シンデレラはだめですか?
追兎天神駅の休憩室には、その日いつもよりたくさんの紙と、妙に楽しそうな空気が広がっていた。
机の上には、つむぎが描いたハロウィン飾りの案。
リボンのついたおばけ。
丸いかぼちゃ。
少しだけ羽の生えた黒猫。
どれも可愛くて、ちっとも怖くない。
「というわけで」
マリーが、なぜか仕切るように言った。
「今日は仮装会議です」
「会議なんだ」
うさぎが苦笑する。
「大事でしょ、こういうのは。だって、ハロウィンの主役だよ?」
「飾りつけも大事ですけど……たしかに、仮装も大事ですっ」
みこはすでにわくわくが止まらない顔をしていた。
「追兎天神駅のハロウィンですから、みんな可愛くしなきゃですっ」
「怖くしすぎない、が条件でしたわよね」
アリスが上品に確認する。
「駅長さんがおっしゃっていましたもの」
「少しの仮装はいいけど、メイクはだめだよ、ってね」
うさぎが言うと、マリーはちょっとだけ残念そうにした。
「おばけメイク、わりと良かったと思うんだけどなー」
「よくありません」
しおんが、きっぱり言う。
「マリーさんは、なぜすぐに子どもが泣く方向へ行こうとするのですか」
「行こうとしてないよ。ちょっと盛り上げたいだけ」
「その“ちょっと”が大きいのです」
そんなやり取りの中、アリスがふいに胸の前で手を組んだ。
「わたし、シンデレラがいいですわ!」
休憩室が一瞬、静かになる。
そしてマリーが、まっすぐにつっこんだ。
「それハロウィンじゃないよ」
「えーっ」
アリスは本気で不満そうに頬をふくらませた。
「怖いのはだめなんでしょう? じゃあ、可愛いのはいいではありませんか」
「うーん、でもねぇ……」
うさぎが困ったように笑う。
「たしかに可愛いのはいいんだけど、シンデレラはちょっと、そのままお姫様すぎるかも」
「お姫様で何がいけませんの?」
「いけなくはないけど、こう……ハロウィン感が……」
「では、かぼちゃの馬車もつければよろしいですわね!」
「スケールが大きくなった!」
マリーが思わず声を上げて、みこが吹き出す。
「かぼちゃの馬車は見てみたいですっ」
「駅に入らないよ」
うさぎが笑いながら言うと、アリスは少しだけ考え込んだ。
「……では、どうすればよろしいのですか」
「お姫様要素を残しつつ、ハロウィンに寄せるとか?」
うさぎがそう言うと、みこがぱっと手を挙げた。
「魔法使いのお姫様はどうですかっ!」
「魔法使いの……お姫様」
アリスの目がきらりと光る。
「それなら、ドレスも着られますし、帽子や杖も持てますっ」
「たしかに、それならハロウィンっぽいかも」
うさぎも頷いた。
「お姫様だけど、ちゃんと仮装になるし」
「それですわ!」
アリスはすぐに立ち上がる。
「わたくし、魔法使いのお姫様にいたしますわ!」
「決まるの早いね」
「大事なことは、ひらめいた時に決めるべきですわ」
その勢いの良さに、みんなが少し笑う。
「じゃあ次は、しおんちゃんですねっ」
みこが期待いっぱいの目で言った。
「私ですか」
「アリスちゃんが魔法使いのお姫様なら、しおんちゃんはやっぱり――」
「使い魔でしょ?」
マリーがにやっとする。
「黒猫とか、ぴったりじゃん」
しおんは少しだけ黙ってから、静かに言った。
「……黒い猫耳カチューシャなら、あります」
「あるんだ」
うさぎが思わず言う。
「はい」
「しおん、それいつもの猫耳を黒くしただけじゃない!」
マリーが笑いながら言うと、しおんは眉ひとつ動かさず返した。
「失礼ですね。黒い猫耳カチューシャです」
「いや、ほぼそのまんまだよね?」
「使い魔ですから」
「なんか納得しそうになるのがずるいですっ」
みこまでうなずいている。
アリスは満足そうに両手を合わせた。
「しおんが黒猫なら、わたくしの使い魔として完璧ですわ」
「アリス様がそれでよろしいなら」
「よろしいですわ!」
どうやらこちらも決まったらしい。
「つむちゃんは?」
うさぎがやさしく声をかけると、つむぎは少しだけ視線を上げた。
「……わたしは」
「うん」
「家に、シスター服ならある」
「おおー」
マリーが感心したように言う。
「それ、めっちゃ似合いそう」
「教会のお手伝いの時に着るの?」
うさぎがたずねると、つむぎはこくりと小さくうなずいた。
「……うん。だから、それでいいかな」
「いいというか、すごくいいですっ」
みこが嬉しそうに言った。
「つむちゃん、絶対似合いますっ」
「……そうかな」
「そうだよ」
「つむちゃんらしいし、ハロウィンの中でも浮かないし」
つむぎは少しだけ照れたように目を伏せた。
「……じゃあ、それにする」
「決まりですわね」
アリスが満足そうにうなずく。
そしてマリーが自分から言い出した。
「で、アタシは小悪魔ね」
「サキュバスっぽい感じがいいなー」
「マリーちゃんが悪魔なら、反対の天使にするわ」
