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ひとひらびより  作者: 追川雪乃(追兎電鉄広報部)
お嬢様も、いつもの駅で

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ハロウィン、どうする?


 十月に入ると、追兎天神駅のまわりにも少しずつ秋の色が濃くなってきた。


 風は涼しく、空は高い。

 駅までの道には落ち葉が増え、学校帰りの子どもたちの服装にも、少しずつ長袖が混じり始めている。


 そんなある日のことだった。


「ハロウィンだから、なにかしたいですっ!」


 みこの元気な声が、休憩室にぱっと広がった。

 そのひと言で、みんなの目が一斉にみこのほうを向く。


「急だね」


 うさぎが苦笑すると、みこは机に身を乗り出した。


「でもでもっ、ほら、街でもお店でも、最近かぼちゃが増えてるじゃないですかっ」

「たしかに、増えてますわね」


 アリスがうなずく。


「わたくし、駅前のお店で、かぼちゃの飾りを見ましたわ。とても可愛らしかったです」

「でしょ?」


 みこはうれしそうに両手を合わせた。


「だから、追兎天神駅でも何かしたいんですっ」

「いいじゃん、それ」


 マリーがすぐに乗ってくる。


「やろうよ。駅、飾りつけしようよ。かぼちゃとか、おばけとか」

「おばけ……」


 つむぎが小さくその言葉を繰り返す。


「だめ?」


 みこがつむぎを見ると、つむぎは少しだけ首を横に振った。


「……だめじゃない」

「よかったぁ」

「でも、怖すぎないほうがいい」

「それはそうですっ!」


 みこはすぐに何度も頷いた。


「追兎天神駅ですから、怖すぎるのは違いますっ。ちょっと可愛い感じがいいです!」

「その“ちょっと可愛いおばけ”というのは、どういうものでしょうか」


 しおんが静かにたずねる。


「えっと……」


 みこは少し考えてから、ぱっと顔を上げた。


「リボンがついてるおばけですっ」

「可愛いね」


 うさぎが思わず笑う。


「それなら、ひとひらびよりっぽいかも」

「でしょでしょっ」

「じゃあさ」


 マリーが机に頬杖をつきながら言う。


「駅だけじゃなくて、追兎天神も飾っちゃえばよくない?」

「あっ、それですっ!」

「うん?」

「追兎天神でも、かぼちゃとか飾ったら絶対かわいいですっ」

「鳥居にちっちゃい飾りとか?」

「それですそれですっ!」


 みことマリーが盛り上がり始めたところで、しおんがそっと息をついた。


「……少しお待ちください」

「えっ」

「追兎天神は神社です。駅のようにはいかないのではありませんか」

「たしかに……」


 うさぎも、その言葉にはうなずいた。


「やるなら、ちゃんと宮司さんに聞いたほうがいいよね」

「もちろんですわ」


 アリスも、今日は珍しくまじめな顔でうなずいた。


「勝手に飾ってしまっては、失礼ですもの」

「じゃあ聞きにいこう!」


 みこはすぐに立ち上がる。

 こういう時の行動の早さは、やっぱりすごい。


****


 その日の午後。


 仕事の合間を見て、うさぎたちはみこと一緒に追兎天神へ向かった。

 石段を上がると、秋の風が木の葉を揺らしている。

 境内はいつものように穏やかで、収穫祭のあともきちんと整えられていた。


「あっ、お父さんっ」


 みこがすぐに宮司を見つけて駆け寄っていく。


「どうしました、みこちゃん」


 宮司は、相変わらず穏やかな笑顔だった。


「あのっ、相談なんだけど……」


 そこからは、みこが勢いよくハロウィンの話を始め、マリーが横から補足し、アリスが「とても素敵な催しですわ」と上品に後押しし、しおんが少しだけ表現を整え、うさぎがどうにかまとめる、という賑やかな説明になった。


