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ひとひらびより  作者: 追川雪乃(追兎電鉄広報部)
お嬢様も、いつもの駅で

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教会のハロウィンと正義の悪魔


 駅の灯りを背にして、うさぎとみこは教会へ向かっていた。

 

 さきほどまでいた追兎天神駅には、子どもたちの声があふれていた。


 お菓子をもらって笑う声。

 仮装を見せ合う声。

 悪魔だとか、天使だとか、黒猫だとか、誰かが誰かを呼ぶ声。


 けれど、駅から少し離れると、そのにぎやかな声も少しずつ遠くなっていく。

 教会に続く道は、夜の空気の静けさだけが支配していた。


「つむちゃん、大丈夫かな」

「大丈夫です。つむちゃんは、きっと頑張ってるです。」

「そうだね」

「でも、大丈夫だと思うけど……」

「さぁ急ぎましょう」


 その返事をしながら、うさぎは少しだけ歩く速度を上げた。


 やがて見えてきた教会には、昼間みんなで飾りつけた小さな灯りが見えている。

 ランタン。

 控えめなリボン。

 手書きの札。

 駅前の飾りに比べれば、ずっと小さくて、ずっと静かだ。

 教会は、にぎやかな場所が苦手な子でも来られるようにと考えて用意した場所だった。

 つむぎなら、そんな子でも、きっと静かに迎えられる。

 そう思っていた。


 けれど、教会の入り口が近づくにつれて、うさぎは教会から違和感を感じていた。「……あれ?」

 静かなはずの教会の前が、思ったよりもずっとにぎやかになっている。


 小さなかぼちゃ。

 黒猫。

 魔女の帽子。

 おばけ。

 駅前ほどではないけれど、何人もの子どもたちが教会の入り口に集まっている。


 その中心に、シスター姿のつむぎがいた。

 大切にお菓子のかごを抱えているが、身動きが取れないくらいに、子どもたちに囲まれていた。


「トリック・オア・トリート!」

「お菓子ちょうだい!」

「えーっ、お菓子もうないの?」

「お菓子がないならイタズラしてもいいよね」

「……えっと」


 つむぎは、小さな声で何かを言おうとしていたが、子どもたちの声のほうが大きいし、人数も圧倒的だ。

 なにより、かごの中にあったお菓子はもうなくなっている。

 ひとつも残っていない。


「つむちゃんのお菓子、全部なくなってるです」

「やっぱり一人だと、大変なことになってるわね」


 うさぎがそう言う前に、みこはつむぎのところへ駆け寄っていた。


「つむちゃん、大丈夫?」

「……みこちゃん」

「応援にきたよ、つむちゃん」


 その声に、顔を上げたつむぎは、ほっとしたような、困ったような顔をしていた。

 その瞬間、子どもたちも一斉にうさぎとみこの方に振り向いた。


 白い天使の衣装。

 背中の羽。

 明るい青の瞳。


 教会の灯りの中に立つうさぎを見て、子どもたちの喧騒がぴたりと止まる。


「天使さまだ」

「本物だ」

「天使さまが来た」

「天使さまはいたんだ」


 さっきまで騒いでいた声が、急に小さくなった。

 その反応にうさぎは一瞬、どうしていいかわからずに固まってしまった。


「えっと……」


 その横で、つむぎが小さく言った。


「うさちゃん、わたしにあわせて……」

「みんな、天使さまに、お祈りしましょう」

「えっ、つむちゃん?」


 つむぎは、少しだけうさぎを見上げて、お願いって表情をしていた。

 その目が、助けを求めているようにも、何かを思いついたようにも見えた。

 うさぎは、深く息を吸ってから、子どもたちの前に立つ。


「良い子には、お菓子をあげますよ」


 子どもたちの目が、ぱっと輝いた。


「ほんと?」

「天使さまのお菓子?」

「でも、さっきもうなかったよ?」

「大丈夫よ」


 うさぎは、持ってきていた袋をそっと持ち上げた。


「良い子のみんなのために、お菓子を持ってきましたよ」

「わぁっ」

「天使さま、すごい!」

「お菓子持ってる!」


 みこが、両手を広げて元気よく手を上げて言った。

「順番に並ぶですっ!」

「一列ですっ。天使さまのお菓子は、良い子なら必ずもらえるですっ」

「はーい!」

「良い子にする!」

「並ぶ!」


 子どもたちは、さっきまでの大騒ぎが嘘みたいに、うさぎの前に並び始めた。

 みこは胸を張って、その列を整理していく。


「オオカミむすめが案内するですっ」

「オオカミさん?」

「はいです。言うこと聞かないとこわいですよー」

「こわくない!」

「ぜんぜんこわくないよ」

「こわがってくれないのです」


 みこは少しだけむっとしたけれど、すぐに両手を広げて、子どもたちを一列に並び直す。