うさぎがそう言うと、みこの顔がぱっと明るくなった。
「うさ姉さま可愛い!」
「うさちゃん、それずるいよー」
マリーが口をとがらせる。
「悪魔の反対が天使って、絵が強すぎるでしょ」
「そうかな」
「そうだよ。しかも似合うし」
うさぎは少しだけ頬を赤くした。
「でも、天使の衣装なんてどうするの?」
「……あるから」
「あるの!?」
みこが目を丸くする。
「うさ姉さま、そんな衣装どうして持ってるんですか?」
「たまたまよ、たまたま」
「たまたまで天使の衣装なんて持ってる?」
「たまたまは、たまたまなの」
うさぎは頑としてそこを崩さなかった。
マリーが肩を震わせる。
「うさちゃん、そういうところだけ妙に押し通すよね」
「押し通してないよ」
「押し通してるですっ」
みこまで楽しそうに言う。
「じゃあ、みこちゃんはどうするの?」
うさぎが話を戻すと、みこはすぐに背筋を伸ばした。
「わたしはオオカミむすめですっ!」
「うん、それは決まってるね」
「でも、衣装はどうするんですか?」
「にゃんステップの衣装、使えるんじゃない?」
マリーが言う。
「あっ」
みこが手を打つ。
「たしかに、あの衣装ならちょっと可愛くて、ハロウィンにも合いそうですっ」
「それに、肉球手袋もあるでしょ?」
うさぎが続けた。
「目元を少しだけ変えて、耳っぽい飾りを足したら、ちゃんとオオカミむすめに見えると思う」
「メイクできるんですかっ?」
「うん。そういう時の化粧なら、少しだけ」
うさぎがそう言うと、マリーがじっと顔を見る。
「うさちゃんがお化粧してるの、見たことないんだけど……」
「それは……その」
うさぎが少しだけ言いよどむ。
「必要な時は、するの」
「必要な時って、いつ?」
「いろいろあるの」
「怪しいなあ」
「怪しくないよ」
でも、みこはそんなことよりすっかり嬉しそうだった。
「うさ姉さまにしてもらえるなら安心ですっ!」
「じゃあ、みーちゃんは駅員制服に、にゃんステップの衣装と肉球手袋を合わせて、オオカミむすめメイクだね」
「はいっ!」
「かわいくしてくださいねっ!」
「うん、任せて」
そして、話は再びマリーへ戻る。
「マリーちゃん、小悪魔っぽい服って持ってるの?」
うさぎがたずねると、マリーは少し考えた。
「うーん……黒っぽい服なら、ワンピースがあるけど……」
「それでいいから、持ってきて。フリルとか付けるから」
「うさちゃん、もう作る気まんまんじゃん……」
「だって、小悪魔ならそれっぽくしたいし」
「うわ、職人の顔してる」
「うさ姉さま、楽しそうですっ」
「……うん、ちょっと楽しい」
自分でもそう言ってから、うさぎは少しだけ笑った。
仮装会議は、そのあともしばらく続いた。
誰がどこまで仮装するのか。
駅の仕事中でも動きやすいようにするにはどうしたらいいのか。
手持ちの服や小物で、どこまで雰囲気を出せるのか。
わいわい話しながら決めていくうちに、少しずつハロウィンの形が見えてくる。
「こうして並べると、ちゃんとハロウィンっぽいですね」
しおんが紙に書かれた役を見ながら言った。
「うん」
うさぎも頷く。
「でも、怖すぎないし、ちゃんとこの駅らしい感じ」
「わたくし、魔法使いのお姫様、楽しみですわ」
アリスはもう、すっかりその気だった。
「つむちゃんのシスターも、絶対きれいですっ」
「……ありがと」
「みーちゃんも、にゃんステップの衣装ならぴったりだよ」
「肉球手袋もつけますっ!」
みこはすでにノリノリだった。
「マリーちゃんは、色気より笑いになりそうですっ」
「なんで!?」
みこのひと言に、休憩室が笑いに包まれる。
「アタシ、ちゃんとかっこいい小悪魔目指してるんだけど!」
「でも、なんだか楽しい感じになりそうですわ」
アリスが無邪気に言って、マリーが「ほら!」と抗議する。
そのやり取りを見ながら、つむぎは静かに自分の役名を見ていた。
シスター。
派手ではない。
でも、少しだけ特別で、自分にも無理のない役。
つむぎはその文字を見つめたあと、そっと口元をゆるめた。
「……いいかも」
「うん?」
うさぎがたずねる。
「ハロウィン」
その小さなひと言に、みこがすぐ反応した。
「ですよねっ!」
「うん」
つむぎは、今度はちゃんと頷いた。
「……ちょっと、楽しみ」
その言葉に、休憩室の空気がまたやわらかくなる。
窓の外では、秋の夕方が少しずつ色を深くしていた。
ハロウィンまで、あと少し。
飾りつけも、衣装も、まだこれからだ。
でも、もう十分に楽しい気配が始まっている。
机の上の紙には、それぞれの役が並んでいた。
魔法使いのお姫様。
黒猫。
シスター。
小悪魔。
天使。
オオカミむすめ。
どれも少しだけ特別で、どれもその子らしかった。
今年の追兎天神駅のハロウィンは、きっとにぎやかで、可愛くて、そして少しだけ不思議なものになる。
そんな予感が、もうはっきりとそこにあった。




