駅らしいですわ」

「つむちゃんの案、採用して大正解だったね」


 マリーがそう言うと、うさぎも小さく頷いた。


「うん。ああいう“可愛いけどやりすぎない”感じ、つむちゃんっぽかったよね」


 その横では、しおんが壁際の飾りの向きをそっと直している。


「しおんちゃん、朝から几帳面ですっ」


 みこが楽しそうに言う。


「少し曲がっているだけで、印象が変わりますから」

「でも誰も、そこまで見てない気もするけど」


 マリーが言うと、しおんは静かに答える。


「見ていなくても、整っている空気は伝わるものです」

「それは、たしかにそうかも」


 うさぎも小さく頷いた。


 今日は駅の仕事をしながら、夕方からのハロウィンに備える予定になっている。

 大々的な催しではない。

 でも、仮装した子どもたちが駅や駅前を歩いて、お菓子をもらって、少しだけ特別な時間を楽しめるようにする。

 追兎天神駅らしい、やさしいハロウィンだった。


「駅のほうは、これで大丈夫そうかな」


 うさぎが飾りを見回しながら言うと、みこが思い出したように声を上げた。


「あっ、教会ですっ!」

「うん」


 うさぎが頷く。


 追兎天神ではハロウィン飾りをしないと決めたかわりに、教会のほうには少しだけ、静かな飾りつけをすることになっていた。

 派手ではない。

 でも、灯りのある、やさしいハロウィン。

 そして今日は、その教会にも、みんなで少しだけ手を足す約束をしていた。


「じゃあ、これ持っていこうか」


 うさぎが机の上の小さな飾りを手に取る。


 かぼちゃの形の小さな飾り。

 リボンつきのおばけ。

 小ぶりのランタン。

 お菓子かごのそばに置けそうな木の札。

 どれも大がかりではない。

 でも、それぞれが少しだけ教会に持っていきたくなるようなものばかりだった。


「わたし、これ持ちますっ!」


 みこが真っ先に、小さなかぼちゃ飾りを持ち上げる。


「では、わたくしはこちらを」


 アリスは、上品な色合いの小さなリボン飾りを選ぶ。


「教会ですもの。あまりににぎやかすぎないほうがよろしいでしょう?」

「えらい。ちゃんと昨日の話、覚えてる」

「当然ですわ」


 アリスは胸を張る。


「今日は“神社ではなく、教会だから”できる楽しみ方をするのですもの」

「アリスちゃん、かっこいいですっ」

「私はこれにします」


 しおんが選んだのは、小さなランタンをふたつ。


「灯りは教会にも合いそうですから」

「じゃあアタシはこれかな」


 マリーが取ったのは、小さなおばけ飾りだった。

 白くて丸くて、頭に黒いリボンがついている。


「マリーちゃん、それ好きそうだね」

「好きだよ。だって可愛いし」


 うさぎは最後に、小さな木の札と、細いリボンをまとめて持った。


「じゃあ、行こう」


 五人は教会へ向かった。


 駅から少し離れたその場所は、追兎天神駅のにぎやかな空気とはまた違う、しんとした静けさを持っている。


 たどり着いた時、みこがまず声を上げた。


「わぁ……」


 入り口の前には、すでに小さなランタンが置かれていた。

 窓辺には控えめな飾りがいくつか。

 そして扉のそばには、木のかごがひとつ置かれている。


 その前で、つむぎが静かに飾りを整えていた。

 もう、シスター服に着替えている。

 白と黒を基調にしたその姿は、教会の静けさに自然に馴染んでいた。

 駅で見る時よりも、ここで見るほうがずっとしっくりくる。


「つむちゃん……」


 うさぎは思わず少しだけ声を和らげた。


「もう着替えてたんだ」

「……うん」


 つむぎは振り向いて、小さく頷く。


「こっち、先に飾ってた」

「すごく似合いますっ!」

「つむちゃん、ほんとに教会の人みたいですっ」

「教会の人なんだけどね」


 マリーが笑う。


 でも、その言葉どおりだった。


 派手ではない。

 騒がしくもない。

 それなのに、今日が特別な日だとちゃんとわかる。


 扉の横にある小さな灯り。

 窓辺の控えめな飾り。

 お菓子の入ったかご。

 そして、手書きの札。


「……“おかし、あります”」


 うさぎが読み上げると、みこがぱっと顔を上げた。


「これ、つむちゃんが書いたの?」

