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ひとひらびより  作者: 追川雪乃(追兎電鉄広報部)
お嬢様も、いつもの駅で

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憧れのお姉ちゃん


 その日の追兎天神駅の事務室は、いつもより少しだけ静かだった。


 放課後の混み合う時間がひと段落して、改札の向こうの人の流れもやわらいでいる。

 みこは、ほうきを壁に立てかけると、ふうっと小さく息をついた。


「今日もがんばったです」

「うん、がんばってたね」


 うさぎがそう言うと、みこはすぐにうれしそうな顔になる。


「えへへ」


 その横で、マリーは机に頬杖をついていた。


 さっきまで一緒にいたつむぎは、今日は少し早めに教会へ戻っている。

 くろみつのごはんの時間が気になるとかで、帰る時もなんだか少しだけそわそわしていた。


 それを見送ったマリーがふいに言う。


「みーちゃんって、うさちゃんのコト好きだよね」

「うん!」

「みこは、うさ姉さまだーいすきです!」

「それは知ってる」


 うさぎは、ちょっとだけ照れた顔で言う。


「最初はあんなに照れてたのに、最近は全然隠さなくなったよね」

「えへへ」


 みこは、今日もまったく隠すつもりがない。

 うさぎは苦笑しながらも、どこか嬉しそうだった。

 それから、少しだけ視線を横へ向ける。


「でも、つむちゃんもマリーちゃんのこと大好きだよね」

「うん、そうです!」


 みこがすぐにうなずく。


「初めてつむちゃんと出会った時、いきなりマリちゃんに抱きついて、みこすっごくびっくりしたもん」

「アタシもびっくりした」


 マリーがけろっとした顔で言う。


「だって、いきなりだよ? 『マリーちゃん、会いたかった!』って」

「つむちゃんって、今はそんな感じじゃないもんね」


 うさぎは静かに言った。


 つむぎはやさしくて、丁寧で、少し人見知りだ。

 知らない相手に自分から飛びついていくような子ではない。

 それなのに、教会で初めて会ったあの日だけは違った。

 銀色の髪を揺らして、まっすぐマリーのもとへ駆け寄って。

 ためらいもなく抱きついていた。


「ねえ、マリーちゃん」


 うさぎが、少しだけ身を乗り出す。


「どうしてつむちゃんが、マリーちゃんのこと好きなのかわかる?」

「うーん……」


 マリーは、少しだけ天井を見上げるみたいにして考えた。


「あの時は、つむちゃんも成長してたから、ぜんぜん思い出せなかったけど……」

「いま考えると、たぶん……あれかな」

「アレ?」

「なにそれ」


 みこが首をかしげ、うさぎも聞き返す。

 マリーは、少しだけ懐かしそうに笑った。


「つむちゃんが、まだすごく小さかったころのこと」


****


 そのころ、つむぎはまだ四歳だった。


 公園の片隅で、ひとり、膝を抱えてうずくまっていた。

 泣き声を上げるほどではない。

 でも、頬には涙が残っていて、小さな肩が時々ぴくっと震えている。

 銀色の髪が、俯いた顔のまわりに落ちていた。


 その公園へ、七歳のマリーがひとりでやってくる。

 いつものように明るい足取りだったけれど、片隅のつむぎに気づくと、その歩き方が少しだけやわらいだ。


 すぐ隣まで駆け寄るのではなく、驚かせないように、そっと近づく。


「どうしたの?」

「泣いてるの?」


 マリーがやさしく声をかけると、つむぎは小さく顔を上げた。

 でも、すぐにまた視線を落としてしまう。


「……わたしの髪、みんなと違うから」


 声は、とても小さかった。


「……こんな色、へんなんだって」


 マリーは、その言葉に少しだけ驚いた顔をした。

 でも、その驚きはほんの一瞬で、すぐにやわらかい笑顔に変わる。


 しゃがみこんで、つむぎの銀色の髪を指先でそっとすくい上げた。


「へん?」


 マリーは首をかしげる。


「そんなことないよ」

「こんなにキレイな色なのに」


 つむぎは、小さく首を振った。

 涙が、まだ頬に残っている。


 するとマリーは、自分の髪を指でくるくるしながら、少しだけ照れたように笑った。


「見て、アタシの髪、くせっ毛でふわふわ広がっちゃうんだよ」

「毎朝バクハツして大変なんだから」


 苦笑しながら、自分の髪をつまんで見せる。

 その仕草に、つむぎがちらっとだけ顔を上げた。