 話を聞き終えた宮司は、少しだけ困ったように笑った。


「にぎやかなのは悪くないのですが……」


 その言葉に、みこの背筋がぴんと伸びる。


「ですが、神社には神社の空気がありますからね」

「……だめですか?」


 みこが少しだけしゅんとした声で聞く。

 宮司はすぐには否定せず、やわらかく続けた。


「だめ、というより。ここに持ち込まないほうがいい楽しさもある、ということですよ」

「持ち込まないほうがいい楽しさ……」


 うさぎが小さく繰り返す。


「追兎天神は、秋の実りや日々の感謝をお伝えする場所ですからね。かぼちゃが悪いわけではありませんが、ここでは少し違うでしょう」

「うーん……」


 みこは本気で考え込んだ。


「たしかに、追兎天神は神社だもんね……」

「そういうことです」


 宮司はにこりと笑う。


「けれど、駅で楽しむぶんには、きっと良いのではありませんか」

「駅……」

「はい。みこちゃんらしく、にぎやかに」


 その言い方がやさしかったので、みこも少しずつ元気を取り戻した。


「……わかりましたっ。じゃあ、追兎天神はそのままで、駅のほうをハロウィンにしますっ」

「それが良いでしょう」


 マリーが、ふと思い出したように言った。


「じゃあ教会は?」

「教会?」

「うん。くろみつのいる教会。あっちはハロウィンって、むしろ似合いそうじゃん」

「……たしかに」


 うさぎも少し考える。

 すると、つむぎが静かに口を開いた。


「……多分、いいと思う」


 みんなの視線がつむぎへ向く。


「くろみつのいる教会、秋の飾りとか、あんまり変に見えないと思う」

「おおー」


 マリーが感心したようにうなずく。


「じゃあ、駅と教会でちょっとずつ、だね」

「追兎天神は見守る側ですっ」


 みこもすぐに切り替えたようだった。


「それも、なんだか追兎天神らしいですっ」


 追兎天神から戻る道で、マリーはすでに次のことを考え始めていた。


「じゃあさ、飾りつけだけじゃなくて、ハロウィンまで仮装しながら駅の仕事しようよ」

「仮装しながら?」


 うさぎが聞き返すと、マリーは当たり前みたいな顔で言う。


「そう。ちょっとだけでいいからさ。猫耳とか、しっぽとか」

「それくらいなら……」


 みこはもう少しで賛成しそうだった。

 けれどマリーの案は、そこで止まらなかった。


「あと、おばけメイクとか!」

「却下です」


 しおんが即答した。


「早いよ」

「早く言わねば手遅れになります」

「でもハロウィン感あるじゃん」

「駅で突然お化けが切符を確認していたら、困る方が出ます」

「それはちょっと見てみたいですわ」

「アリス様」


 しおんが静かにたしなめる。

 うさぎが苦笑していると、その後ろから声がした。


「メイクはだめだよ」


 みんなが振り向く。

 いつの間にか、駅長がそこに立っていた。

 となりに駅員もいる。

 そして駅員がつづける。


「少しの仮装だったらいいけど、メイクはやめた方がいいかな」

「子供が泣いちゃうからね」

「たしかに、それはだめですっ!」

「ほらー」

「駅員さんもそう言ってる」

「むぅ……」


 マリーは不満そうにしながらも、すぐにまた切り替えた。


「じゃあ、可愛い仮装だけ!」

「それなら、いいかもしれませんわ」

「リボンつきのおばけも、きっと大丈夫だよ」

「泣かないおばけなら、いいかも」

「うんうんっ」

「追兎天神駅のハロウィンは、怖くないハロウィンにしましょう!」

「それが一番この駅らしいね」


 うさぎがそう言うと、


「にぎやかなのは、悪くないからね」


 優しい駅長の一言で、なんだか話がちゃんとまとまった気がした。


****


 その日の夕方、休憩室ではさっそく準備の相談が始まった。


「かぼちゃは絶対ほしいですっ」

「おばけも必要だよね」

「でもリボンつきでお願いしますわ」

「それ、どういう配分で作ればよいのでしょうか……」

「しおんちゃん、難しく考えすぎだよ」

「難しく考えなければ危険です」

「ハロウィンに危険ある?」

「マリーさんがいる時点であります」

「それ失礼じゃない?」


 そんなやり取りの横で、つむぎは紙に小さな絵を描いていた。


 かぼちゃ。

 丸いおばけ。

 そして、その頭についた小さなリボン。


「……こんな感じ?」


 つむぎがそっと見せると、みこがぱっと顔を輝かせた。


「わぁっ、可愛いですっ!」

「つむちゃん、これいい!」


 うさぎも笑う。


「ほんとに、ちょうどいいハロウィンって感じ」

「では、この方向で飾りを作っていきましょうか」


 しおんも小さくうなずいた。


 アリスはつむぎの紙をのぞきこんで、うれしそうに言う。


「リボンのおばけ、採用ですわ」


 こうして、追兎天神駅のハロウィンは少しずつ形を持ちはじめた。


 追兎天神はいつものまま。

 でも駅は、いつもより少しだけにぎやかに。

 そして教会にも、きっと小さな秋の飾りが似合うだろう。


 どこで、どこまでならいいのか。

 みんなで考えて決めたからこそ、そのハロウィンはきっと追兎天神駅らしいものになる。


 机の上の紙には、つむぎが描いた小さなおばけとかぼちゃが並んでいた。

 どれもぜんぶ、ちっとも怖くない。

 でもそれが、今の自分たちにはちょうどよかった。


 ハロウィンまで、あと少し。


 追兎天神駅の秋は、またひとつ新しい色をまとおうとしていた。

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