「……うん」

「かわいいですっ!」


 みこは本気で嬉しそうだった。


「なんか、つむちゃんの教会って感じがしますっ」


 アリスも感心したように札を見つめる。


「短いのに、ちゃんと伝わりますわ」

「大げさじゃないのがいいですね」


 しおんも静かに頷く。


 その横で、くろみつは当たり前みたいに座っていた。

 黒い毛並みが、今日の教会には妙に似合っている。


「くろみつまで、飾りの一部みたいですわ」


 アリスがそう言うと、くろみつは少しだけしっぽを揺らした。

 うさぎは、そこで終わらせたくなかった。

 つむぎがひとりで作ったこの静かな土台に、みんなで少しだけ何かを足せば、もっとよくなる気がしたのだ。


「ねえ、つむちゃん」

「……うん?」

「これ、すでにすごくいいんだけど……」


 うさぎは、自分の手に持ってきた小さな飾りを見せた。


「もうちょっとだけ、足してもいいかな」

「……足す?」

「うん。やりすぎないくらいに」

「……それなら」


 つむぎが頷くと、みこが待ってましたとばかりに一歩前に出る。


「じゃあ、わたしこれ置きたいですっ!」


 持ってきた小さなかぼちゃ飾りを見せる。

 元気いっぱいのその動きに、つむぎは少しだけ考えたあと、入り口の真ん前ではなく、脇の棚の上を指さした。


「……そこなら、いいかも」

「あっ、なるほどっ」


 みこは嬉しそうにそこへ飾りを置いた。


「教会の真ん中じゃなくて、少し端っこですねっ」

「……うん。駅ほどは、にぎやかにしないほうがいいから」

「わかったですっ」


 みこは素直に頷く。

 アリスも、自分の持ってきたリボン飾りを見せた。


「わたくしは、これを窓辺に置いてもよろしくて?」

「うん」


 つむぎが答えると、しおんがすぐに横から位置を見て調整した。


「お嬢様、そのままですと少しだけ中央に寄りすぎます」

「まあ」

「こちらに少しずらせば、他の飾りと喧嘩しません」

「たしかに、そのほうが綺麗ですわ」


 アリスは満足そうに飾りを置いた。


「しおんちゃん、完全に整える係ですっ」

「整える人は、どこにでも必要ですから」


 しおんは今日も真面目だった。


 うさぎは、小さなランタンを入り口から見える位置へ足す。

 でも、並べすぎない。

 灯りがふたつ増えるだけで、教会の静けさはそのままに、少しだけ“迎える場所”になった気がした。


「うん……」


 うさぎが少し離れて全体を見る。


「どう?」


 つむぎも同じように少し離れて、教会の入り口を見た。


「……よくなった」

「ほんと?」

「……うん」


 その返事に、うさぎは嬉しくなる。

 マリーも、おばけ飾りをどこに置くか迷っていた。


「これ、ここじゃ目立ちすぎるかな」

「そこだと、ちょっと駅っぽいです」

「えっ、駅っぽいとかあるの?」

「あります」

「あるですっ」


 みこまで乗ってくる。


「教会はもっと、こう……しーんとしてる感じですっ」

「みーちゃん、その擬音でわかるようでわからないよ」


 でも少し考えたあと、みこは今度は扉の横の壁際を指さした。


「じゃあ、ここにひっそりいるのはどうですかっ」

「ひっそりいるおばけ」


 うさぎが思わず笑う。


 でも、実際に置いてみると、それはとてもよかった。


 目立ちすぎない。

 でも、見つけた人は少し嬉しくなる。

 そんな飾り方だった。


「……ほんとだ」


 マリーが感心したように言う。


「これ、なんかいいかも」

「でしょっ」

「みーちゃん、たまにそういう勘がいいんだよね」

「たまにじゃないですっ。いつもですっ」


 その言葉にみんなが笑った。


 飾りつけは大がかりではなかった。

 それぞれが持ってきたものも、小さなものばかりだ。


 でも、その小さな手の積み重ねで、教会の入り口は確かに変わっていた。


 最初から素敵だった。

 でも、みんなが少しずつ足したことで、もっとよくなった。


 騒がしくないまま。

 教会の静けさを壊さないまま。


「つむちゃん」


 うさぎがそう呼ぶ。


「最初もすごくよかったけど、もっとよくなったね」


 つむぎは少しだけ驚いたように目を上げて、それから教会の入り口を見た。