「こわくなくても、順番は守るですっ」

「はーい」


 子どもたちが素直に返事をする。

 つむぎの持っていた空っぽのかごは、うさぎが持ってきたお菓子で満たされていく。


 一つ。

 二つ。

 また、かごの中に色が戻っていく。


「うさぎちゃん……助かった、ありがとう」

「間に合ってよかったよ、でもこんなに来てくれたんだね」


 うさぎを見たつむぎは、少しだけ困ったように目を伏せる。


「……子どもたちが来てくれたのは、嬉しかった」

「うん」

「でも、思ったより、いっぱい来てくれてお菓子が足りなくて……」

「うん。見たらすぐにわかったよ」

「わたし……もう、どうしたらいいか」


 つむぎがまたうつむきそうになると、うさぎはつむぎの手をとって


「つむちゃんはよく頑張ったよ。でもここからはわたしたちと一緒にやっていこう」

「みこもいるです。つむちゃんは、もう大丈夫ですっ」

「……うん」


 つむぎは小さく頷いた。

 それから、うさぎの横に立ってお菓子を配る手助けをした。


「トリック・オア・トリート!」


 最初の子どもが、少しだけ緊張した声で言った。

 うさぎがにこっと笑う。


「はい、どうぞ」


 つむぎも、そっとお菓子を差し出す。


「……どうぞ」

「ありがとう、天使さま」

「シスターさんも、ありがとう」


 子どもはお菓子を両手で受け取ると、嬉しそうに走っていった。


「……シスターさんって言われちゃった」

「つむちゃんはちゃんとシスターさんですっ」

「……本当にシスターなんだけど仮装になってないかな」

「今日だけは仮装でいいですっ」

「つむちゃん、今日はハロウィンだから、それでいいんじゃない」


 つむぎは少しだけ考えて、納得したのか小さく頷いた。


「……うん」


 お菓子の列はゆっくり進んでいく。

 天使のうさぎが笑って、子どもたちにお菓子を渡す。

 シスターのつむぎが静かに側に立っている。

 オオカミむすめのみこが、列が乱れないように整理する。


「お菓子は順番ですっ」

「押さないですっ、みんなもらえます」

「お菓子はひとりひとつですっ」

「オオカミさんもお菓子くれるの?」

「オオカミさんは案内係ですっ」

「じゃあ、あとでくれる?」

「あとでは……えっと」


 みこが困っている様子を見て、思わずうさぎがくすっと笑った。


「みこちゃんも、あとでお菓子をもらおうね」

「はいですっ」


 子どもたちは、天使さまのお菓子をもらえることが嬉しいらしく、思ったよりもちゃんと並んでくれていた。

 教会の前は、さっきよりずっと落ち着いてきている。

 でも、静かになりすぎることもない。


 小さな声。

 小さな笑い。

 お菓子の袋が触れ合う音。

 駅のにぎやかさとは違う、教会のハロウィンの音だった。


 けれど、子どもたちはまだ来る。

 ひとり。

 またひとり。

 ランタンの灯りに誘われるようにやってくる。


 うさぎが持ってきたお菓子は、どんどん減っていった。


「うさ姉さま」


 心配そうにみこが、うさぎを見上げている。


「うん、わかってる」


 うさぎも気づいていた。

 思ったより、減るのが早い。

 思ったより、集まる子どもたちが多い。


 うさぎとみこ、そしてつむぎはかごのなかを見る。


「これ、お菓子は足りるかな」

「たぶん、足りないです」

「みこちゃん、すごく正直だね」

「本当のことです」

「……あと、少ししか……」


 それから数分後。

 最後のお菓子が、小さなおばけの子の手に渡った。


「ありがとう!」


 おばけの子はもらったお菓子を振り回しながら嬉しそうに走っていく。

 そして、かごはもう一度、空っぽになった。


「……なくなっちゃったね」

「本当に、なくなったです」

「まだ子どもたち待っているのに、どうしよう……」


 うさぎたちの前には、まだ何人かの子どもたちが列を作って待っている。


「お菓子もうないの?」

「天使さまのお菓子、終わり?」

「えー」

「じゃあ、イタズラしてもいい?」

「イタズラはだめですっ」


 みこが思わずに両手を広げて、子どもたちを制止するポーズをする。


「良い子はイタズラしないですっ」

「でも、お菓子ないよ?」

「それは……」


 みこも言葉に詰まったしまった。

 つむぎは、どうしていいかわからない顔をしている。

 うさぎも困ったようにかごを見るしかなかった。


 その時だった。


「うさちゃーん」


 聞き慣れた明るい声が教会に響いた。


「お菓子、足りてるー?」


 小悪魔姿のマリーが、たくさんのお菓子の袋を抱えて立っていた。

 子どもたちが、マリーの方へ一斉に振り向く。


「悪魔が来た!」

「悪魔だ!」