 マリーは、その小さな反応を見逃さなかった。


 声を少しだけ真剣にして、つむぎの銀髪をやさしく撫でる。


「でもね、とってもサラサラの髪だし、お陽さまの光でキラキラ」

「すっごくキレイだよ」


 つむぎは、驚いたように目を丸くした。

 でも、すぐにまた視線をそらして、小さくつぶやく。


「……キレイ、なの?」


 マリーは、今度はもっとはっきりとうなずいた。


「うん」


 そして、つむぎの肩にそっと手を添える。


「銀色の髪って、誰でも持ってるわけじゃないじゃん、それは宝物だよ」

「サラサラでキラキラで、風でフワッとなって、とってもキレイなんだから」


 少しおどけるみたいに、自分の髪をまた指でつまむ。


「アタシの金髪より、ずっと自慢できるんだから……ね」


 その言い方は軽やかだった。

 慰めようとしている感じでも、無理に元気づけようとしている感じでもない。

 ただ、本当にそう思っているから、そのまま言っているだけだった。


 つむぎは、しばらく何も言えなかった。


 自分の銀色の髪は、短所だと思っていた。

 みんなと違う、へんなものだと思っていた。

 できるなら隠したい、消してしまいたいものだとすら思っていた。


 でも目の前のマリーは、そんなつむぎの髪を“宝物”だと言う。

 それだけじゃない。

 自分の癖っ毛のことも、恥ずかしがったり隠したりせず、笑って見せている。


 欠点みたいに思えるものまで、こんなふうに軽やかに持っていられるんだ。

 つむぎは、そのことにも驚いていた。


「……ほんとに?」


 ようやく出た声は、泣き声より少しだけ弱かった。


「ほんとに、だってキレイだもん」


 マリーは即答した。

 それは一切迷いのない声だった。


 つむぎは、自分の髪を指先で少しだけ触ってみる。

 いつもと同じ髪なのに、少しだけ違うものみたいに感じた。


 マリーは、にっと笑う。


「そんなにキレイな髪なんだから、もっと好きでいいと思うよ」


 その言葉が、つむぎの胸の奥へ、すとんと落ちた。


 その日から、世界が急に変わったわけではない。

 髪のことで何か言う子が完全にいなくなったわけでもない。


 でも。


 自分の銀髪を“宝物”だと言ってくれた子がいる。

 それだけは、つむぎの中でずっと消えなかった。


 そして何より。


 自分の癖っ毛のことまで、笑って受け入れているマリーの姿が、つむぎには眩しく見えた。


 こんなふうに、自分の短所だと思っているものごと抱きしめて、明るく笑える人がいるんだ。


 幼いつむぎにとって、それは“すごい”を通り越して、もう憧れだった。


****


「……たぶん、それ」


 マリーがぽつりと言う。


 事務室の空気が、少しだけ静かになっていた。


「つむちゃん、小さいころ、銀髪のことでちょっと気にしてたみたいでさ」

「公園で泣いてるの見つけて……」

「その時、キレイだよって言った気がする」


 うさぎは、なるほどという顔になった。


「それで、つむちゃんにとっては憧れのお姉ちゃんってこと?」

「うーん、アタシはそんなつもりじゃなかったんだけど」

「でも、つむちゃんにとっては大きかったんだね」


 うさぎは静かに言った。


 みこは、しばらく考えてから、素直に言う。


「マリちゃんが憧れって、よくわかんない」

「ひどくない?」

「だって、マリちゃんだし」

「いや、どういう意味!?」


 マリーが抗議すると、みこは楽しそうに笑った。


 うさぎもつられて笑う。


「でも、まあ……」

「つむちゃんにとって、マリーちゃんが特別なのはわかったかも」

「アタシは、よくわかんないけど……」

「まあ、いいんじゃない」


 マリーは、ちょっとだけ照れくさそうに頭をかく。

 その言い方が、いかにもマリーらしかった。


 みこは、にこにこしながらうなずく。


「じゃあ、つむちゃんに会ったら教えてあげます」

「マリちゃん、ちゃんと照れてたよって」

「やめて!?」


 即座にマリーが止めると、事務室の中に明るい笑い声が広がった。


 教会で再会した時、つむぎがあんなふうにまっすぐ抱きついた理由。

 その原点は、幼い日のほんの短い出会いの中にあった。


 でも、そのほんの短い言葉が。

 その笑い方が。

 その懐の深さが。


 つむぎの中では、ずっと消えない憧れになっていたのだろう。

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