「……うん……みんなが足してくれたから」


 その言い方が、なんだかとてもつむぎらしかった。

 うさぎは自然に笑う。


「じゃあ、今日は“つむちゃんの教会”じゃなくて、“みんなの教会”だね」


 つむぎはすぐには答えなかった。

 でも、少ししてから、ほんの小さく頷いた。


「……うん」


 その時、くろみつが立ち上がって、入り口の前をゆっくり横切った。

 新しく置かれたランタンの灯りの前で一度だけ立ち止まり、しっぽを揺らす。


「くろみつまで確認してるみたいですっ」


 みこが嬉しそうに言う。


「合格、ってことかな」


 マリーが笑う。

 そこへ、うさぎがふと口にした。


「追兎天神にも、ちゃんと報告しに行こうか」

「あっ」


 みこがすぐに意味をわかったらしく、大きく頷いた。


「はいっ!」


 でも、つむぎはそこで小さく首を横に振った。


「……わたしは、ここにいる」


 その一言で、みんなの視線がつむぎへ向く。


「教会、今日はこのまま見てたいから」


 うさぎは、少しだけ目を丸くしてから、やわらかく笑った。


「うん。つむちゃんがそうしたいなら、それがいいと思う」

「じゃあアタシたち五人で行こうか」

「つむちゃん、教会よろしくね」

「……うん」


 つむぎは小さく頷いた。

 教会の入り口に立つその姿は、さっきより少しだけしっくりして見えた。


 みんなが足した飾り。

 つむぎが最初に置いた灯り。

 くろみつ。

 そして、静かなシスター服のつむぎ。


 それ全部が、この場所の今日の姿なのだと思った。


 教会から戻る途中、五人は追兎天神へ寄った。


 境内はいつものままだった。

 飾りつけもないし、かぼちゃもない。

 でも、その変わらなさは今日の賑やかさとぶつかるのではなく、むしろ静かに見守ってくれているようだった。


 宮司はいつものように穏やかに迎えてくれる。


「準備は進んでいますか」

「はいっ!駅もちゃんとハロウィンになってますし、教会もすごく素敵になったんですっ」

「素敵に“なった”のですね」

「つむちゃんが最初に飾ってくれてたところに、みんなで少しずつ足したんですっ」

「なるほど」


 宮司はやわらかく笑った。


「それは、よい形ですね」


 アリスが少しだけ姿勢を正す。


「追兎天神は、今日はいつも通りですわ」

「ええ」


 宮司は穏やかに答える。


「ここも、いつも通りであることも大切ですから」

「でも、そのほうがいい気がしますっ」


 みこはそう言ってから、少しだけ胸を張った。


「みこは、今日は駅をがんばりますっ」

「ええ」


 宮司は静かに頷く。


「にぎやかなところも、静かなところも、どちらも大切にしてください」


 その言葉に、うさぎはなんだか少しだけ背筋が伸びる気がした。


 賑やかに楽しむこと。

 でも、場所ごとの空気も大切にすること。

 それが今年のハロウィンなのだと思った。


 午後になり、追兎天神駅へ戻ると、駅の空気は朝より少しだけ浮き立っていた。

 仮装した小さな子どもが、すでに親と一緒に駅前を歩いている。

 かぼちゃの髪飾りをつけた子。

 小さな黒猫の耳をつけた子。

 ふわふわしたおばけのマントを羽織った子。


「わぁ……子供たち、もういますっ」

「ちょっと早いけど、これは始まりそうだね」

「うん」


 うさぎは改札の向こうを見ながら、小さく息をついた。


 まだ自分たちの仮装はしていない。

 でも、その前からもう、今日が特別な日になり始めているのがわかる。


 教会の静かな灯り。

 追兎天神の変わらない空気。

 そして、駅の少しだけ浮き立つざわめき。


 その全部が、今日のハロウィンを作っている気がした。


 夕方になれば、自分たちも仮装に着替える。

 そして、追兎天神駅のハロウィンが本当に始まる。


 けれどその前の、この“始まる少し前”の時間も、きっと大事なのだろう。


 灯りのある教会。

 静かな神社。

 少しだけにぎやかな駅。


 それぞれの場所がそれぞれのままで、でも今日はちゃんとひとつにつながっていた。

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