「あれ、悪魔なの?」

「たぶん悪魔だよ」

「天使さまを連れていくの?」


「連れていかないって!」


 想定外の反応に驚きつつもマリーは少しだけ胸を張って言い切った。


「アタシは正義の悪魔だよ」


「正義の悪魔?」

「悪魔なのに?」

「正義なの?」

「どっち?」

「悪魔なのに正義ってないよ」

「悪魔は悪いことするんだもん」


「悪いこともするけど正義なの!」


 マリーは迷わず言った。


「ほら、正義の悪魔がお菓子を持ってきたよ」


 その瞬間、子どもたちの目がぱっと輝いた。


「正義だ!」

「正義の悪魔だ!」

「お菓子くれる悪魔だ!」

「だから、正義の悪魔だって言ったでしょ」

 マリーは得意そうに笑う。

 その笑顔を見てうさぎは、ほっと息をつくことが出来た。


「マリーちゃん、助かったよ」

「でしょ? 悪魔も役に立つんだから」

「正義の、ね」

「そこ大事」

「天使さまと正義の悪魔さんがそろったですっ」


 つむぎが抱えている空っぽのカゴに、マリーが持ってきたお菓子をざらざらと入れていく。

 再び、かごの中にカラフルな色が戻ってきた。


「……この場所は教会なのに」


 つむぎが小さくつぶやく。


「うん、教会なのに悪魔が来ちゃったね」


 うさぎが言うと、つむぎは少しだけ困ったように目を伏せた。


「……でも、お菓子を持ってきてくれた悪魔」

「正義の悪魔ですっ」

「……正義の悪魔」


 つむぎはその言葉を小さく繰り返してみた。

 正義の悪魔、なんと矛盾したものなんだろう。

 思わず笑ってしまっている自分がいた。


 その様子にマリーが首をかしげた。


「つむちゃん、それ褒めてる?」

「……褒めてる、たぶん」

「たぶんなんだ」


 すこし不満げなマリーの様子を見て、うさぎが笑う。

 マリーは子どもたちに囲まれながら、お菓子の袋を両手で大きく上に掲げた。


「はいはい、正義の悪魔からのお菓子は順番ね!」

「はーい!」

「順番ですっ!天使さまも、正義の悪魔さんも、ちゃんと順番を守る良い子にお菓子をくれるですっ」

「良い子にする!」

「並ぶ!」

「正義の悪魔、すごい!」

「もっと言っていいよ」

「マリーちゃん、調子にのっちゃダメ」

「はいはい、ちゃんと配りまーす」


 悪魔の前に、また列ができる。

 その横には天使も並んで立っている。

 さっきよりも少しだけにぎやかだけど、さっきよりもずっと落ち着いている。


 つむぎは、悪魔の横に立ったまま、子どもたちにお菓子が渡っていくのを見ていた。

 ひとつずつ。

 順番に。

 ちゃんと、みんなに届いていく。


「……わたし一人じゃ、無理だった」


 つむぎが、ささやくほど小さな声で言った。

 うさぎはその横でゆっくり頷く。


「うん」

「でも、来てくれた」

「うん」

「助けに来てくれた」

「うん」

「うさぎちゃんも、みこちゃんも、マリーちゃんも」

「もちろんですっ」


 オオカミむすめのみこが胸を張る。


「つむちゃんが困っていたら、みこたちは来るです」

「アタシもね」


 悪魔のマリーがお菓子を手渡しながら、いつもの笑顔でつむぎを見ている。

 つむぎはまぶたが熱くなるのを感じて、少しだけ目を伏せた。

 それから、本当に小さく笑った。


「……ありがとう、みんな」


 うさぎは、つむぎの笑顔を見て、胸の奥が少しあたたかくなった。

 駅のハロウィンは、にぎやかだった。

 教会のハロウィンも、思っていたよりずっとにぎやかだった。

 そして、ここにはここだけのやさしさがある。

 大きな声ではなくても。

 強く引っぱる力ではなくても。

 誰かが困っている時に、そっと誰かの手が届く。

 そんなやさしさがある。


 そのやさしさで、空っぽだったかごには、もう一度お菓子が入る。

 かごに入ったのはお菓子だけじゃない。

 いろんな人の想いも入って満たされていく。


 子どもたちの列が、少しずつ短くなっていき、最後の子が、お菓子を受け取って、ぺこりと頭を下げた。


「ありがとう」

「はい」

 つむぎが、小さく答える。

「……またね」

 その子は少しだけ笑って、教会を出ていった。


 子どもたちがいなくなった教会に、ようやく静けさが戻ってくる。

 けれど、それは最初の静けさとは少し違っていた。

 誰も来ない静けさじゃない。

 誰かを迎えて、誰かを送り出したあとの、やわらかな静けさだった。


 天使と。

 オオカミむすめと。

 シスターと。

 正義の悪魔。


 静かな教会のハロウィンは、少しだけにぎやかで、ちょっぴりやさしくて、やっぱりひとひらびよりだった。


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